TRAVELER-05(011)


 上位校と呼ばれる職業校、学問校、そのどちらを出てもバスターになることは出来る。実際にこの場にも両方の卒業生がひしめき合っている。


 しかし知識を学び研究する学問校出身の場合、制限地域への許可を得るためだけにバスター登録をする者が殆ど。


 クエストはそういった戦う術は持たないが旅がしたいという者達や、商人からの護衛依頼が最も多い。


「こんにちは、あの……バスターの登録をしたいんですけど」


 シークは管理所に入ると、案内係と思われる女性に声をかけた。


「新人さん? それじゃあ案内しますね」


 天井が高く広い石造りの管理所は、多くの新人が押し寄せている。人が多すぎて、案内の看板すら場所が分からない。田舎者には酷な状況だ。


 女性はシークが今年の職業校卒業生だと察し、にこやかに受付へと案内してくれた。その先の登録受付カウンターの前には長蛇の列が出来ている。


 今日並んでいるのは殆どがシークのような新卒の志願者だ。


 開館してすぐ訪れたはずだが、もっと早い時間から来ておくべきだったと、シークはため息をつく。1時間ほどしてようやく自分の番が回ってくると、シークは受理担当の女性職員の確認事項に口頭で答えた。


「まず、お名前と卒業学校、職業を教えて下さい。身分証の提示もお願いしますね」


「はい! シーク・イグニスタ、学校はギリング第2職業校、魔法使い志望です」


「魔法使い……と。次に、魔術書か、無ければ取り急ぎの使用武器を見せて下さい。許可は得ていますね?」


「はい。魔術書はまだ買えていないので、代わりにこれを武器にします」


 シークはバルドルを白く冷たい石のカウンターの上に置く。担当の女性職員は「ロングソードですねー」と言いながら用紙にシークの登録武器として記入していく。


 が、そこでおかしいと気づいたのか、手を止めて「ロングソード?」と呟いた。


「え、ロングソード!? あなた今、魔法使いと言いましたよね? ロングソードを使うのですか?」


 女性職員の表情はあからさまに怪しんでいる。シークは苦笑いしながら質問に答えた。


「はい、ロングソードの扱いは得意なので」


「失礼ですが、魔法使いで剣を使うというのは……魔力増幅が出来ない武器はあまりお勧めしません」


「駄目という訳ではないですよね?」


「それは、そうですけど……装備購入の資金に関する相談も受け付けていますよ?」


「いえ、ロングソードでお願いします」


「ん~、登録は受け付けますけど……本気、ですよね?」


「もちろん」


 女性職員は納得がいかない様子だ。護身用の短剣以外、物理攻撃用の武器はそれほど例が無いことなのだろう。


 だが、剣を使ってはいけないという決まりはない。シークの登録情報には、無事にロングソード使用と書き記された。


「登録は終わりです。シーク・イグニスタさんのバスタークラスは一番下の『グレー等級』です」


「有難うございます!」


「実績の自薦、他薦によって昇級することができ、使用できる装備も多くなります。ホワイト、ブルー、オレンジ、パープル、シルバー、ゴールド、その中でまずは一番需要の高いブルー、またはオレンジを目指す所から始めて下さい」


「分かりました。他薦というのは、誰が推薦してもいいのでしょうか」


「ええ、村人であろうがバスター仲間であろうが、王様であろうが、誰でも可能です。ただし、推薦者が少ない場合は功績に信憑性が無いとして、判断が保留される事もあります。最初は幅広く活動することをお勧めします」


