TRAVELER-02(008)
「8万か」
毎年予算オーバーで買えずに諦める若者は一定数いた。金が足りないものは仕方がない。
だが、目の前にいるのはせっかく1番に駆け込んできた若者だ。しかも、他所で買えないから辿り着いたという訳ではなく、わざわざこの店めがけて買いに来てくれた。
店主はその心意気を気に入っていた。月賦、割引、とにかく何の協力もなしに諦めろと告げるのは、あまりにも酷に思えた。
そうするうちに、店主はふとシークが背中に剣を背負っている事に気付く。
「おい、お前さん。その背中の剣はどうした」
「あっ、え~っと、その……」
「この店に来る前に、どこかの武器屋で登録したのか? まだそんな時間じゃないと思うんだが」
「いや、まだ登録していないんです、実はその、通学途中の森で拾いまして」
シークはまずいなと顔をしかめて入手の経緯を説明する。
シークが今朝お湯で綺麗に洗ったおかげで、バルドルは輝いている。豪華な装飾が施されている訳ではないにしろ、とても初心者向けとは思えない威圧感があった。
柄と鞘だけを見ても、武器の専門家とも言える武器屋の店主には物の良さが分かるだろう。
「ちょっと見せて貰えないか。お前さんのような初心者が持っていい剣だとは思えん」
「……あー、では、とりあえずそのカウンターに置きますね」
シーク以外が持とうとするとバルドルは嫌がって、絶対に持ち上げられない。
シークは自らカウンターへと運んだ。店主は不審そうに鞘や鍔、そして柄の部分を鑑定し、そして鞘から剣を引き抜こうとした。
「おい、これは剣が引き抜けん。もしかすると、模造刀か」
「え?」
「それに、持ち上げようとしても……びくともせん。どうなっている」
「え~っ……と。どうなって、いるんでしょうねえ……」
柄と鍔の部分は赤みを帯びて、鞘から抜けば、刃は透き通るような反射と輝きを見せている。どんなに目利きの悪い者でも超一流の剣だと分かるだろう。
この店主に見せたなら、きっと初心者には渡せないと言って没収、警察に渡ってしまう。しかし鞘から引き抜けないという展開は予想していなかった。
どうせこのままやり過ごせるとは思えない。シークはバルドルを手に取り、鞘から引き抜こうとした。
「ハァ。せっかく僕がプライドを捨てて、見た目だけの模造刀になりきっていたのに。ここで刃を抜かれちゃあ名演技も台無しだよ」
「ちょ、ちょっと何喋ってんだよ!」
「君はこの剣を使えるのは俺しかいない、なんて台詞は吹っ飛んでいるよね。このまま取り上げられちゃう! って心配しか頭にない。そりゃあ嬉しいけれどね、旅が出来なくなるのは困るんだ」
いきなり喋りだした剣に、店主も奥さんも、そしてゼスタも驚く。いや、それが当たり前の反応だ。特に奥さんは口に手を当てたままピクリとも動かない。
「おいシーク、お前その剣、今……喋ったよな?」
「いったい、どういう仕掛けなんだ。この剣が喋っているとでも」
「剣が喋ったらおかしいかい? そりゃああなた方は、喋らない剣しか知らないかもしれないけれどね。喋らない人間には驚かないのに、喋る剣には驚くって、僕には理解できないな」
「意思を持つ武器……」
店主はボソリと呟き、店の奥から本を1冊持ってくる。そして早く装備を持って来いとシークとゼスタを急かし、店の奥のアンティークに囲まれた居間のテーブルに着かせた。
「あの、まさか……通報?」
「そんな事は言っとらん」
シークはバルドルの正体に気付かれて、通報でもされるのかと不安で仕方がない。
手にはまだ会計を済ませていない先程の軽鎧一式。ゼスタも選んだ装備一式をテーブルの上に置いている。店主が椅子に腰かけると、店の扉が開いたことを告げる鈴の音が鳴り響いた。
「わたしが行きますから」
奥さんは店へと出て、他の店を諦めて辿り着いたであろう若者の接客を始める。その後に続いてまた鈴の音が鳴り響くと、店内は急ににぎやかになったようだ。
