【2】TRAVELER~お喋りな剣と旅立つ魔法使い~

TRAVELER-01(007)

【2】TRAVELER~お喋りな剣と旅立つ魔法使い~





 翌朝、シークは「まだ剣を使っているのか!」と村の大人に怒られ追っかけられながら村を旅立った。


 歩く事2時間。学校の前まで来ると、シークは卒業式の間だけと言って、門の脇の植え込みにバルドルを隠した。


「本当に迎えに来てくれるんだろうね、シーク」


「ああ、本当に迎えに来るよ。君こそ、本当に持っていかれたりはしないんだよな、バルドル。もし持っていかれても……探さないからな」


「無慈悲深さ溢れるお言葉をどうもね」


「いつか、そのバルドルの仕組みをゆっくり聞いてみたいよ。行ってくる」


「興味を持ってくれて嬉しいよ、行ってらっしゃい」


 シークは少し心配そうな顔をしながら、バルドルを置いて会場へと向かう。


 今更ながら人の言葉を話す剣というものに興味が湧きだしたシークは、昨日の仕方なく持ち帰った気持ちはどこへやら。卒業式の間に持ち去られたりしないだろうかと気が気ではなかった。


「よう! シーク」


「余裕で間に合った。計画通り、後ろの席でいいよね」


「ああ、出口に近くてすぐに出れる席がいい。それより、武器屋マークまでの最短経路を歩いて確かめた。大丈夫と思う」


「有難う、ゼスタ。武器屋マークって、防具あったよね」


「この時期は初心者が買うのを見込んで、結構いいのを置いてるって話だぜ」


 シークは同じ年の友人であるゼスタと講堂前で合流した。席につくと地図で経路を説明し始める。一緒に装備屋までダッシュするのだ。


 シークよりも数センチメーテ(1センチメーテ=1センチメートル)高い背に、細身でも鍛えられていそうな体格。短い白金の髪は若者らしく立てられ、くっきりとした目と涼しげな面長の顔は整っている。派手ではないが、真面目で爽やかな印象だ。


 武器屋マークという店は、各学校からやや遠い場所にある武器防具店だ。卒業生はとにかく急げと、近い店から順番に駆け込んでいく傾向がある。


 そこでシークとゼスタは、最初からわざわざ遠くまで必死に走って、少しでもゆっくり選ぶ時間を取ろうという作戦を立てた。近くの店で吟味する暇もなく鷲掴みにしてレジに向かうより、よほどいい。


 だが、もし一番遠い武器屋マークで欲しいものが見つからなかった場合は最悪だ。他の店に引き返そうとしても、既にイナゴの大群が過ぎ去ったあとの状態。


 卒業式が始まり、講堂で長い長い校長の話を聞きながら、殆どの生徒はなりたい職業に必要な武器防具、道具、もしくは就職先探しの事で頭がいっぱいだ。


 卒業生から湧き起こる盛大な拍手とは裏腹に、その有難い校長の話を覚えている者はいない。


「ゼスタは剣? 双剣?」


「双剣。やっぱり両手に剣を持って斬り込んでいくって、ロマンだよなあ」


「まあ、言いたい事は分かる、王道じゃないけど防御も攻撃も出来て1人で戦えるって聞くし」


「シークはどうすんの、魔術書はもっと手前の店だけど、戻ってまだ売り切れてないとは言えないぞ」


「んーと、それに関してはもう決まってるんだ」


「へえ、まさか杖とか言わねえよな、あれって熟練者になるまで結構邪魔で使えないぞ。ダガーじゃ心許ないし」


「後ですぐ分かるよ」


 魔法使いの主流は魔術書と合わせてロッド、強いて言えば護身用の短剣が少々。ロングソード派の魔法使いなど聞いたことが無い。ダガー(短剣の中で一番安価なもの、家庭用をナイフと呼ぶ)ではないかというゼスタの予想も当然だ。