「はい、色々説明有難うございます」


「パーティー加入および、パーティー募集は右手にあるカウンターへとお申し付けください。それでは、ご武運をお祈りしております!」


 シークは「ご丁寧にどうも」と頭を下げてその場を離れた。右手に進んだ先のパーティー受付のカウンターも、また長蛇の列だ。


「剣の扱いは得意だなんて、君は『嘘つき』なのかい。よく言えたね」


「バルドルが認めたんだから嘘じゃないだろ。それとも聖剣さんは持ち主を選ぶ才能がなかったのかな」


「むきー! 僕ほどの『本当つき』に向かってその言葉!」


「本当つきってなんだよ」


 どこの窓口も人が溢れていて、他にどんな窓口があるのかゆっくりと見学することが出来ない。


 どのようなパーティーに空きがあるか、どのような加入希望者がいるかを知ろうとすれば、今日一日はそれだけで終わってしまう。


 今日の泊まる宿さえ確保できないシークにとっては、それよりもクエスト受注の方が先だ。


 シークは近くのテーブルで加入申請用紙に必要事項を書き、説明を受けることを諦めて受付横のBOXに申請用紙を入れた。


「さあ行こう、バルドル。クエストの掲示板は2階らしい」


「退治クエストがいいね! これで思う存分モンスターを斬る事が出来る! いやあ、こんな日が訪れるのをどれだけ夢見ていたことか!」


 嬉しそうなバルドルの言葉に、シークはふと思った事をバルドルに質問する。


「もしかしてバルドル」


「なんだい? シーク」


「俺が置いて行ったら次に見つけて貰える日がいつになるか分からないから、仕方なく俺を認めた、とかじゃないよね」


「まだそんな事を言うのかい? 『本当つき』な伝説の聖剣が認めた事を素直に喜んだ方がいいよ、シーク」


「……まあいいけど」


 目の前に最強の剣豪が現れた時にも、バルドルはシークについていくのか。正直なところ、剣術素人のシークにはまだ自信がないのだ。


「おっとシーク、階段で鞘の先を擦らないでね、この鞘気に入っているから」


「分かったよ。掲示板は……あった」


「モンスター退治! ああ、そっちじゃない、探し物クエストじゃないってば」


「うるさいよ、周りの人に聞こえて騒動になるのはごめんだ。戦いどころじゃなくなるかもね」


「……」


「早速静かになってくれて、どうも。そんなにモンスターを斬りたいのかい」


「……」


「分かったよ、それじゃあ……こんなのはどうかな」


 モンスターと戦えなくなるのが余程嫌なのか、バルドルは急に静かになる。それに安心したシークは、しばらく掲示板をながめたのち、数多く貼りだされた依頼の1つを手に取って確認を始めた。


「オーク退治……。オークって、豚の顔した2本足で歩く大きなやつだよね。村の外で見たことがある」


「……」


「ねえ、喋って。これ、俺でもいけるかな」


「……」


「たかが聖剣だもんな、出来るか出来ないかの判断なんて無理、か」


「しっつれいな! オークくらい僕が倒させてあげるよ!」


「お、頼もしい」


「ほら早く受けてきておくれ!」


「はいはい、声を抑えて」


「受注は横のカウンターに紙を渡すだけ!」


「説明どうも、バルドル」


 シークは受注を宣言するために窓口に向かう。そこで掲示板から剥した紙に「受注」と書かれた印を押してもらった。こうしてバスターとして最初の仕事は、豚型の亜人モンスター「オーク」退治に決まった。




 * * * * * * * * *





 クエストを正式に受注し、お金が無いシークは町の中を馬車ではなく徒歩で町の外を目指した。


 管理所から30分ほど離れた北門に着く頃、すでに辺りには初仕事に向かう新人が溢れていた。


「早速バスターの格差が窺える光景だね」


「見るだけでバスターの力が分かるのかい?」


「君より先に着いているバスターは、馬車に乗るお金があるってことだ」


「財力が無くて悪かったよ」


 もっと急ぎ、もっと早くオークを見つけ、早く斬りたい。それがバルドルの願いだ。お金があればもう30分早く着けたのにと言いたいのだろう。


「30分長く戦えばいいだろ。行くよ」


 依頼者は複数おり、同じような依頼も複数ある。対象となるものを取り合うタイプ、つまり1番に達成したものが報酬を貰うというクエストも存在する。


 早くもそのようなクエストを選んでしまった新米達が、順番を巡って争う声も聞こえる。モンスターを横取りしようと作戦を立てているパーティーもいた。


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