TRAVELER-07(013)
「剣術の、技、とか、ハァ、ハァ……先に少し習っておくべきだった……」
「グオォォォ!」
「うっ!? ……痛っ!」
シークは剣を振った後、疲れからか着地がぐらついてしまった。そんなシークめがけて、オークが倒れこむような捨て身の頭突きを喰らわせる。
鎧の上からでもかなりの衝撃を受けたシークは、数メーテほど吹っ飛び、仰向けに倒れた。
オークは満足に動かない足を引きずりながら、なおも突進の構えを取っている。
「シーク、左右どっちでもいい、合図したら転がるんだ」
「くっ……わ、分かった」
地面に音が響き、オークが再び突進を仕掛けてくるのが分かる。バルドルはシークへと回避の指示を出す。
シークは魔法使いとしての動きしか習っていない。
接近戦での回避術や、物理攻撃によるダメージの与え方などは全く分からない。モンスターからの攻撃をまともに喰らうという想定をしたこともなかった。
後衛に位置する魔法使いや弓使い、銃使いなどの遠距離攻撃職は、攻撃を受けない事が前提となっている。パーティー戦であれば、後衛職が突進攻撃を受けるのは、前衛の近接攻撃職が全滅した時だ。
シークはまさにその魔法使いであって、武器攻撃の訓練など殆ど受けていない。バルドルの指示に従った自分の動きも、正解か不正解か判断出来ていなかった。
「……今だ! 転がったら無理矢理起きる! そして目を狙う!」
「簡単に、言うなって!」
あともう少しで倒せそうにも見えるが、最後のあがきを見せるオークへの攻撃は、痛む体のせいもあって鈍る。
「ハァ、ハァ……ファイアーボール!」
シークがファイアボールを放ってから再び距離を取る。バルドルは「そのまま斬り込むように」という言葉を、シークの体力を考えていったん飲み込んだ。
一方、シークが奮闘している間、少女は息が整ってきたようだ。オーク相手に善戦を続けるシークを援護するため、深呼吸をすると槍を構える。自分の尻拭いを他人にさせるほど、志の低い新人ではないようだ。
「えいっ!」
槍を構えた少女は、少々気合の足りない掛け声と共にオークの背を思いきり突き刺した。
「ブギャアア!」
「うわあぁ涎!」
少女の猪突猛進型のモンスターに劣らない程、矛先に神経を集中させた一突き。ブレのない綺麗な突きだ。初戦でこれなら、きっと筋は良いのだろう。
「シーク、今のうちに首を刎ねるんだ」
「わ、分かった」
少女の槍がオークの背中に突き刺さり、オークが驚きと痛みでのけ反る。それをバルドルは見逃さなかった。
シークも少女が自分を守ってくれたことに気付き、すぐに立ち上がってオークの首へとフルスイングで斬り付ける。
遠心力で体も振り回されそうになりながら放たれた斬撃は、オークの太い首に半分程埋まった。
オークは叫び声の途中で絶命した。
「ハァ、ハァ……やった、やった……」
シークは心臓がバクバクするのを抑えられないまま、倒れたオークの首からバルドルを引き抜き、そして座り込んだ。
「あのー、綺麗好きな僕を拭いてくれると有難いのだけれど」
「う、うん。怖かった……オーガの時と同じくらい怖かった」
シークは持っていたタオルでバルドルに付着した血や肉をふき取る。そこでようやく少女と目が合い、シークは少女にお礼を言った。
「有難う、おかげで倒せたよ」
「お礼を言うのはこっちです、有難うございました!」
少女は礼儀正しく腰を90度に曲げ、シークへと感謝の言葉を述べた。幸い不審がる様子はなく、バルドルの声は聞こえていなかったようだ。
バスターを目指す者はそれなりに度胸があって気が強い。見た目以上に勝気なものが多いものだ。それを踏まえたとしても、少女はシークより背も少し低く、とても大きな槍を持って戦うようには見えない。
少女の少しきつそうな眉と正反対に、柔らかで大きな目は見る者を吸い込みそうだ。タマゴ型の綺麗な輪郭もそれらを良く映えさせていて、銀髪に近い黒髪をポニーテールにして縛っている。とても可愛らしい印象だ。
