TRAVELER-03(009)
「うまくいったね」
「そうだね、あの店主さんが悪い人じゃなくてよかった。ところで、俺以外は鞘から引き抜くことも出来ないのかい?」
「僕がそう思えばね。さっきの反応だと、鞘から引き抜かれなければ何とかなるかもしれないと分かった」
「そうだといいんだけど」
シークは自身の姿を通りのショーウィンドウに映しながら確認する。自分で言うのもなんだが、よく似合っていた。
シークはその整った顔立ちのおかけで何を着ても基本的には良く似合う。
ただし、素材は良いのに素材そのまま。彼にとってかっこいいとは良い服、良い装備を着た、相応の立ち振る舞いを指す。
学生時代は制服、村に帰れば質素な倹約生活。自分の容姿には無頓着だ。他人の容姿を羨むことがあっても、それが自分と比べてどうなのかを考えた事がない。
シークに恋心を寄せる者もいたが、仮に周囲からの好意を自覚していたとしても、毎日2時間掛けて通うシークに余裕はなかっただろう。
「よく似合ってると思わない?」
「そうだね、僕がよく引き立つ」
「俺に似合ってるかどうかの話なんだけど」
「人の容姿の優劣には疎くてね。あの店に粗悪品は置いてなかったから、きっと心配はいらない」
バルドルが似合っていると言ってくれなかったからか、シークは周囲の視線を気にする。周囲には装備を買ったばかりの新人がちらほら歩いている。
「安心していい。君のように卒業してすぐの人達も歩いているけれど、みんな君には劣るね」
「こんなにいい装備は、他の店じゃ初心者用として並べてはいない、ってことかい」
「その通り。恐らくだけれど、あの店主は儲けたいんじゃなくて、バスターになる若者を死なせたくないんだ」
「俺の時みたいに、気持ちが分かったのかい」
「まあ、そういうこと。優しいんだと思うよ、君のお財布にも」
「安いって事ね」
バルドルの言う事は当たっていた。武器屋マークの品物は、同じ程度の物であれば余所の店より2割は安かった。そして、2割は質が良かった。
着られたら何でもいいという程度の装備は置いていない。最低価格の軽鎧でも定価が7万ゴールドと、値段だけを見て高い店だという印象を持つ者もいた。
シークが買った軽鎧は今期の卒業生の中でも値段の割に逸品。いや、アイアン製品としては最上級だろう。もし他店で買ったとしたなら絶対に8万ゴールドでは買えないし、定価だってもっと高かったはずだ。
「だから、喋ったって事でいいのかな。信用できる店主だと」
「その通り。僕を触った瞬間、間違いなく良いものだと気づいていた。次に彼が考えたのは、この剣なら君が身を守れるってことだった」
「没収や、警察に通報するなんて考えていなかったってこと?」
「うん。だから駄目押しで喋ってみた。上手く言ったね」
「ハァ、俺は心臓が止まるかと思ったよ」
シークは胸をなでおろし、バルドルを担ぐ。バルドルの言葉を聞きながら、シークは旅立ちの日にはもう一度先程の武器屋マークへと寄って、ゆっくりとお礼を言おうと思った。
* * * * * * * * *
「ただいまー」
「おかえりなさい。卒業式はどうだった……って、シークどうしたのそんな上等な装備を」
「お帰り兄ちゃん! その防具すっごくカッコイイじゃん! 買ったの?」
「うん。卒業式はつつがなく。卒業証書はこれ。防具はゼスタと装備屋まで全力疾走して買ったよ。だいぶ値引きして貰った」
「武器は? 魔術書は買えたの?」
軽鎧を着たまま帰って来たシークに、母親は驚き、弟は目を輝かせている。装備を買ってくることは想定内でも、村の大人たちが持っているような安価な防具ではない。そこまでのものを買って来るとは思っていなかったようだ。
「魔術書は買えなかった。武器はこの剣の許可をもらったよ。装備は一式で8万。貰った支度金、全部使うことになった、ごめん」
