TRAVELER-04(010)


「僕をシークが拾ったのは多分知っているよね? えっと……弟のチッキーに、そっちが『お父さん』さん、こっちが『お母さん』さん」


「逆だよ、こっちがお父さん、そっちがお母さん」


「おっと失礼! 許してもらえると嬉しいのだけれど。それで、話を続けてもいいかな」


 バルドルが再び話を続けようとすると、シークの父親は立ち上がり、チッキーを庇うような仕草を見せる。


「も、モンスターか!」


「はい? モンスター?」


 父親はモンスターだ! と声を上げ、それを聞いた母親も怯えて距離を取った。モンスター呼ばわりされたバルドルはきょとんとしている。いや、きっとしている。


「あの~、とりあえず話を聞いて貰っても?」


「バルドル、話していいよ。先に進まないから」


「シーク、何故こんな不気味な剣を……」


「僕の事がそんなに怖いなら、後で捨ててごらん。出来る事ならね」


「もう、みんな落ち着いてってば、何にもないから」


 両親はバルドルを警戒したままだ。シークとチッキーだけが座った状態で、バルドルは説明を始めた。


「僕の前の持ち主は勇者ディーゴだった。彼は僕がただの資料として飾られる事を防ぐため、それと僕を取り合う争いが起きないために、この村の先にある森に僕を隠したのさ」


「その話を、どうして信じることが出来るんだ」


「ディーゴの指紋でも残っていれば……多分、柄の紐を最後に巻いてくれたのはディーゴだった。今朝シークに洗われたけれど、紐を外せば柄の部分の芯には指紋があると思うよ」


「……何故喋る、何故我々の言葉が分かる。モンスターの擬態じゃないのか」


 バルドルは一通りの説明をし、ある程度の質問には丁寧に答えていった。しかし最後の質問にはウンザリしていたのか、やや投げやりな答え方をした。


「喋るのは伝えたい事あるからさ。僕を作ったのは人間だから、僕は人間の言葉が分かる。誰かに持ってもらわなくちゃ自分で動けもしないんだ。そんなモンスターがいるかい? いい加減信じて欲しいのだけれど」


「本当に……剣が喋っているのか、本当に勇者ディーゴの剣か」


「ああもう、僕がこれだけ言っても信じないのかい? 望む結論が最初からあるのなら、信じない根拠こそ示されるべきじゃないかい。まるで僕がモンスターだと都合が良いみたいだ」


 バルドルの反論に父親は沈黙した。信じない根拠なんてものは何もない。シークを旅に出せない理由を付けたいだけ、そう指摘されたようで、返す言葉が浮かばない。


 そんな中、バルドルに対し、先に口を開いたのはシークの母親だった。


「あなたは……シークをどうしたいの? シークをどうするつもり? 傷つけたりしないかしら」


「旅をしたいだけさ。勿論、僕を使ってくれたら守るつもりだよ。嫌な目に遭わせて荒野や洞窟で置き去りにされるのは嫌だからね。それに……」


 バルドルは言うべきか迷った一言を、少し間をあけて母親に向けた。


「どうしても僕が一緒だと心配なら、代わりにとびきりの魔術書を買ってあげるといい。僕なら1本でシークを守ってあげられる。魔術書の無い魔法使いにパーティーとしての需要は無いらしいけれど、誰がシークを守るのかい」


「ちょっとバルドル、言い過ぎだ」


「言うかは迷ったのだけれど、言わなくちゃ君が死ぬ未来しかないよ。だいたい、僕は散々言われて我慢したと思わないかい?」


「そりゃあ、そうだけど。昨日の戦いで俺を守ってくれたのはバルドルだ。武器屋にもお墨付きをもらってる。槍が壊れている事も見抜いてくれたし、俺は信用してる。駄目かな」


