encounter-03(003)



 * * * * * * * * *





「ねえ、誰も後ろから来てない?」


「来ていないよ」


 曇り空の下、この会話が道中何度繰り返されたことか。


 シークは高さが3メーテ(1メーテ=1メートル)ほどの白い石垣で覆われた村、アスタ村へ入るための木製の大きな門をくぐった。


 村の家々は都会と違って殆どが木造で、そしてやや高床式の平屋になっている。数分歩いて村の何もない土のメインストリートを右手に曲がり、更に数分歩いて見えてきた平屋がシークの実家だ。


 シークは階段を登り、木製のデッキの上で剣がどうにかして鞄に入らないかと試してみる。が、もちろん入るはずもなく、おそるおそる家の中へと入った。


 魔法に関しては優秀だが、自信家でも冒険心が旺盛な訳でもない。彼はいたって普通の少年。してはいけない事をしていて、堂々と振る舞える程の度胸は無い。


「おかえりなさい」


「た、ただいま!」


 家に入ると土間の台所には母親がいた。いつものように茶色の髪をポニーテールにし、灰色のエプロン。木製の床が綺麗に掃除されたリビングには、茶色い癖毛の髪にくりくりと丸い目をした弟がいる。


 シークはとても不自然な姿勢で剣を隠しながら自分の部屋へと戻った。


「はあ、どうしよう。ねえ、君はこの後どうしたいんだ」


「そうだねえ、僕としては出来ればすぐにでも旅に出たいところだね。もう置いてあるだけって日々は懲り懲りだよ」


「そんな事言われても、俺は無理だからな。とりあえずは明日俺が帰ってくるまで静かにしていてくれよ」


「はいはい。ところで君は本当に僕の事がどうでもいいみたいだね」


「え?」


 剣はガッカリしたようにシークへと愚痴をこぼす。シークは何故そう言われるのかが分からずに、眉間にしわを寄せた。


 何故置いてあったのか、いつからあったのか、そして、これからどうしたいのかも確認した。それ以上何を聞けばいいのだろうかと考えている。


 そんなシークを見て、剣は再度、今度はしっかりと「ハァ~」とガッカリを表してから理由を語った。


「僕は君の名前を聞いた。君は答えてくれた。その後、僕に名前を聞いてくれてもいいと思うのだけれど」


「あ、そうだね、名前……何て名前なんだい?」


「もう、まったく。ちょっと興味を持ってさあ、社交辞令ってものがあるじゃないか」


「ごめん、剣に名前があるなんて思ってなくて」


「シーク、君は剣についての認識が歪んでいるんじゃないかな。僕の名前はバルドル。有難がって聖剣バルドルって呼んでくれてもいいよ」


「聖剣バルドル……そうか、勇者ディーゴの剣は聖剣って呼ばれていたんだった」


「聖剣だけだと名字ですらないからね。剣だと君たちが農家って言うのと一緒だ。バルドルと特別に呼び捨てしてくれてもいいけれど、どうだい」


「分かったよ、バルドル」


 ようやく名前を明かすことが出来てしたり顔……といっても顔はどこなのか分からないが、バルドルは少し大人しくなる。


 武器は武器でしかなく、買い変えたら元の剣は捨てるか質屋にでも入れる。そう考えていたシークは、こんなに喋る剣を次に手にする人はさぞかし困る事だろうと苦笑いをした。


 田舎の夜は早く、この付近では19時を過ぎればもう外を出歩く者は少ない。村には酒場もあるが、そんなににぎわう程の客もいない。数百人が生活するだけの村ではどこの家庭もそろってご飯時だ。


