第224話 鎮魂歌+禁忌(1)
「可憐!」
吹雪の攻撃を読み間違えた光は、可憐の名を叫ぶ。そのまま身体を無意識に彼女に向かって動かしていた。
「死ぬ直前まで
吹雪が可憐に向かって殺意を向ける。その状況を見ていた猛もまた、光と同様に彼女に向かって身体を動かしていた。
「間に合わない……!」
最大限のスピードで可憐の元へ翼を使い滑空する猛。しかし、吹雪の魔力と猛の距離は縮まる事は無かった。
「ぼくの方がまだ近いはず!」
猛よりも可憐と距離の近い光が再度翼を羽ばたかせ、滑空する。僅かに吹雪の攻撃との距離が縮まった時、光の視界が突如真っ暗になった。
「えっ……?」
まるで光だけ、時間が止まったような感覚。それは目の前にいる守りたいと思う少女にそっくりな女性が光に向かって微笑んでいた。可憐よりもやや大人びたその女性は光に向かって儚い笑みを浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「ありがとう」
女性はそう言うと、故障した映像器具から出た映像のように細かくなり、消えた。
「光!」
可憐の声で我に返った光は腕の中に居る想い人の温もりで自身の状況を一瞬で理解する。
「間に合った……」
安堵の息を交えながら光は可憐を強く抱きしめる。契約者である自分には無い温もりに触れると、動いていない心臓に違和感を覚えた。
「どうしたのよ」
場に似合わない雰囲気を出していた光に違和感を覚えた可憐が問いかける。彼女の声に我に返った光は、可憐に儚い笑みを見せた。
「ごめんね、可憐。ちょっとぼーっとしてた」
こんな状況なのに何やっているんだろうね、ぼく。と付け足し光は視線を可憐から吹雪へ移動させる。既に吹雪は次の攻撃の準備をしていたが、猛がそれを制していた。
「二度とその魔力、使えないようにしてやる」
吹雪を睨みつけながら、猛がゴールドの魔力を纏わせた剣を吹雪に振り下ろす。吹雪はそれを十二枚の黒い翼で受け止めていた。
「何度やっても無駄だと言っただろぉ? 俺に魂の解放は効かねぇ!」
翼に魔力を込め、猛の剣に闇と毒を混ぜたような色をした魔力を流し込む。それは、天使である猛の体内に流れ込んだ時、猛は反射的に吹雪から離れた。
「くっそ!」
痛みに舌打ちをしながら猛は体制を整える。その間に光は自分の魔力を自分の目元に灯した。オレンジ色の魔力を介して吹雪を見ると、そこにはサタンの魔力により、腐敗が進んでいた身体が見えた。
「じゃあ、ぼくの目なら、君の弱点を見ることが出来るかもね」
吹雪の腐敗した偽りの身体を見た光が吹雪に向かって挑戦的な笑みを見せる。しかし、吹雪もまた、同じ笑みを光に見せていた。
「俺の唯一の弱点は、器が安モンって所だけだぁ!」
右手を光に向け、そのまま魔力を放つ吹雪。光はそれをオレンジ色の魔力で壁を作り、受け止める。殺意と悪意が混ぜられた吹雪の魔力は、光の魔力で作った壁を簡単に破壊し、光を攻撃した。
「ぐわっ!」
「光!」
光に守られるように傍にいた可憐が魔力を使い光の治療をする。しかし、それを遮るように吹雪が光を再度攻撃した。
「真実を見られた所でなぁ、それを受け入れているヤツには何も痛くねぇ。記憶を失う
殺意と悪意が最大限に込められた吹雪の魔力。それは、可憐が光の回復を中断させるのに充分だった。吹雪の攻撃が可憐に当たらないように光は彼女を優しく突き飛ばす。
「ぼくは……自分の為に好きな人を犠牲にする事は出来ないよ」
光は可憐に向かって儚い笑みを浮かべる。そして、剣を構えると、吹雪の魔力にオレンジ色の魔力を使い、受け止めた。光の魔力と比べ物にならない程の殺意と悪意が混ぜられた吹雪の魔力は、相殺されずに光の魔力を打ち消した。
