encounter-05(005)
村へと戻ろうとするシークを、今まで黙っていたバルドルが止める。シークは訳も分からないままバルドルを抜き、振り向いて正面に構えた。
「うわっ!?」
同時に腕へと衝撃が走る。シークは驚き、バルドルを落としそうになりながら思わず後ろに飛び退いた。
「な、何?」
「モンスターの生死を確かめずに後ろを向くなんて、バスターとしての適性は無いね。魔法使いになりたいらしいけれど、諦めたら?」
「まさか、まだ生きていたのか!」
「死んだと思ったら本当に死ぬというなら、そんなに楽なことはない。それより、次が来るよ」
「ちょ、うわぁ!」
訳が分からずシークは前方を見上げる。そこには次の殴打を繰り出そうとするオーガの姿があった。
オーガはシークのファイアボールを喰らい、倒れはしたが息絶えてはいなかったのだ。
「構えた僕を水平に。殴打を防いだらアッパーに気を付けて、左から脇腹を狙ってそのまま上へ」
「なっ、無理! うおぉっ!?」
咄嗟に体が反応し、シークはバルドルの言う通りに剣を動かす。
殴打を防ぐとバルドルを使って脇腹を狙い、そのまま一気に剣で斬り上げる。ぎこちないが、全ての動作はバルドルの指示通りだ。まるでバルドルに導かれているような感覚さえあった。
右脇腹から左肩にかけ、深い傷を負ったオーガは上半身の動きが鈍り、攻撃の手が緩む。
「グァァァァ!」
「この雄叫び、うるさいなあもう!」
「次、軸足を刎ねてね。どうも利き足でしか蹴りも踏ん張りも出来なさそうだから」
「適切な指導、どうも……っ! ところでどっちが利き足なんだ!」
「君から見て右。こちらこそ使ってくれて有難う。はいハズレ。もう1回背後から行ってね、剣先と持ち手を低く」
「俺は魔法使いなんだけど!」
「魔法を唱える隙があるならどうぞ」
バルドルは百戦錬磨の勇者の剣技や戦法、そして自身が一番力を発揮できる斬り方をよく分かっていた。
本人ならぬ本剣は300年(バルドルは100年程だと思っていたようだ)の間、勇者と戦った1つ1つのシーンを振り返っていた。
自分ならどうしたか、何が効率の良い攻撃か。ありとあらゆる想定が出来ている。
300年の放置からようやく解き放たれ、剣の才能が無い訳ではないシークに指示を出す。シークがギリギリ合格と言える剣裁きを見せるおかげでバルドルの機嫌はとても良い。
弱って腕を乱暴に振り回すだけになったオーガの足を、シークは姿勢を低くし、剣を地面と水平に構えながら突進して狙う。
「ちゃんと途中で止めずに振り切る事! 途中で止まって抜けなくなるよ」
「分かった!」
シークはオーガの足に当たった後も目一杯振り切って一度距離を取った。オーガの左足は地に転がり、オーガはその場に倒れ込む。シークはフッと息を吐き、勝利を確信した。
「君は油断をする程強いのかい? 次は右腕を落とすんだ。宙返りは出来るかい?」
「えっ……出来ないけど」
「出来ないのか! 困ったな。それなら奴の背中に駆け上がって、上から振り下ろすのがいいね」
「だから魔法使い志望なんだってば……! ファイア……ボール!」
「はい、唱えたら向かう」
「なんだか……ただの操り人形なんだけど、俺」
「剣に操られるなんて、人は300年の間に退化しちゃったのかい」
バルドルの飄々とした言葉遣いに緊張感を削がれながら、シークはファイアボールを放つ。次にオーガの背後に回り込み、そしてやや足りないジャンプ力をもって左腕を切り落とした。
オーガが何十と痺れ矢を受けているからこそ動きが鈍り、未熟なシークでも斬り落とせたのだが、その動きはなかなかのものだ。余計な癖を持たず、バルドルの言う通りによく扱えている。
「グァァァァ!」
最早地面に転がってジタバタするだけになったオーガ。その頭部をシークがバルドルを勢いよく振り下ろして切り離し、オーガの動きは止まる。
「終わった……」と呟くと、シークはその場に座り込んだ。
一方、遠くから声を掛けることも出来ずに見守っていた村人たちは、シークの許に駆け寄ってきてシークの無事を確かめて喜んだ……のではなく、シークの頭をおもいっきり拳骨で殴った。