「兄ちゃん、ご飯だってさ~」


「分かった、すぐ行く」


 シークはご飯が出来た事を告げる弟に促されて立ち上がる。扉の隙間からは、かすかにシチューの匂いがする。その時、シークはふと気になってバルドルに尋ねた。


「バルドル、君は何かを食べるのか?」


「愚問だよ、シーク。あえて僕に必要なものとすれば、必要とされる事、かな」


「うっ……、なんでそう棘のある言い方しかできないのかな」


「面と向かって剣なんて必要ないって宣言されちゃあ、こっちもやるせないよ」


「だからごめんって。行ってくる」


「ごゆっくりー」


 家に置いていても食事が必要ないのは朗報だ。ペットと違い、隠しておきさえすれば面倒は見なくてもいい。ただ、話をしているうちに少し情が湧いてもいるのは事実。あのまま放置もしておけない。


 何かしてあげた方がいいのではと考えたシークは、夕食を取りながらも後で綺麗に洗ってあげようか、拭いたら綺麗になるのかと色々と項目を挙げていた。


「シーク、ご飯中に考え事はよしなさい」


「あ、ごめん」


「兄ちゃん、明日卒業式が終わったらどうすんの? 本当に旅に出ちゃうの?」


「すぐに行く気はないけど、町のバスター管理所に行かなきゃ仕事を貰えないからね。この村にいてもバスターにはなれない。名声を上げるには旅をして経験も積まないと」


「なんか、兄ちゃんいなくなったら僕つまんないな。仲間も集めてないんだし、旅には出られないでしょ」


「シーク、そんなに急いで旅に出ることはないんじゃない?」


 シークを慕ってくれる5つ下の弟は、シチューが冷めてしまうのではと心配になる程、とても寂しそうに俯いている。


 いつから旅に出ると明確に決めているわけではないが、同級生には既にパーティーと呼ばれるグループを作る約束をしている者もいる。


 シークはまだ誰ともパーティーを組む約束をしていない。その時点で皆よりも出遅れていると言っても過言ではない。そんなシークだからこそ、バスターとして仕事を始めるのは早い方がいいのは間違いない。


 いくらシークが優秀な魔法使いであっても、周りは殆どが年上。シークはどうにもよく知らない人たちと組むということに抵抗があった。


 バスターの話だと、若年パーティーの中で最年少の者が1人だけいると、その子が色々と気を使う場面も多いらしい。


「出遅れたくないし、時々は帰ってくるよ。毎日帰ってこないだけ。最初は毎日帰ってくるかも」


「そうして。お父さんも少し手伝って欲しいみたいだし」


「えー! 畑は僕のって言ったじゃん!」


「畑はお前が継ぐので決まりだよ、チッキー。そういえばお父さんは?」


「集会。村の端の小麦畑で害虫が見つかったんだって」


「そっか、明日から駆除だろうな。卒業式くらい来てほしかったけど」


 シークは「行けたら行く」と言ってくれた父親の言葉に期待をしていたが、どうやら明日は1人で行かなければならないようだ。


 小さな農家は、害虫で畑が駄目になれば1年の収入が無くなってしまう。卒業式よりもずっと畑が大事なのはシークも理解していた。


 シークの実家では小麦を育てているが、質は高くとも平均的な広さの畑しかない。


 村という低収入で質素な生活が当たり前の世界において、平均的な家庭は蓄えで生きていける程の余裕もない。


 父親や畑の心配をしながらの食事もおおよそ済んだ頃、玄関の扉が開いた。木製の扉がギイィとなり、床の軋みと靴音に続いて父親が入ってくる。


 短い黒髪に面長な顔の父親は、農作業で荒れた大きな手を洗ってテーブルにつく。集会は終わったようだが、その顔には疲れが窺えた。


「おかえり!」


「おかえりなさい、あなた。集会はどうでした?」


「ああ、あまり良くないな、見つかった害虫は1匹や2匹では無いらしい。夜風に乗ってここまで飛んでくるのも時間の問題だ。俺は今から畑に網をかけに行く」


「僕も行く!」


「俺も行くよ、ごちそうさま」


 害虫の侵入を防ぐための網を張る為に、シークと弟のチッキーは急いで食器を片づけて父親の後に続く。裏の庭にある納屋で網を手に取ると、シーク達は畑へ網が絡まないよう慎重に運んだ。


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