第221話 鎮魂歌+問答
「……ウリエル……?!」
ジンに背を押され、サタンの所へ向かっていた光だったが、魔力の変化に気付き、一度歩みを止める。光の行動に隣を歩いていた可憐もまた歩みを止めた。
「ジンがどうかしたの?」
首を傾げる可憐に光は一度視線を逸らす。血まみれになったネクタイに一度触れると、光は再度、可憐の瞳に視線を移した。
「……。詳しい事は分からないけど、同じ大天使として分かったのは、彼の魂が解放されたって事だよ」
普段の光とは違い、言葉を選ぶようなスピードで話す。それを聞いた可憐は目を見開いた。
「そんな……」
魂の解放。その言葉を光から聞いた時、可憐の脳裏には天界でのエンジェの姿。身体が朽ち果て、魔力が溢れ出し消える。それを猛が解放していた。
「猛君だと思うよ。魂の解放は彼しか出来ないはずなんだ……。猛君の戦いも落ち着いたのかな?」
可憐の表情から、思考を察する光。それを聞いた可憐は、猛のゴールドの魔力を思い出す。エンジェを美しく解放していた彼の慈悲とジンを重ねた。
「そうだといいけど……。光、わかる範囲で良いわ。言いたくないなら言わなくてもいい。弘孝……地獄長モロクの魂も解放されたの?」
先程別れた契約者の名を口にする可憐。それを聞いた光は、ほんの僅かだが表情を歪めた。しかし、それは直ぐに元の表情へと戻った。
「……。前にも言ったよね? 同じ契約者でも、悪魔は違うって。彼らはサタンに魂を売る代わりに願いを叶えてもらっているんだ。契約した時点で、悪魔になるし、人間としての生を終わらせる。混血の弘孝君はちょっと特殊だけど、結末は一緒だよ」
苦笑を交えながら話す光。その表情と言葉使いは可憐が光と出会ったばかりの頃を思い出させる。スカートの裾を一度強く握りしめると、可憐は光に向かってゆっくりと口を開いた。
「そう……。じゃあ、私の知る人で傍にいるのは、光だけね」
一色君は少し例外だけど、と付け足し光に向かって儚い笑みを見せる可憐。それを見た光もまた、可憐に向かって儚い笑みを見せた。
「ぼくがその知る人の中に居るのが嬉しいよ。
自分の言葉を振り返り、自虐的な笑みを浮かべる光。平手打ちを覚悟するように、一瞬だけ手を強く握りしめたが、可憐の右手が振り上げられる事は無かった。
「今は
光に向かって小さく笑う可憐。その笑みは、光と初めて出会った頃には想像出来ないものだった。それを見た光もまた、偽りのない小さな笑みを可憐に見せた。
「その言葉、君と初めて出会った時には想像付かなかったなぁ」
「それを言うなら、私もよ。私も、光がそんな顔するなんて、想像していなかったわ」
光の表情を見ながら可憐はスカートの裾を軽く握りしめる。初めて出会った時と同じ格好の二人。しかし、二人が浮かべている表情はどこか儚く、互いを想い合っているものだった。スカートの裾に触れていた手を可憐は離すと、光の目の前で指先からエメラルドグリーンの魔力を灯す。
「こんな事も、数ヶ月前の私なら想像出来なかったでしょうね。何かカラクリがあるって思い込んで、魔力とか存在しないって思っていたわ」
灯していた魔力を消し、可憐は視線を光の胸元へ移動させる。動いていない彼の心臓。それなのに目の前で動いているのは、死体である事を頭では理解していた。しかし、それをどこかで否定するように可憐は小さな指先で魔力を灯したり消したりしていた。
「えへへ。そこまで受け入れてくれたなら、ぼくは満足だよ。人間の想像を超えた存在。それがこんな身近に存在しちゃうからね。ぼくもこの時代の人間だったら、信じないと思うよ。更に、願いを叶えてあげるとか詐欺のような事を言ってきたら尚更だよ」
数ヶ月前の自分の言動を自虐するような言葉を選びながら話す光。その間も、自虐的な笑みを浮かべていた。それを聞いた可憐は何かを思い出したかのように軽く目を見開いた。
「あっ。そうだ。私、光と契約するのよね……?」
