TRAVELER-09(015)
修理工の男達は、3人で1分足らず話し合った後、シークに頭を下げた。
「お願いしたい。もう気づいていると思うが、金も時間もギリギリなんだ」
「金は2万ゴールドが限界だけど、それでもいいかい」
「それだけ頂けるなら喜んでお受けしたいです!」
シークはしばらく談笑をした後、明日の朝8時には管理所前で待ち合わせることに決め、部屋へと戻った。
* * * * * * * * *
次の日。シークは前日の約束の通り、朝8時前には管理所に向かった。
昨日の修理工もすでに到着していた。まだ管理所の門は開いておらず、ルーキーやベテランを問わずかなりの人数のバスターも待っている。あいにくビアンカの姿はまだ見当たらない。
「おはようございます。昨日の件、まだ俺の仲間が着いていないんですけど、先に打ち合わせを……」
そうシークが話を持ち出した時、修理工の1人が済まなそうな顔をしてシークに頭を下げた。
「申し訳ない! 待っている間に別の4人組のパーティーに声を掛けられたんだ」
「4人組でも1日2万ゴールドでいいって言われて……その方が安全だろうと、そっちに頼むことにしちまったんだ」
「あっ……そう、ですか」
「相談にも乗ってくれたのに、本当にすまない。君を信頼していない訳じゃないんだ、でも……」
見ると、隣には同じ駆け出しのと思われるパーティーがいる。剣と盾を持つガードが1名、ソードが1名に魔法使いが2名。ソードとランサーの2人組よりもはるかに頼もしい組み合わせだ。
4人は朝のクエスト争奪戦をしなくて済む幸運と、依頼主を奪われたシークへの挑発でニヤニヤとこちらを見ている。
「……仕方がありません、まだ仲間にも相談していませんし。確定していない以上、当然のことです。お仕事頑張ってください」
「済まねえな、本当に申し訳ない!」
「おじさん達、行こうぜ! 律儀に挨拶する暇ないじゃん。早めに行って仕事に取り掛かった方がいいって」
4人集まったインパクトに心揺らぐのは無理もない。1人で現れたシークを完全に見下しているパーティーに腹は立つが、修理工の不安も理解できる。シークは仕方ないと諦め、ビアンカの到着を待った。
「お待たせ! おはよう!」
「あ、おはよう。もうすぐ開場だよ、どんなクエストにしようか」
「そうねえ、昨日の感じだと何個か掛け持ちしても良さそうじゃない? ところで、何か話をしてるように見えたけど。知り合い?」
シークは簡単に話をまとめ、ビアンカに告げた。ビアンカは横取りしたパーティーと、何の相談もなく鞍替えした修理工に憤慨していたが、ため息をついてそれ以上怒るのをやめた。
「実入りの良いものは奪い合いだもんね、しばらく私たちは地道にオークやラビ退治かしら。最初だし採取系でも……」
「あ、ごめん。採取は……」
会話の途中で町に8時の鐘が響き渡る。それと同時に管理所の門が開き、バスター達は一斉にクエスト掲示板を目指す。
「まずは受注して大丈夫なクエストを2件! それぞれ確保しよう!」
「分かったわ! キャッ! ちょっと足踏まれた!」
「踏み返してあげたら? とにかく急ごう!」
シークは急いで管理所の2階を目指し、人が殺到している中を縫うように分け入って掲示板の前に立った。
「うわー、とりあえず初心者向きの奴から……」
「シーク、左斜め上に取水場付近のオーク2体、1万ゴールド。右の赤い紙のものは……あ、取られた。その上に農地拡大のためゴブリン掃討、20体で1万5000ゴールド」
「凄いなバルドル」
「斬りたい順に言ってみた。さあ、取った取った!」
バルドルが瞬時にシークが達成できそうなクエストを見つけ、掲示板から剥すように促す。シークはその紙を見つけると、他の人に取られる前に2つのクエストを確保する事が出来た。
「ビアンカがどんなクエストを選ぶかにもよるけど、ビアンカはどこにいるのかな」
「あの子、少し鈍臭いけれど一緒に旅して大丈夫かい? シーク」
「俺が完璧な訳でもないからね、初心者同士仲良くするよ」
「女の子と仲良くしたいという君達の習性は理解するけれど」
「なっ……習性ってなんだよ。俺はそんな下心で命まで預けないよ」
シークがバルドルと言い争っていると、ビアンカが紙を2枚握りしめてやってきた。クエストの確保で既に消耗してしまったようなビアンカに、シークは苦笑いする。
「毎朝これをするって、気持ちが折れそう」
「その気持ちは分かる。さあ、確保したクエストを見てみようよ。俺はオーク2体とゴブリン20体。合わせて2万5000ゴールド。どうかな」
「私はキラーウルフ5体、オーク1体、合わせて1万8000ゴールド。妥当と思うんだけど、ちょっと多すぎる?」
「今日中に退治しないといけないのはキラーウルフとゴブリンだけだね。それだけでも十分稼ぎになるから、行ってみようか」
「じゃあ、受注してこよう!」
シークとビアンカは窓口に並び、2人で4つのクエストを受注した。ギルド管理所から出て、2人はすぐに町の北門を目指す。馬車の乗車場は長蛇の列。仕方なく30分程歩いて門まで辿り着いた後、今度は北西方向へと進み始めた。
キラーウルフとゴブリンは牧草が生い茂る草原によく現れる。1体ずつであればそんなに身構える必要はないが、どちらも群れで動くため、一気に襲ってこられると難易度はオークよりも高くなる。
その難易度の高い戦闘が訪れないうちにと、シークはビアンカを呼び止めた。
「ビアンカ、ちょっと話があるんだ」
「ん? なあに?」
「実はね、俺はソードではないんだ」
「え? 昨日はその剣で戦ってたよね? 今日も武器は剣だけでしょ?」
「ん~、実を言うと俺は魔法使いなんだ。この剣にも秘密があって……」
シークはバルドルをビアンカの前に差し出し、バルドルに「自己紹介をどうぞ」と伝えた。
「いきなり自己紹介と言われてもね。まあいいや、初めまして。僕はバルドル、訳あってシークと旅をしているんだ」
「え、剣が……喋ってる?」
「お決まりな反応をどうも」
ビアンカは驚いて固まり、バルドルとシークを交互に目だけで確認する。シークは当然の反応だと笑って、説明を始めた。
バルドルに出逢った経緯や、バルドルに戦い方を教わりながらモンスターと戦った事。
魔術書を買えなかったために弱い魔法しか使えず、ソードとして戦わざるを得ない事。
それらの内容はともかく、バルドルが喋るという事に慣れてきたビアンカは、ひとまずシークの事情に納得した。
「つまり、剣は使うけど、魔法も使う、ってことでいいのよね」
「まあ、そうだね。魔法の方は気休めだけど」
「勇者ディーゴの使っていた剣……か。あまりに凄い出会いだからまだ実感が湧かないわ。私も喋る槍をどこかで見つけられないかな」
「グングニルを拾う事があれば、僕が君を紹介しよう」
「その拾うってのが並大抵の事じゃないから憧れてるんじゃない」
「まあまあ。それよりも、まずはクエストだね」
取水場にほど近い草原に着いた2人は武器を構える。
町の外壁から歩いて1時間足らず。2人は背丈が1メーテ(=約1メートル)程の緑色の2足歩行型モンスター、ゴブリンが広範囲に何体もいるのを確認した。
目はぎょろりとしていて小柄な体にぽっこりしたお腹、大きくとがった耳や鷲鼻。ぼろ布や動物の皮を腰に巻いている個体や、手に棒きれをもつ個体もいる。
「キラーウルフより、まず先にゴブリンからだね。いける?」
「うん、私がまず出て行って槍で薙ぎ払いながら戦うね」
「じゃあ、シークは後方から不意打ちで魔法を連発。ビアンカから注意を逸らした後、僕で攻撃。ゴブリンにはどんな斬撃や攻撃魔法も有効」
「分かった!」
シークの返事を聞くと、ビアンカは颯爽と駆けていく。
「やぁ~!」
ビアンカのやや気合の足りない声が辺りに響き、数秒後にはゴブリンが1体なぎ倒された。続けてなかなかの槍さばきでもう1体を突き、ゴブリンの群れと対峙する。
「あの掛け声は気合を入れているのかい? それとも気合を抜いているのかな」
「前者と分かってて言ってるだろ。いくよ、バルドル」
「いつでもどうぞー」
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