encounter-06(006)


 バルドルの声は、無機質だがどこか嬉しそうだ。まんざらでもないシークは、なぜこの聖剣はこんな時に純粋な剣ぶるのかと首をかしげた。


「そんな事で持ち主を決めていいのかい? すぐには使えないのに」


「君がひっかかっているのは、すぐには使えないってところだけかい? 剣を扱うのもいいかなって、思ってくれているよね」


「まあ、そう、だけど。捕まりたくないし、本音を言えば魔術書が欲しい。魔法使いだからね。けれど……」


「けれど?」


 シークは「あ~」だとか、「ん~」だとか言いながら頭を掻いた後、少し小声でバルドルに伝える。


 この会話自体、家族や他人に聞かれてはまずい。それ以上にシークが今から話すことは、親にはどうしても聞かれたくなかった。


「お金がね、無いんだ。両親は旅の支度金を用意してくれているけど、うちは貧乏だから……多分防具を買えば魔術書を買うお金は残らない」


「すると、君は武器無しでバスターになる、と」


「そういう事になる」


「そこで、だ」


「そこで?」


 バルドルは自信満々で胸を張る。もちろん、それは心意気だけで実際の姿はなんら変わりがない。


「僕を持っていく、それしかない! 魔術書なしで未経験の魔法使いに需要はあるかい?」


「ない、けど……アルバイトでもしてお金を貯めようかと」


「アルバイト? アダマンタイトのような格好いい名前だね。どんな事をするんだい」


「働く、喫茶店とかで雇ってもらうって事だよ……」


 バルドルはアルバイトという言葉を聞いたことがない。何か貴重なアイテムでも探しに行くのかと期待したが、雇われてバスターではない仕事をするのだと分かって絶句する。


 建築、接客、農作業……そこに剣として活躍する場は全くない。


「ああ嘆かわしい!」


「じゃあどうするんだよ!」


「んっと、僕を持っていくってのは多分大丈夫と思う。刑務所に入ることになる前に僕を使う事を認めさせたらいい」


「経歴詐称はしないよ」


「僕が君を持ち主だと認めているって、言ったよね」


「うん、言ったね」


「ちょっと、君の弟を連れてきておくれよ」


「え? いいけど……喋るなよ」


「もちろん。あと、僕を持ち上げるように言ってみて」


「分かった。……喋るなよ」


 シークはバルドルに言われた通り、弟を呼びに出る。暫くしてチッキーを連れて戻ってきたシークは、チッキーに剣を持ってみてとお願いした。


「剣を? これさっき兄ちゃんが怒られた剣だよね」


「いいから、持ち上げるだけ」


「分かったよ。絶対お父さんたち呼んで来たら駄目だからね、持ったって言ったら怒られる」


「言わないよ、ほら」


 チッキーはバルドルを手に取り、何気なしに持ち上げようとした。


「ん……! おっもい! 兄ちゃん、これ重くて持ち上がんない!」


「え?」


 チッキーは柄の部分すら全く浮かせることが出来ない。


「そんな事はないと思うけど」


 シークは貸してみろと言ってバルドルを持ち上げる。すると羽のように軽く片手で拾い上げることが出来た。


「どこが重いんだよ」


「え、え? 兄ちゃん、そんなに怪力だったっけ」


「怪力って、そんなに重くないよ。まあ、とにかく有難う」


 チッキーは悔しそうな顔をして、おかしいと呟きながら部屋を出ていく。シークはどんな冗談かと首をひねりながらバルドルに尋ねた。


「何かしたのか、バルドル」


「いや、僕が認めた人以外、僕を持つことは出来ないんだ。だから、他の人は使えないって事だね」


「えっ? じゃあ誰にも譲れないじゃん!」


 シークはバルドルの言葉に驚いて、つい大きな声を出してしまう。


『シーク、もう夜なのよ! 大きな声出さないで早く寝なさい!』


「ご、ごめんなさい!」


 母親にドア越しに怒られ、シークは小さな声でバルドルと話を続ける。


「つまり、万が一の際も、俺から君を取り上げることは出来ない、と」


「そういうこと。僕を引き剥がせない以上、君を強制的に連行は出来ない。もっとも、意思疎通ができる人間が相手の時だけなんだけどね。どう?」


「根本は解決してないけど……」


「この剣を俺以外に使える奴がいるなら名乗り出てみろと言えばいいさ。とにかく、僕に相応しいと証明させて、所持を許可してもらっておくれ」


「ええ……」


 シークはバルドルの言葉に頭を抱え、絶対駄目だろと言いながらベッドに倒れる。


 まさか剣に操られることになるとは思わなかったシークは、力なくため息をついた。最初からバルドルはシークに使われるつもりでいたのだ。


 武器が何もないよりはマシだが、本当にバスター協会が許可してくれるのだろうか。バルドルは置いて行ったとたん家族に喋りかけ、1日中家族の邪魔をし、自分を置いていった恨みを晴らしそうな顔をしている……気がする。


「聖剣で戦う魔法使い……なんだそれ」


「早速僕と一緒に戦う姿を想像してくれて、どうもね」


「ほんと置いていこうかな」


「おっと、無慈悲深い」


 おせっかい心で暇な聖剣を手に取ってしまった魔法少年は、とても不安な旅の幕開けを迎えたのだった。



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