「それはいいの、身を守るためのものだもの。もっとお金があればもっといいものが買えたでしょうに……。それより、その剣、本当に許可をもらったの?」
「兄ちゃん、ソードに転職?」
「まだ魔法使いの資格を貰ったばかりだよチッキー。この剣のお陰で、防具にお金をかけることが出来た。多分、性能はかなりいいと思う」
「それならいいんだけど……昨日もオーガ相手にしっかりと戦ったようだし」
アスタ村の者達は、バスターというものにあまり詳しくない。
ドラゴンや巨人などは伝説の勇者の物語、ごく一部の夢追い人が探し求める幻の財宝のようなもの。村という単位が触れる事の出来る世界はごく狭い。
実際にその恐怖に直面しておらず、情報も入って来なければ無いのと一緒。田畑を襲う害虫の方が余程恐ろしい。
上等な装備を買って帰ってくる息子を見て、母親はバスターの基準が村の認識とは違うということをようやく知ったのだ。
学費を出すだけで精一杯。学校の行事は幾度か欠席せざるを得なかった家庭において、装備の為に持たせた金も精一杯の金額だった。
それで防具も武器も一通りそろえ、旅に必要なものも余りで買えばいいと思っていたのは甘かったのだ。
「おお、シークも帰っていたか」
「お帰りなさい、お父さん」
「そんなに良い装備を買ったのか、金は……足りたのか」
「うん、おかげで凄く良いものが買えたよ。友達と作戦立てて一番いいものを買えた」
「普通に買ったら幾らするんだ」
「えっと……10万ゴールド。多分、他の店で買ったらもっと高い」
父親は10万という金額に驚く。この村で10万と言えば、各家庭が1か月で稼ぐ金よりも多い。
「武器は、まさかその剣か! 俺は魔法使いと言うから通学を許したんだぞ」
「えっと、魔術書を買うお金は残らなかったんだ、でも許可は出してもらった、この剣は良い剣だ」
「魔法使いは皆の後ろにいるから一番安全だと言っていただろう! 剣を手に取りモンスターに向かうというなら旅には出せん!」
「え、そんな! 大丈夫、魔術書がなくても魔法は使えるんだし、この剣を使って旅をする訳じゃない」
「ならば置いていけ、その剣があればお前は必ず使う」
シークは父親に咎められ、肩を落とす。確かに、魔法使いになりたいという理由で通学を許されたのだから、これでは騙したようなものだ。
この世界ではバスターとして活動する時、後衛職の方が断然生存率は高い。魔法適性がなければ魔法職にはなれないが、バスターになる時、適性があればまず魔法使いを選ぶ。
険悪なムードになり、シークも言い返せそうにない。このままでは旅に出られないかもしれないと察したバルドルは、小声で「喋るよ」と言って、家族に向かって声を発した。
「はい、既に静粛だけど静粛に。シークを旅に出してもらえないと僕が困るもので、説明したいのだけれど、いいかい?」
バルドルが声を発した瞬間、その場には凍りついたような空気が漂った。驚きながら「誰だ!」と辺りを見回す父親に、シークは「これだよ」と言ってテーブルの上にロングソード、つまりはバルドルを置いた。
「これだよは酷いな、バルドルだよって紹介してくれてもいいのに」
「ごめんよ、バルドル。でも結局はバルドルって誰だいって話になると思うんだ」
「成程、先を読んだ訳だね、旅には必須のスキルだ。聖剣を綺麗に拭く技術の次に重要だよ、シーク」
「有難う。さあ、喋ったからには説明宜しく」
当たり前のように言葉を交わす我が子と剣の様子に、両親は何が起こったのか分からない。好奇心旺盛なチッキーは、目を輝かせて剣を見つめている。シークは座るように促した後、バルドルの説明を待った。
バルドルは声以上にとても偉そうな態度を隠そうともせず、かつ悟られずに話しだした。
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