店主はあまり時間が無いな、と言いながら本を広げてシークへと問いかけた。
「さて。君はこの剣を拾ったと言ったね。どこで拾ったんだ」
「町と、俺の住んでいるアスタ村の間にある森の中です」
「そんな所にあったのか! 剣よ、お前はあの意思を持つ武器か」
バルドルは「本に載っている挿絵が気に入らない」という思いを誰にも悟られないようにして、「多分そうだね」と答えた。
「すると、勇者ディーゴが持っていた聖剣とはお前の事か」
「そうだね」
「持ち主に自身の名を呼ばせ、主とする……そう聞いている。いや、武器屋鍛冶屋の間でのおとぎ話みたいなもんだ。こうして実物に出逢うとは、長生きはするもんだな。聞いていた通りの素晴らしい剣だ。持ち主以外には使えないという話も本当か」
「そう。早い話が僕はシークを認めた。だからもう僕はシークのものになった。人間がどういうルールを作ろうが変わらない」
店主は少し考え込み、そしてシークに提案した。
「先程の装備一式は8万ゴールドでいい。そっちの坊主も少しまけてやろう。この聖剣は俺が許可を出してやる。便宜上、アイアンソードとしておくが」
「え、ほんとうですか!」
「ああ、まさかこの店で勇者ディーゴの聖剣を見ることが出来るとは」
「僕は、今はシークの聖剣だけれどね」
「やったぜ! 良かった、俺も金はギリギリだったんだ。けど、剣が……喋るなんて知らなかった。俺の双剣も喋るのかな」
ゼスタはチラリとバルドルへと視線を向ける。それに気づき、バルドルは特に間を置くこともなく「その剣はそこそこ良い剣だけれど、喋らないね」と言った。
「君は8万、そっちの坊主は双剣と防具を合わせて18万。初心者にしちゃあ十分すぎる装備だ。とりあえず持ち運びはきついだろうからここで着てしまいなさい」
シークとゼスタは代金を渡し、その場で早速着替えを始める。暫くして装備屋で許可されたことを証明するプレートを渡された。これでもし何かを言われても、許可されているとして堂々としていられる。
「良いものを見ることが出来た。本当に存在しているとは。もっと良く見ていたいが……そろそろ売り場が戦場になりそうなのでな」
「あの、本当に有難うございました!」
「許可をどうも。僕の主が世話をかけたよ」
「また来てくれ、必ず」
店主の後に続いて装備一式がそろったシークとゼスタが登場すると、その場の者達は驚く。先客がいたとは思わなかったのだろう。皆が少し悔しそうにシークとゼスタを見ている。
この数をこの店主と奥さんで本当に捌けるのか心配ではあったが、2人は恨めしそうな若者たちの視線を浴びながら店主に一礼し、店を後にした。
「全力で走って来てよかったな、やっぱり他の奴らは別の店に寄った後に来ているみたいだった」
「他にも良さそうな装備はあったし、十分だと思う」
「さてと、一度俺は親に報告に行く。シークとパーティーを組めたら楽しそうだったんだけどな。親戚のおっちゃんが俺を面倒見てくれるんだと」
「そうだったね、残念だな。俺も一度村に帰らないといけないし、送別会に出る金も残ってないや」
「俺も。貰った有り金を装備で使い果たしたって言ったら叱られるんだろうな……その喋る剣、今度ゆっくり見せてくれよ」
「その喋る剣とは酷いね、バルドルという名があるのだけれど」
2人してバルドルの抗議に笑い、そして帰宅した後で親に何と言われるかを想像して身震いする。
「じゃあ、ひとまずお別れだ。元気でな、シーク」
「ゼスタも、次会う時はお互い強くなっていよう」
シークとゼスタは寂しい気持ちをぐっとこらえ、しっかりと握手をし、抱擁した。新しい装備に身を包んだ友人が背を向けて歩き出すと、シークも村へと帰るために西の門へと歩き出した。
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