「それなら契約の相手である
光を確実に殺すように吹雪は再度魔力を放つ。しかし、それは時間差で追いついた猛の攻撃によって相殺された。
「言っただろ。お前の相手は、俺だ」
吹雪の攻撃を受け止め、刃こぼれをした剣を構え、猛は殺意の込められた目で吹雪を睨む。そして、再度ゴールドの魔力を纏わせ、吹雪に向かって振り下ろした。
「じゃじゃ馬姫は引っ込んでろ!」
吹雪は猛の攻撃を簡単に避けると、猛に向かって十二枚の翼の半分を使い、叩く。魔力の込められた吹雪の翼は猛を地面へと叩きつけた。
「ぐはっ!」
叩きつけられた痛みにより、猛は苦痛の表情を浮かべる。そのまま口から血を吐き出すと、意識を保つので精一杯だった。そんな猛を見た吹雪は、視線を猛から光と可憐へと戻す。
「さぁ、
右手を可憐に差し出す吹雪。しかし、その動作に隙は無く、視線には殺意と悪意が込められていた。
「私は
可憐は光に抱きしめられながら、吹雪を睨みつける。そんな可憐に対し、吹雪は乾いた笑みを見せていた。
「それは俺が決める事だぁ。
差し出していた右手に魔力を込める吹雪。闇と毒を混ぜたようなその魔力は、人間の可憐の生きる気力を奪うには充分なものだったが、可憐は光の手を強く握りしめ、意識を保つ。
「悪いけど、ぼくが可憐との契約を拒んだだけだから、君の言い分は正しくないよ」
可憐の状態を察した光が会話に割り込む。そして、一度彼女の手を離し、自分の背に可憐を回し込む。黒い瞳にやや赤みが混ざった状態の光を見た吹雪は、光に向かって見下した笑みを見せる。
「随分とガブリエルに抗ってんなぁ。さっさと追い込んで契約すりゃ、こんな事にはならなかったんだぜぇ? 」
「違う。ぼくは……好きな人に契約者になって欲しくないだけだよ。ぼく、
光はそう言うと、吹雪に向かって魔力を放つ。オレンジ色の魔力は吹雪に当たったが、攻撃に特化している訳では無い光の魔力は吹雪に傷一つ付ける事は出来なかった。
「ほぅ。なら、契約してねぇ器をさっさと奪った方が話が手っ取り早いなぁ!」
吹雪はそう言うと魔力を放つ。しかし、それは目の前にいる光を避けるように放物線を描く。予想外の動きした吹雪の魔力は、光の背にいた可憐に向かって戻ってきた。
「可憐!」
光は想い人の名を叫ぶと、吹雪の魔力が可憐に当たらないよう、咄嗟に彼女を突き飛ばす。吹雪が彼女を受け止めないよう、彼とは離れた所に可憐は優しく飛ばされた。
「光!」
光によって吹雪の攻撃を回避出来た可憐もまた、想い人の名を叫んだ。しかし、その時には既に光の目の前に吹雪の魔力があった。そして、それは光の動いていない心臓部分に直撃した。
「ちっ。これなら手加減しなければよかったぜぇ」
光の心臓に直撃した魔力に舌打ちをする吹雪。しかし、彼の言動は光と可憐には届いていなかった。
「光!」
自分のせいで攻撃を受けた想い人。そんな彼の名を再度叫んだ可憐は、涙を流しながら光に手を伸ばした。
今まで何度か見ていた可憐の涙。しかし、自分に向かって流される事はなかった涙を初めて見た光は、不意に先程みた幻覚を思い出す。そして、幻覚の女性と目の前で涙する想い人が脳内で重なった時、光は欠けていたパズルのピースが見つかり、埋まったかのような気持ちになった。
光は契約者としての禁忌を犯した事を自覚し、可憐に向かって儚い笑みを浮かべながら倒れた。
(あぁ……。思い出した)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます