TRAVELER-06(012)
「これは、少し離れた所に探しに行った方がいいかな。邪魔されたくないし」
「クエストを選ぶという作業を怠るとこういう事になる。300年前とちっとも変っていない」
「そうなの? まあ、バスターって血の気が多くて猪突猛進みたいな人が多いからね」
「僕のような、冷静な『ひとでなし』が一緒で君は幸運だね、シーク」
オークを探しながら歩くシークに、バルドルは誇らしげに胸を張る。どこが胸かはちっとも分からないが、そう表現するにふさわしい口調だ。
シークはバルドルの言葉に適当に「そうだね」と返事をして、そしてすぐにその「そうだね」を取り消した。
「バルドル、ひとでなしって言葉の意味、分かって言ってるかい?」
「聖剣は人にあらず!」
「残念だけど違うよ。ひとでなしっていう言葉は、現代では『非道な者』って意味で使われてる」
「えぇっ!? じゃあ、さっきの言葉は無かった事にしておくれ!」
バルドルは大げさに驚く。
「時々変な言葉を使うけど、誰に習ったんだよ……」
「僕は300年前、当たり前に『ひとでなしで良かった』と言っていた。誰も意味が違うとは言ってくれなかったんだ」
「早速お役に立てたようで何より」
「どうもね」
オークが出るという平原を数十分歩き、町の門も随分遠くなった。
シークは一体どこにいるのだろうかと辺りを見渡す。退治する気は満々でも、肝心のオークが現れない。
「夜な夜な町の外壁に突進してくるオークを倒してくれ……って事は、いつもいるって事だよね」
「オークの足でそんなに遠くから行き来しているとは考えられない。シーク、木登りは得意かい?」
「得意って程でもないけど、枝がしっかりしている木なら」
「僕を背負ったままその辺の木に登ってごらん。僕がオークの足跡とか痕跡を見つける」
「へえ、有能な剣だね」
シークはバルドルの知識、経験の豊富さを褒めたつもりだった。しかしバルドルは少し拗ねたような口調になる。
「願わくば、剣としての本職を褒めてもらいたいのだけれど」
「一応……言っておくけど、俺、魔法使いだからね」
「魔術書なし、僕なしで倒せるというのならどうぞ、魔法使いさん」
「……分かったよ、でも魔法も使うからな。魔力の使い方を上達させないと」
シークは平原にまばらに生えている低い木のうち、葉が少ないひとつにしがみついた。腕の力と足のひっかかりを器用に使い、10メーテ(1メーテ=1メートル)程の高さまでくると、バルドルと共に遠くを見渡す。
「あったよ。シークから見て右前方、濡れた地面を踏んだのか、オークの足跡があるね」
「よく見つけられるね」
「あの足跡の向かう方向へ行ってみよう」
「分かった」
シークは木から下りてオークのものらしき足跡を追う。その間うさぎなどの小動物は見かけたが、モンスターらしき影は見当たらない。
この方角はハズレだったのかと諦めかけた時、遠くで何かの声が聞こえた。
「今、何か聞こえなかった?」
「聞こえたよ。まだこの先だね、女の子の声だ」
「え? 低い叫び声みたいなのじゃなかった? 高く持ち上げるから確認してみてよ、バルドル」
シークは声が聞こえた方角へと向き直り、バルドルを高く掲げる。バルドルの目線……どこに目があるかは分からないが、その高さからは遠くから走ってくる少女と、それを追いかけるオークの姿が確認できた。
「シーク、オークに女の子が追いかけられているよ。新人のバスターだと思う」
「え!? た、助けなきゃ!」
シークは思わずバルドルの柄をぎゅっと握る。そんなシークの行動に対し、バルドルは待ったをかけた。
「正面から切りかかると女の子に当たるし、状況を有利に運べない。オークは足が遅い、おまけに方向転換は苦手。通り過ぎた瞬間に背後から狙うんだ」
「わ、分かった!」
「あと、君が僕よりも使いたくて仕方がない魔法を1発目に当てるのも有効」