 父親と母親はしばらく考え込み、まだこの不思議な剣を信用していいのか考えていた。


 ところがチッキーは違った。好奇心旺盛なチッキーが、バルドルに興味を示さない訳がない。


「ねえねえ、バルドルって凄く重たいんだよ! 昨日全然持ち上がらなかったんだ。それにカッコイイ!」


「重たい?」


「うん、持ってみてよ! 絶対持ち上がらないから! 兄ちゃんしか持ち上げられないんだ」


 チッキーの話に、父親はおそるおそるバルドルに触る。そして持ち上げようとした……が、両手で本気を出しても持ち上がらない。鞘から抜くこともできない。


「僕はシーク以外に持ち上げられたくないものでね。僕を信用してくれないのなら僕だってお断りさ」


「ね? いいなあ、俺も欲しいなあ。他に喋る友達はないの?」


「ディーゴと一緒に旅をした仲間の武器がどこかにあれば、喋ると思うけれど」


「ほんと!?」


 チッキーの目は輝いている。これは、農家を継がずにバスターになると言い出しかねない流れだ。父親も母親もどう言えばいいのか分からず、シークも内心焦っている。自分がバスターになれるかどうか以上の大問題だ。


 だがそれは杞憂に終わった。その次の言葉にシークだけでなく、とうとう両親まで吹き出してしまう。


「もしさ、もしさ! 喋る鍬がいたらさ! 畑を耕す時に上手くできてるか教えて貰えて、お父さんに怒られなくなるよね!」


「シーク、どうする? 喋る鍬を探すあては流石にないけれど」


「……まあ、見つけたら持って帰ってくるよ」


 シークの父親は降参を示すため両手を上げて、シークにバルドルを仕舞うよう告げる。そして、「それはお前の物だ」と言って所持を認めた。


「お願いだ、危ない事は避けてくれ。魔法使いとして活動してくれ」


「それじゃあ、いいんだね?」


「やったあシーク! これでようやくモンスターをバッサバッサと斬ることが出来る! 『お父さん』さん、有難うね!」


「いや、ソードとして活動する訳ではないけど」


 シークよりもバルドルが大喜びをし、その場の皆が笑う。


喋る不思議な聖剣バルドルを認めた一家は、バルドルに300年前の世の中はどうだったのかと尋ね、珍しく夜更かしをした。





 * * * * * * * * *





 次の日。


 シークは家族と村の皆に送り出され、村の東の門までやってきた。


 この数年で町の学校に通っているのはシークだけで、バスターになるのもシークだけだ。


 しっかりと装備を身につけ、背にバルドルを担いだシークは、村の大人たちに激励されている。今日は父親が周囲に事情を話しているのだろう。


 チッキーには必ず喋る鍬を見つけてきてほしいと最後までせがまれていた。


「シーク、昨日バルドルに言われた通りだ、魔術書を買ってやれず申し訳ない」


「大丈夫、何でも用意されて旅に出るより、少し頑張る目標があった方がやる気に繋がるよ。武器は2つ持ってもいいんだし、余裕が出来たら自分で買ってみる。防具を有難う」


「んと、僕は捨てられないために君に無駄遣いを促すべきかな? シーク」


「捨てないよ、あんなにチッキーも懐いてるんだ、俺が絶交って言われかねない」


「では、元気でな」


「体に気を付けて、近くに寄ったら必ず帰ってきなさい。今日帰って来てもいいんだからね」


「分かったよ、大丈夫。行ってきます!」


 シークは皆に手を振り、まずは町へと向かう。


 昨日からシークには喋る相手がいる。町まで退屈せずに歩き、2時間でバスター管理所に到着した。


「さあ、ここが管理所」


「そのようだね。どうぞ中へ、ほら早く」


「はいはい」


 シークは早くモンスターを斬りたいバルドルに急かされながら、館内へと入る。ここでバスターとしての登録を行い、クエストを受ける資格を得るのだ。


 クエストとは、バスターに対しての個人や団体、大きいものでは国からの依頼の事である。つまりはお仕事だ。


 非戦闘型クエスト、例えば町の外に逃げてしまった猫を探してほしい、職業校を受験するための家庭教師になって欲しいなどのものなど。


 戦闘型クエスト、例えば護衛をして欲しい、牧場に現れるオーク種 (※豚の亜人モンスター)を倒してほしい、ドラゴン種の牙を入手して欲しいなど。クエストの範囲は広い。


 シークは登録後、最初から戦闘型クエストを受けるつもりでいた。

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