encounter-04(004)
「そういえば兄ちゃん、僕が部屋にご飯って言いに行った時、誰と喋ってたの」
「えっ!? いや、誰とも喋ってないけど」
「ご飯を食べるかどうか聞いてなかった? ネコでも見つけたの? おかあさんに見つかったら怒られるよ」
「ね……ネコが窓の外にいたから、ちょっと話しかけただけ、何でもないよ」
バルドルとの会話を聞かれていたようだ。シークは弟の追及にも曖昧に答え、畑へと目の細かい網をかけはじめた。
もしも自分がいない時に家族の誰かに話しかけたら、独り言を言っていたら……そう思うと気が気ではない。悪い事に慣れていないシークはとても困ったように度々家の方を振り返っていた。
* * * * * * * * *
シーク達は1時間程かけて4つある畑に網を全てかけ終えた。最後に端を石や杭で固定していると、カンカンカンと村の鐘が鳴らされる音が響き始める。
村の中央に1つ、東西南北に各1つずつ見張り台があって、火事やモンスターの襲来などの非常事態には鐘が鳴らされる。今この瞬間に鳴っているという事は、何かの非常事態という事だ。
「モンスターだ! モンスターが東に出た!」
「子供たちは家の中に入れ! 宿屋か酒場にバスターが来ていたら応援を頼んでくれ! 大人は武器を持って集まるんだ!」
「チッキー、帰ろう」
モンスターが出たと聞き、シークは急いで帰るようにチッキーを促す。
モンスターの襲来は時々ある事だ。家畜や果物、もっと凶暴なものは人を襲う為にやって来る。ただ、もう何十年、何百年とあって慣れた事だからか、大人たちは急ぎながらも冷静だ。
ここで言う大人とは15歳以上の事で、シークはこの村でいう大人に含まれる。シークは弟を守るよう並走して家に駆け込んだ。
「お母さん、モンスターが来てるから戸締りを! 俺は部屋の窓閉めたら行ってくる」
「危なくなったら逃げるのよ!」
「分かってる!」
シークは駆け足で自分の部屋へと戻り、木製の扉を開けっぱなしにして粗末な革の鎧を箪笥から取り出した。バルドルは事態を知ってか知らずか話しかけてくる。
「シーク、何かあったのかい? それに鐘の音が聞こえてきたけれど」
「あっ……えっと、モンスターが現れたんだよ。村の東の門の近くらしいんだ」
「それって僕たちが夕方通った門のことかい」
「そう。この家からそう遠くないし、最悪畑を踏み荒らされるかも」
「いつの時代もモンスター対策は難しいね」
「300年前もこんな感じだったのかな」
「そうだね、ディーゴがどこかの村に泊まった時、こんな事があったよ」
シークは革鎧を着終えると、膝まである革のブーツを履く。そして部屋の壁に立てかけてある長柄の槍を手に取って、バルドルに「行ってくる」と声を掛けた。
「シーク、ちょっと待っておくれ」
「なに、急いでるんだけど」
「その槍、もうすぐ折れてしまうよ。柄の部分にヒビが入っている。それで戦うのはまずい」
「え? そんな事分かるの? 武器同士だから分かるのかな、でもうちにはこれしかないよ」
バルドルは、やれやれと思っているのを悟ってはくれないだろうと、わざとらしくため息をつく。
「ハァ、幾ら君が剣に興味が無いと言ってもだよ。槍を扱うのなら剣だって選択肢に入れてくれてもいいじゃないか」
「あ、そうか君がいたね。でも生憎……」
「使えない槍と使える剣、どっちを選ぶんだい? シーク」
バルドルの言葉に、シークは一瞬ためらう。槍が折れてしまえば何の役にも立たないばかりか、下手をすれば自分が危ない。
かといってバルドルを持っていくのは、武器を隠していましたと主張するに等しい。非常事態だから大目に見て貰えるとしても、後で叱られる覚悟がいる。
「こんな時ですら必要とされないなんて、嫌だなあ」
バルドルの淡々としつつも残念そうな声に、シークはため息をつき、バルドルを手に取った。そして紐を肩から斜めにかけて背負う。今回も根負けしたのはシークだった。
「俺がモンスターと対峙する事なんて今まで滅多に無かったから、戦闘は期待しないでね」
「あ~久しぶりの戦闘だ!」
「聞いてるのかよ」