「何って無茶な事をしているんだ! 死にてえのか!」
「何でオーガが生きていると分かったら皆を呼ばない! お前イグニスタの所の坊主だろう、親父が泣くぞ!」
「え、あ、いや……もうそんな余裕が無くて」
村の大人たちは皆揃ってシークを叱る。心配しているからこそだとは分かっていても、倒したのはシークだというのにこの扱いは納得がいかない。
かといって言い返すことも出来ずに黙っていると、今度はシークが手元に剣を持っている事に気付かれ、更にきつく詰め寄られる。
「この剣はどうした! こんな剣、どこで手に入れたんだ!」
「警官に知られたら大変なことになるぞ……」
「シーク! お前バスターでもないのにこんな高そうな武器を……!」
「あ~もうだから言ったのに! 絶対最低でも叱られるんだから! 恨むぞバルドル」
大人たちに叱られながら、シークはバルドルを睨む。バルドルは一言も発することなく、剣としてあるべき姿に徹していた。
* * * * * * * * *
家に帰ったシークは父親から更に怒られ、落ち込んだ様子で自分の部屋に戻った。父親からも拳骨をくらい、シークの頭は2か所ジンジンと痛む。
「はぁ、だから俺が持っている訳にいかないって話、よく分かっただろ?」
「そうだね、今明確に分かった。僕は拾われる相手を間違えたようだ」
「出逢った時にも忠告したはずだけど」
「ただの言い訳だと思ったんだよ。まさか人間にそんな面倒な決まりがあるとは思わなくてね」
「昔は無かったの?」
「無かったよ。なにせディーゴが初めて僕を見つけたのだって19歳の頃だからね」
「19歳でこんな剣を……やっぱりすごい人だったんだ」
17歳のシークと然程年齢が変わらない。シークは勇者ディーゴがそんな歳で既に聖剣を操っていたのだと知って驚嘆する。
ただ、時代は変わった。昔の英雄が名を馳せたとしても、それはバスターが好き勝手に活動できた頃の話。規制が増えた現代に生きるシークが真似できるものでもない。
……シークが魔法使い志望である事を抜きにしても。
「明日からどうしようか。今日君を使った事は黙っていて貰えるし、ファイアボールは『農作業中に発見した害虫を焼くのに使用』で済まされるけど」
「どうしようかって、つまり何かを尋ねても?」
「警察に届ける途中ならまだしも、普通は所持だけで厳罰だ。君をこの家から出してあげるには早くて数年かかる」
「やれやれ。まあ数年くらい今更どうってこともないけれどね。しかしながら困った問題が1つある」
「何?」
バルドルは全く困った素振りも見せずに(見せることが出来ずに)少し間を空けてシークへと告げる。
「僕は、君を持ち主に決めてしまったんだ、シーク」
「え? どういう事?」
「この先、優秀なバスターに出逢う事は出来ると思う。君が1人も探してくれないとは思っていない。けれど、君ほど悪意が無ければ欲もない、でも情はあるというバスターには出会ったことが無い」
「ん~と、つまりそれは、どういうこと?」
「君の今の心には僕を売り払おうとか、そういう気持ちが全然ない。合ってる?」
「いや、そりゃあまあ、合ってるけれど」
「そして、どうせ手放すはずの僕を洗おうと、水か、それとも寒いかもしれないからお湯の方がいいか、考えてくれている」
「……合ってる」
バルドルは占いのように、シークの思っていることを当てていく。
シークは、バルドルの「持ち主に決めてしまった」という言葉がどうにもひっかかっていた。バルドルの推理にどのような意味があるのかが分からず、ただ合っているかいないかだけを答えていく。
「そして今、どうしたら僕を一緒に旅に連れて行けるのかを考えている。合っているよね」
「……合ってる」
「見ず知らずの聖剣に、そんなに欲もなく親切に接してくれるなんて、僕はこう見えて結構感動しているんだ」
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