第220話 鎮魂歌+辞別

「……。行っちまったな」



 光の背中を押した手を見つめながらジンが呟く。既に数秒経って光と可憐の姿は見えなくなっていた。



「最後に背中を押す事さえも、僕は許されていない、か……」



 ジンのルビーレッドの魔力が溢れる手を見ながら弘孝もまた、呟く。その後、闇と毒を混ぜた色をした魔力が溢れ出る自身の右手に視線を移動させた。




「ジンも光の後を追うだろ? お前はまだ、残るチャンスがある」


「ばーか。ここまでやって、何が残るだ。どー見ても、リーダーと一緒だろ」




 弘孝の言葉にジンが小さく舌を出しながら答える。そんな彼を見て、弘孝はEランクで過ごしていた時にしていた小さな笑みを浮かべた。



「まぁ、そうだな。このままお互い、朽ち果てるのを見届ける、か……」



 自分の右手を自虐的な笑みを浮かべながら呟く弘孝。そんな弘孝を見たジンは六枚の白い翼を軽く羽ばたかせた。白い羽根が大量に抜け落ち、舞う。それを見た弘孝は視線を元親友へと移す。



「ジン。これは無意味な会話だと思うが、聞かせてくれ。お前は……僕を拾った事を後悔しているか?」



 突然弘孝に質問を投げられたジン。それを聞いた時、彼の目は見開いていた。



「えっ? なんでそーゆー事になるんだよ。オレはリーダー……弘孝に会えてすっげー嬉しかったぞ……」



 言葉の後半、苦笑しながら話すジン。一度口を閉じ、自分の考えをまとめる。そして、再度口をゆっくりと開いた。



「多分、弘孝はオレが契約者コレになったの、自分のせいだって思ってんだろ? オレは自分で選んだっつーの。それに、弘孝を見つけなかったら、オレは家族を持つ事も、誰かにホレる事も無かった……」



 儚い笑みを浮かべるジン。彼の脳裏には弘孝との出会いをきっかけに自分の周りに現れた家族や想い人の姿があった。記憶を取り戻すきっかけとなった金髪の少女を思い出した時、ジンの表情は一変し、軽く目を見開いた。




「あっ。そーだ。オレ、スズから弘孝へ伝えて欲しい言葉を預かってたんだ」



「スズが、僕に……? 」




 突如話題に上がった弘孝と同じ、地獄長の道を選んだ金髪の少女。彼女の名を聞いて、弘孝は首を傾げる。



「あぁ。『好きだよ。ずっと、好きでした』だってさ。モテる男はちげーな」



 スズの言葉を一字一句間違えずに弘孝に伝わるようにゆっくりと話すジン。そのまま彼は表情を儚い笑みへと変える。それを見た弘孝はまばたきを数回した。



「……。僕は、スズに何も返せていないな。ジン、それを聞いて、何も思わなかったのか?」



 言葉の後半、弘孝は小さなため息を混ぜながら話す。それを聞いたジンは首を傾げた。



「あ? 別に? ……まぁ、イマサラだから言うけど、アイツがリーダーにホレてたの知ってたからさ」



 儚い笑みと苦笑が混ざった表情をするジン。それを聞いた弘孝は目を見開いた。




「えっ? スズがジンに相談でもしていたのか?」



「んーや? んなの、アイツのコードー見てたらスグに分かるっつーの。分かってねーのはリーダーだけだぞ」




 互いに溢れ出る魔力。それが混じり合い消える。弘孝はそれを視界の隅に入れながらジンの言葉を聞いていた。そして、自身の右手を見る。



「……。そうか……。僕は、近くにいた仲間の本音さえも気付いていなかったのか……」



 魔力の溢れ出る右手を見ながら呟く弘孝。それを見ていたジンは、親友の失い続けている魔力と想い人が失っていた魔力が同じ色である事を思い出した。



「そーゆー所、一緒だな」



 弘孝に聞こえるか聞こえないかの声量で呟くジン。その後、再度儚い笑みを浮かべたが、自身の身体が朽ち果てる痛みを覚え、苦痛の表情へと変わった。



「ったく……。時間がぇ。リーダー、これ」



 先程の会話から一変、ジンは腰に指したダガーナイフを取り出す。そこにはジンの物では無い、ゴールドの魔力が灯されていた。



「ナイフ……? しかもそれは猛……ミカエルの物じゃないか」



 ジンと同様、魔力が見える弘孝は、親友の魔力では無い輝きを持つナイフに違和感を覚える。ジンはそれを持ったまま、指を一回鳴らした。すると、ナイフを持つ手とは逆の手に手錠が現れる。



「あぁ。オレが死ぬ前に御守りとして渡されてた。そして、コレでスズをカイホーした……。まだ魔力が残ってるならさ——」



 ジンはそこまで言うと、ナイフを手錠の上にそっと置く。すると、ゴールドの魔力はルビーレッドの魔力を持つ手錠の方へ移動した。数秒後、ジンの持つ手錠はゴールドの魔力を持つ物へと変わった。



「こーやって使えば、二人共カイホー出来んじゃね? って思ったんだよな」



 ゴールドの魔力が灯されていた手錠を眺めるジン。弘孝も手錠を見て、先程までの戦闘を振り返る。その時、ジンが手錠を使い、物を切断する所を思い出した。



「……。そういう事か。面白い。付き合おう」



 弘孝はそう言うと自身の首元をジンに見せる。闇と毒が溢れるそこには、僅かにヒビが入っていた。それを見たジンは小さな笑みを浮かべる。



「っしゃ。お互い、まだ形があるうちに……な?」



 既に身体の末端は二人とも魔力と共に散っていた。それを確認した弘孝はゆっくりと頷く。それを確認したジンは、手錠を持っていない方の手で自身の首元にそっと触れた。



「オレの首、親友モロクの首」



 ジンが視線を弘孝の首元へと移動させる。既に手錠は一度姿を消し、再度現れ、二人の首を繋いでいた。手錠独特の金属音が二人の耳を支配する。


 弘孝がその音を聞くと、首に掛けられた手錠に軽く触れる。先程とは若干違う金属音が聞こえた。弘孝はその後、視線をジンの瞳へと移動させ、儚い笑みを浮かべたまま軽く頷く。


 それを見たジンは完全に手錠が掛けられた事を確認すると、視線を弘孝の首元から弘孝の紫色の瞳へと移動させた。彼に聞こえない程度の声量でキレーだなと呟くと、今までで一番の儚い笑みを浮かべた。




「オレに、色んなキボーをくれて、ありがとな、弘孝」


「僕に……生きる道を与えてくれて感謝する、ジン」




 互いに微笑した表情を確認すると、ジンは右手を使い、指を鳴らした。

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