「……棘があるなあ、もう。多分動き続けるモンスターに君を当てるのはまだ難しいから、一度ファイアボールを当てて、その隙にバルドルで攻撃する」
「現実的な作戦だね、いいと思うよ」
シークは女の子が先に掴まらない事を祈りつつ、足跡と叫び声が通過するギリギリまで待つ。
どこから走ってきたのかは分からないが、草むらからそっと顔を覗かせて見ると、女の子はかなり疲れているようだった。口を大きく開け、たまに食いしばり、足はもつれている。
戦士系なのか、青みがかった軽鎧を着て槍を持っている。仕留め損ねたのだろうか。
シークはすぐに助けてあげたい気持ちを抑えて、じっと女の子が通り過ぎるのを待った。
「誰かー! 助けて、助けてー!」
「グヴアァー! グブブブ……!」
オークの低く醜い声が間近に聞こえ、すぐに数メーテ先を戦士の女の子が駆け抜けていく。シークは1、2、3と数えてからオークが通り過ぎてすぐに立ち上がり、その背めがけて魔法を放った。
「ファイアーボール!」
ブワッと熱気が広がり、火の玉がオークの背中に命中する。火の玉は僅かな衝撃波を生み、オークは体勢を崩して立ち止まった。オークの背中は完全に焦げている。
「プギィィィ!」
「よし、いまだ!」
「分かった!」
「もうすぐオークが振り向く、まずは君から見て左に避けて、肩を狙う」
「分かった!」
シークは未熟ながらもバルドルの指示に従う。オークは振り向きざまにシークが避けたすぐ右へと棍棒を振り下ろし、地面を強くたたきつけた。
もしその場に居たらどうなっていたか。つい目で追ってしまうシークを急がせるように、バルドルは狙うべき場所を再度告げた。
「左! 水平に斬り付ける!」
「わ、分かった!」
筋が良いとはいえ、実戦経験はほぼゼロ。シークは肩ではなく、やや上腕にかかるように斬り上げてしまった。バルドルは失敗と言わず次の動きを伝える。
一方、オークは棍棒で仕留めたと思っていたようだ。その場所から相手が動いたために攻撃が外れたのだと気づき、憤怒して叫ぶ。
「ブギイイィ!」
「うわぁ涎が飛んできた!」
「そんなの後だ! 次、背中を斜めに! 思いっきり! その後は右脚へと流れる!」
「ちょ、ちょっと待って、背中……斬った!」
「右脚の膝を斬り付けたら蹴って距離を取る!」
「何を蹴るんだよ! とにかく……距離取った!」
シークは1つ1つ頭の中で確認しつつ、バルドルの言う通りの動きを取る。刺せと言われたら刺し、振り下ろせと言われればしっかりと振り下ろす。
バルドルの指示通りに動けば相手の攻撃を避けつつ、反撃が出来る。あくまでも動きを実践するだけで威力はないが、シークは次第に落ち着いた対処が出来るようになってきた。
シークが慣れ始め、オークの攻撃は掠りもしなくなる。オークは苛立ちを隠そうともせず、ついには棍棒を力任せに遠くへと投げてしまった。
「ブオォォォ!」
オークは痛みに叫びながら動きが鈍った腕を振り回す。しかし、バルドルの言う通りに動けば、今更そのような単調な攻撃は当たらない。
「首を狙って! 左から斜めに振り下ろす! はい……よし、次は刃を上に向けて返し打ち」
「一気に言わないでくれよ! これでも……喰らえ!」
「グォォォ!」
「一度距離を取って!」
「ふぅ……もう一度首?」
「いや、あいつは右でしか攻撃をしてこない。これは練習だよ、右腕を切り落として、確実に仕留められるようにするんだ」
シークはオークを弱らせてはいるものの、もう少し時間が掛かりそうだ。
本来、オークはそれほど用心しなければならないモンスターではない。
ただし、それは5人程度のパーティーを組んでいればの話。今更ながら新人バスターが初日に1人で相手するには強すぎる。
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