再度光の目の前でエメラルドグリーンの魔力を灯す可憐。彼女の能力には、以前見ていたラファエルの記憶と、目の前で親友が殺された時の吹雪の姿があった。それを聞いた光は一瞬だけ目を見開いたが、ネクタイを軽く締めると、儚い笑みを浮かべる。
「ガブリエルとしては、今すぐにでも契約して欲しいよ。なんなら、契約内容は身体中の擦り傷を治してとかそんなのでもいいくらいにね。……だけど——」
これ以上の言葉を言えないのか、光は一度唇を強く噛み締める。彼からオレンジ色の魔力が無意識に溢れ出る。それを見た可憐は慌てて首を横に振った。
「私は光と契約するつもりは無いわ。ラファエルとしては失格だと思うけど、寿命が五年以内になるのと、そこまでして叶えたい願いが見つからないの。弘孝やジンを見ていると、みんな強い気持ちで願いを叶えたのね」
人間である可憐として言える言葉を並べる。それを聞いた光は再度儚い笑みを見せた。
「ありがとう、可憐。ぼくは、可憐が少しでも長く可憐として生きていて欲しいんだ。ぼく……
手をネクタイから胸元へと移動させる光。生きている人間なら、心臓の鼓動を感じる事が出来るそこからは、何も感じることが出来なかった。そんな光を見た可憐は、彼の動いていない心臓部分から視線を彼の黒い瞳に移動させた。
「……。ねぇ、光。これは私の好奇心に近いんだけど、もし、光の願いを叶える事が出来るなら、あなたは何を選ぶの?」
光の
「契約者のぼくの願い、ねぇ……。笑わないで聞いてくれる?」
「もちろんよ」
光の言葉に即答する可憐。彼の儚い笑みに違和感を覚えた可憐は、再度首を横に傾げた。そんな彼女を見た光は、再度儚い笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「もう一度、契約者になりたい。かな。この身体じゃなくても、どこかで生まれ変わってからでいい。その中でもう一度契約者になる資格が欲しいんだ」
儚い笑みから自虐的な笑みへと表情を変える光。それを見た可憐は一度光から視線を逸らす。
「……そう。てっきり、私はこの戦いを終わらせたいと言うのかと思ったわ」
光の願い事の意味を理解出来ていない可憐は、言葉を選ぶように口を開く。それを聞いた光は見慣れた張り付いた笑みを浮かべた。
「あははっ。それはそうだね。一般論で言うなら、それが正解だよ。だけど——」
光はそこまで言うと右手にオレンジ色の魔力を灯し、表情を再度儚い笑みへと変えた。
「この戦いが終わったら、何をするの? 可憐と契約? それは
左手を自身の胸元へ置き、右手を可憐に差し出す光。想い人から差し出された右手に可憐は小さく笑いながら自身の右手をそっと置いた。
「大天使ガブリエルとして、あなたは失格ね」
「仕方ないよ。これが
現状とは似合わないやり取りをする二人。しかし、その直後、禍々しい魔力が二人の頬に触れた。
「……。すぐそこに南風君……ルシファーがいるのね」
相殺する程でもないが誰が触れてもわかる禍々しい魔力。その持ち主は人間である可憐でも分かった。彼女の質問に光はゆっくりと頷く。
「うん。可憐、こんな時に不謹慎だと思うし、君からの平手打ちは覚悟している。……これが終わったら、さっきのぼくの気持ちへの返事、聞かせてね」
言葉の後半は儚い笑みを浮かべながら可憐に話しかける。それを聞いた可憐は一度光から視線を逸らしたが、直ぐに光の黒い瞳を見た。
「もちろんよ。何を言われても凹まないようにしなさい」
可憐もまた儚い笑みを浮かべながら光へと返事をする。そして視線を吹雪の魔力を感じた方へと移動させた。
「ありがとう。……よし、行こう」
「ええ」
二人の表情から儚い笑みは消え、目の前の悪魔へ向かって歩を進めた。
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