 校長の話はいつの間にか終わっていて、卒業証書の授与が始まっていた。しばらくしてシークの名前が呼ばれ、その少し後にゼスタの名前が呼ばれた。


 シークの卒業証書には、魔法科で上位5%にしか与えられない優等生の証「金箔の印」が押されていた。後から戻ってきたゼスタはやや肩を落としているものの、上位10%に与えられる「銀箔の印」だった。どちらも存分に胸を張れる。


「シークは金箔の印か、いいなあ」


「これから何を成すか、だよ。何か優遇されるわけでもないし、装備が買えなかったら意味がない。魔術書買うお金もないし」


「まあ、そうだけど」


 卒業式はつつがなく終わり、「皆に栄光あれ!」と司会の教頭が締めの言葉を送る。


 皆は威勢よく講堂を出て、見送りの先生や家族に手を振りながら笑顔で全力疾走し、目当ての店へ急ぐ。名残惜しむ暇はない。


「シーク、ダッシュ!」


「週3回、村まで走って帰ってた成果を見せる! ……っと、ちょっと待って、ここに置いてるものが」


「はぁ!? 1秒でも惜しいのに何やってんだよ!」


「ごめん……よかった、あった!」


 シークは門を出てすぐ左、武器屋マークへ行く方向の植え込みに置いていたバルドルを拾い上げる。そしてお待たせと声を掛けた。


「え、え? お前それ……剣!?」


「話は後! 武器屋まで走らないと途中で捕まったら俺の人生が終わる!」


「と、とりあえず急ぐぞ!」


 武器屋マークまでは2キロメーテ(約2㎞)あり、全速力では流石にバテる。それでもこの日の為に走り込みを続けてきた2人は、誰よりも先にたどり着くことが出来た。


 警官に見つかる事もなく、とりあえずはセーフと言えよう。


「ハァ、ハァ……武器、と、防具、見せて下さい……!」


「俺は、防具、魔法使い用の、ハァ、ハァ、ローブじゃ、ないやつ……」


 年配の男性店主がカウンターからゆっくりと出てきて、息を切らして滑り込んできた2人を見て大きな声で笑う。


「はっはっは! 今年も威勢のいいのが来よった。毎年何人か、最初にこの遠い店目がけて来る卒業生がおるが、今年は特に早い。さあ、他の学生もじきに来る、物理攻撃職はそっち、魔法職はこっちだ」


 額の汗を拭いながら、シークとゼスタはとにかく一番格好良くて、性能もそれなりで、手の届く金額のものを選びだす。そのうち店主の奥さんも出てきて、店主はゼスタを、奥さんはシークを案内し始めた。


「初心者の魔法職なら、ローブ以外だとこの軽鎧のうち幾つかだね。切創用に鎖帷子は必須になる。革鎧は魔力が溜まらないから駄目」


「ん~、手持ちが8万ゴールドなんで、足りるやつがいいです」


 そう言いつつシークは少し見渡して、視線の先にあった装備に釘付けになる。黒く艶消しがなされた鎖帷子と胸当て、その脇にセットで置いてある小手と足具。買える等級の中では一番お洒落に見えた。


 しかし、よく見ると値段は一式で10万ゴールド。シークは小さく「うっ……」と漏らして隣にある防具を見ることにした。


「8万……か。ちょっとあんた! こっちの卒業生最初のお客さんが、これがいいってよ。どうだい」


 奥さんがやや大きな声で店主を呼ぶ。振り返った店主は目を細めてから、なるほどと言ってニヤリと笑った。


「ほう、目利きがいいじゃないか。それはあと色違いの白と、銀がある。初心者用はこの時期にほんの少し作るだけだ、今買わなければもう同じデザインは手に入らないと思ってくれ。全部で……10万ゴールドだな」


「あ、いや……すっごく欲しいですけど、手が届かないです。他に似たようなものは……」


 シークが店主に声を掛ける間に、ゼスタはもう欲しいものが決まっているようだった。


 手に持っていたのはシークが見ているものとよく似た軽鎧だが、肩当てや二の腕の部分にもプレートがあり、より接近戦で安全な装備に見える。


 予算内なのか、ゼスタは武器も選ぶと言って双剣を探す。それを羨ましそうに見つめていたのが分かったのか、店主は少し考えた後、シークに予算を尋ねた。

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