部屋の扉を開けると、心配そうな母親と弟の姿があった。2人は手に槍を持っていない事を不思議そうな目で見ている。その2人にチラリと背中の剣を見せると、驚いた顔で何故そんなものを持っているのかと問いかけてきた。
「帰りがけに拾ったんだ! 槍が折れそうだからとりあえず代わりに持っていく!」
家族のきょとんとした目に、それ以上の説明はせずシークは家を出る。
西の山の端に日が隠れて暗くなった村の通りを、大人たちがそれぞれ持ち場の門へと向かっている。シークは東の門を目指して駆けていった。
* * * * * * * * *
「バスターは居ない! 今日は俺達だけで退治しなければならん! 門の前を固め、絶対に突破させるな!」
「「おぉー!」」
シークが急いで駆け付けると、東の門の前では大勢が既にモンスターを確認し、まさに向かって行こうとしていた。武器を構える大人達の顔は険しく、緊張が伺える。
それはバスターという頼もしい味方がいないというだけではない。今回の襲撃が、よくいるイノシシ型のモンスター「ボア」ではなく、「オーガ」だからだ。
村の者達は数えるほどしか退治の経験が無い。
暗闇では分かり難いが、確かにオーガが腕を振り回しながら近づいてくるのが見える。
シークは思わずバルドルを握る手に力が入ってしまう。傍に寄って来た同年代の村の少年も動揺しているのか、シークの肩を突いてくる。
「シーク! ちょっと、あれどうすんだよ」
「わ、わかんないよ!」
「お、俺達が退治なんて出来るのかよあれ……」
ベテランのバスターなら苦戦をする相手ではないが、ここにいるのはせいぜい力自慢レベルだ。付近の大人も少年も戸惑っている。
オーガは豚とも鬼とも形容しがたい頭部に、赤黒い体で2足歩行をする人型のモンスターだ。動物タイプよりもやや知恵が働き、力も強く厄介なモンスターである。
遠くでオーガの叫び声と、大人たちが慌てふためく声がする。目を凝らすと人の背丈の倍はあるオーガの遠影が暴れ狂い、腕を振り回しながら村人たちを殴り飛ばしている。
ボアであれば大人たちが木製の盾を構えてみんなで突進に耐え、その隙に槍や剣を突き立てて退治をするが、知能があり攻撃パターンが決まっていないオーガ相手ではそうはいかない。
「まずい、今回は死人が出るぞ」
付近で門を守る大人が呟く。その言葉を聞いてシークは唾を飲み込んだ。槍がオーガの背中に刺さっているようだが、攻撃が上手くいっているようには見えない。このままでは前衛の大人は全滅すらあり得る。
シークは魔法を放つ為、早く指示をしてくれと願っていた。
「弓! 弓矢を早く! 撃て!」
「戦っている奴らに当たってしまう! 少し待ってくれ、接近する!」
弓矢を構える5人がオーガへと近づいていき、至近距離で矢を放つ。その矢には予め痺れ薬が塗ってあり、動きを封じることが出来る。
至近距離から撃たれた矢はオーガの体に突き刺さり、オーガはその痛みで一層の憤怒を見た。力任せに周囲の者たちを殴り飛ばし始める。
「まずい! 薬が効くまでにみんな殺されてしまう! ま、魔法いける奴はいるか!」
「俺がいく!」
シークは待ってましたとばかりに飛び出し、オーガへ照準を合わせ、体内の魔力の流れに集中する。
学校の教材用の魔術書を開くと、シークの目の前には大きな火の玉が造り上げられた。その火の玉は一直線にオーガへと襲い掛かる。
「ファイアボール!」
「ウギャァァァ!」
「やった、命中!」
シークが命中させた火の玉を飛ばす魔法「ファイアボール」がオーガの胸の付近へと当たる。オーガはその衝撃と熱による損傷で仰向けに倒れた。
「よかった、多分痺れ薬が効いたところだった」
「イグニスタの所の坊主が倒した! 怪我人を運べ! 公民館だ!」
村人が駆け寄り、オーガの処分よりも先に、倒れている者が次々と運ばれていく。シークはホッとして皆と歩き出す。
「緊張した……こんなの今まで何度も来てないんだけど」
「シーク、うしろだ」
「ん? 喋るとバレるってば、バルドル。ただの独り言に反応されると困る」
「僕を鞘から取り出して、3つ数えたら振り向いて。いいかい、3つだ。僕を正面に構えて、質問は許可しない。3、2……」
「えっえっ!?」
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