第223話 鎮魂歌+最終戦(2)

 可憐と光が声の聞こえる方へ振り向く。そこには、六枚の白い翼を羽ばたかせた契約者が剣を構えて吹雪を睨みつけていた。



「一色君!」


「ミカエル!」



 味方の声に反応し、猛は 視線を吹雪から味方の方へと移動させる。二人の状態から状況を瞬時に察した猛は再度視線を吹雪へと戻した。



「ガブリエル……光はまだ磯崎と契約していないようだな」



 猛はそう言うと、翼を羽ばたかせ、吹雪と距離を詰める。そして、そのまま武器である大剣を大きく振り上げた。



「ここで終わりだ! サタン!」



 ゴールドの魔力を大剣に纏わせ、猛は吹雪に向かって振り下ろす。その間、吹雪は余裕の笑みを浮かべるだけだった。



「相変わらず、雑な攻撃だぜぇ」



 吹雪はそう言うと、十二枚の黒い翼を使い、猛の攻撃を防ぐ。大剣が翼にぶつかったが、吹雪の黒い翼は猛の大剣が当たっただけではビクともしなかった。



「魔力の無駄遣いはよせよな、じゃじゃ馬姫よぉ!」



 吹雪はそう言うと、自身の翼を大きく羽ばたかせる。翼にぶつけていた大剣は、その勢いで猛ごと弾き飛ばされた。




「うわっ!」


「ミカエル!」




 吹き飛んだ猛を見た光が慌てて立ち上がり、翼を羽ばたかせ、猛を受け止める。それにより、猛が壁に強打するような事は起こらなかった。



「礼を言う、ガブリエル」



 受け止めてくれた光に小さく微笑む猛。光はそんな猛を見ると、同じように小さく笑った。



「これくらい、ぼくだって出来るよ」



 二人の両足が地面に着くと、光は視線を可憐に向ける。現状を確認した可憐は光と猛の所へ駆け寄った。




「一色君! 怪我は?」


「大丈夫だ。ガブリエル……光が助けてくれたからな」




 可憐にもまた、猛は微笑む。彼の笑みを見た可憐は安堵の息をついた。




「良かった……」


「磯崎……契約をするしないはお前の自由だ。だが、ルシフェル……サタンとはするな。俺が言えるのはここまでだが、守って欲しい」




 猛はそう言うと、再度翼を羽ばたかせると、大剣を振り上げ、吹雪の所へと向かった。残された光が先程の二人の会話について、口を挟む。



「可憐、ぼくが前に契約者になる事はどういうことなのか言ったの、覚えてる?」



 不意に言われた光の言葉。それを聞いた可憐は、天界で初めて見た猛による魂の解放を思い出した。目の前で行われたそれは、リアリストである可憐の脳裏に未だに消えていない。



「……ええ。『契約者になるという事は、二度死ぬことなんだよ』一字一句忘れていないわ」



 自分の言葉を引用された光。それを聞いた時、今の状況とは合っていない儚い笑みを浮かべていた。



「覚えていてくれていたんだね。嬉しいよ。ぼくは可憐に二回も死んで欲しくない。だから、ぼく……光明光としては契約して欲しくないんだ」



 光は誰のものか分からない血と泥で汚れた手で同じように汚れている可憐の手をそっと握る。死体独特の冷たさを持ったその手は、相変わらず生きている者である可憐に違和感を覚えさせる。



「だから、可憐が契約すると言う前に、ぼくは……サタンを倒す」



 光はそう言うと、可憐の手をそっと離す。そして、彼女を庇うように背を向け、剣先を吹雪に向けた。そして、黒い瞳の状態のまま、無意識に呟いた。




「今度こそ、好きな人を守護まもるんだ」




 無意識に呟いた自分の言葉に光は数回だけまばたきをする。しかし、直ぐに首を数回横に振ると、目の前にいる悪魔に向かって殺意を向けた。



「ミカエル! ぼくも戦うよ」



 そう光は叫ぶと、吹雪に向かって大剣を振る猛を援護するようにオレンジ色の魔力を纏わせた剣を吹雪に向かって振り下ろした。



「……。今度こそ……ね……」



 一人残された可憐は、光の独り言を呟く。違和感のあるその言葉は、人間である彼女にも謎を残していた。



「私に出来る事は……」



 想い人の謎の言葉を無かったことにするように、指先にエメラルドグリーンの魔力を灯す可憐。非科学的なその輝きを見た可憐は、光の言葉を無理やり忘れ、目の前の戦いで傷付いた二人の契約者に向かってエメラルドグリーンの魔力を飛ばす。すると、僅かな傷でも、綺麗に治った。



「磯崎!」



 自分の怪我が治ったことにより視線を吹雪から可憐へと移動させる猛。彼の叫び声に可憐もまた、叫び声で返す。



「ただ見ているだけは嫌よ! 私に出来るのはこれくらいなんだから!」



 可憐の言葉を聞いた猛は彼女に向かって小さく笑うと、直ぐさま視線を吹雪へと戻す。しかし、同じように治療された光は未だに可憐の方を見ていた。




「魔力を無理して使うのだけはダメだよ。人間がここまで使えるようになるなんて、今までに無かったんだからさ」


「よそ見するなよなぁ!」




 光の言葉を打ち消すように吹雪は標的を猛から光へと移動させ、闇と毒を混ぜたような魔力を放つ。それが光に当たらないように猛は大剣を盾のように使い、攻撃を防いだ。




「ごめん、ミカエル……」


「次は……守れる自信が無いからな」




 猛はそう光に言うと、光の返事を聞かずに六枚の白い翼を羽ばたかせ、吹雪の所へと戻る。その状況を見ていた吹雪は、挑戦的な笑みを浮かべながら猛の攻撃を全て十二枚の黒い翼で受け止める。



「あぁ? つまり、この勝負、天使二人お前らを先にるのか、可憐と先に契約をするのかが勝利条件かぁ?」



 猛の攻撃を簡単に受け止めながら光に話しかける吹雪。それを聞いた光もまた、剣を吹雪に向かって振り上げた。



「どっちも、させないよ!」



 光はそう言うと、赤い瞳に吹雪を映す。それを見た吹雪は初代の契約者を思い出し、それと同時に今の光と可憐を見ながら再度笑った。



「手っ取り早く、ガブリエルが契約すりゃ、天使側お前らの勝ちなのになぁ。物好きな野郎だぜぇ」



 吹雪はそう言うと、威嚇のように魔力を放つ。それに当たらないように光と猛は一度吹雪から距離を取る。それを予測していたようのに吹雪は十二枚の黒い翼を羽ばたかせ、その方向を光と猛に向けた。



「まずは……契約相手を消してやんよぉ!」



 吹雪はそう言うと光に向かって魔力の込められた羽根を放つような仕草をする。それを予測した猛が大剣と魔力を使い、光を守るような仕草をする。それを見た吹雪は白い歯が見えるほどの笑みを浮かべた。



「甘ぇなぁ!」



 吹雪はそう言うと、翼の向きを二人から可憐に変え、そのまま魔力の込められた羽根を可憐に向かって放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る