「その、私……今日バスターになったばかりなんです。ラビ(※ウサギに似た肉食モンスター)の群れを追い払うっていう依頼を受けていたんですけど、巣を潰して報告しに町へ戻ろうとしたらオークが襲ってきて」
「俺達はそのオークの退治に来たんです」
「そのオークがこのオークですか?」
「それはちょっとよく分からないけど、まあ倒したからいいかな。とりあえず町に戻ろう」
シークは「よし!」と言ってその場を離れようとする。が、少女は慌ててそれを止めた。
「あの、オーク退治はクエストではないんですか?」
「あ、クエストだよ。だからちょっと助かっちゃった、有難う」
「写真は、撮ったのですか?」
「え、写真?」
「倒した証拠、持って帰らないと完了報告出来ないと思うんですけど……戦利品でもいいのかな」
「そっか。倒しただけじゃ嘘をついてるかもしれないって思われるのか。どうしよう、写真機なんて持ってない」
余程誰にでも分かるような結果がない限り、終わりましたとただ告げるだけでクエスト完了にはならない。シークは大混雑の中、受付付近の注意書きやルールをきちんと読んでいない。そこまで考えが及んでいなかったようだ。
そんなシークの姿を見て、少女は少し笑う。気負う相手ではないと思って安心したのだろう。
「もしかして、私と同じ新人?」
「あ、そうです、今日これが初のクエストで。俺はシーク。シーク・イグニスタです」
「私はビアンカ・ユレイナス。なんだ、ホッとしちゃった。良かったら私の写真機をお貸ししますよ」
「あ、ありがとう。写真機も買わなくちゃ……」
シークは退治の証拠にと、草がまばらに生える地面にバルドルを置き、オークと並べる。そして確かに自分が片付けたのだと分かるよう、1枚写真を撮った。数秒経つとその場で1枚のポラロイドが出てくる。
その仕上がりを楽しみに待っているシークに、ビアンカは少し申し訳無さそうに声をかけた。
「あの……写真機のレンズ、蓋ついてますけど」
「えっ!」
* * * * * * * * *
町に戻り、シークとビアンカはバスター管理所へと寄って、それぞれの報酬を受け取った。バルドルは聖剣と悟られないよう喋らない。アイアンソードごっこの真っ最中だ。
シークはビアンカに助けてもらったため、報酬を分けようかとも言った。だがビアンカは、守ってくれたシークへの恩返しにならないと言って受け取らなかった。
自分では倒すことが出来ないのに、報酬だけ貰おうとするような性格ではないらしい。
「ラビの巣退治3000ゴールド……オーク討伐……6000ゴールド!」
「これだけ貰えるなら有難いと思った方がいいのかな。分からないわね」
「どうだろう。でも6000ゴールドあれば、とりあえずその日の食事と宿代に当てられる。今日はお互い災難だったけど、明日から頑張ろう」
「あっ、あの!」
ビアンカはその場を去ろうとするシークへと慌てて声を掛ける。まだバスターが窓口やロビーに沢山いる時間帯だ。予想外に響いたその声が一瞬静寂を生んでしまった。
「明日も、一緒にクエストやりませんか!」
「えっ!?」
「あ……あの、わ、私1人じゃ何も出来ないのが分かったし、君さえ良ければ、一緒に来てくれると……」
シークはビアンカの申し出に驚く。会ったばかりの女の子と一緒に行動することに対しても、少し戸惑いがあった。
ただ、今日のオーク戦を振り返れば、1人での戦いが厳しいのは明らかだ。
オーク1匹で6000ゴールド。それを何体も相手に出来る力量を付けなければ稼ぐ事は出来ない。毎日の生活費でやっとという生活では意味がない。
それならば人数を増やし、楽に倒せるほうがいい。
パーティー加入の希望は出しているものの、魔術書を持たないシークへのお呼びは掛かっていない。シークにとって、同じ力量の仲間を作る事は願ってもない事だった。
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