第219話 鎮魂歌+降伏(2)
弘孝にとって、聞きなれた敵の声に全員の視線が集まる。そこには、ボロボロになった六枚の白い翼とルビーレッドの魔力が全身から溢れている契約者の姿があった。
「ウリエル! 魔力が……」
目の前のにいる契約者の姿に光は目を見開きながら叫ぶ。ウリエルと呼ばれた青年は、冷静に自身の手を見つめていた。
「ガブリエル……いや、光。オレは今、アイツ……弘孝と同じジョーキョーって事でいいんだよな?」
視線を光へと移動させるジン。その目は全てを悟ったようなどこか儚い表情をしていた。
「……。うん……。その言い方だと、記憶が戻ったんだね、ジン君」
光の言葉にジンはゆっくりと頷く。必要以上に溢れ出るルビーレッドの魔力を再度確認すると、今度は視線を弘孝へと向けた。
「っつー事だ。リーダー……。この勝負、ヒキワケだな」
ここにいる全員が見慣れた青年らしい笑み。その言動が契約者達に契約違反を伝えるには充分だった。
「……。僕もジンもこの状態だ。この中で一番契約者で居る時間が長いお前なら、何を意味するのか分かるだろ? 光」
弘孝は一度ジンと視線を合わせ、その後視線を光へと移動させる。それにより、全員の視線が光へと移動した。
「……うん。二人とも、契約違反で契約者として終わりを告げるよ」
魔力が必要以上に身体から出ていくのを見ながら光は返事をする。それを聞いた弘孝は儚い笑みを浮かべた。
「一人の悪魔と二人の天使。その中で生き残ったのが一人の天使……。誰が見ても勝敗が決まっている状況だな」
儚い笑みを浮かべたまま、弘孝は視線を光から可憐へと移す。不意に視線が重なった可憐は弘孝の瞳を見た。混血である事を示す鮮やかな紫色の瞳は、生気を失い、僅かに魔力が零れていた。
「弘孝、天使にはなれないの? 二重契約。確かそんな物があったはずよ」
目の前で朽ちていく幼なじみに可憐は記憶にある生存出来そうな手段を口にする。しかし、弘孝は儚い笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら、二重契約が出来るのは一度だけだ。既に混血である僕が先に選んだ天使を裏切り、悪魔二重契約をした。この時点で僕は完全な悪魔であり、天使に戻る事は許されない」
可憐に分かるように言葉を選びながら話す弘孝。その間も表情は儚い笑みを浮かべたままだった。目の前にいる想い人は恋敵の腕の中に居る。その現実と魔力が無駄に溢れる現実を軽く唇を噛み締め、受け止める。
「いくら可憐でもこれだけ契約者を見たら分かるだろ。僕とジンの状況を」
敵意の無い右手を可憐に差し出す弘孝。闇と毒を混ぜたような魔力がそこから溢れ、弘孝の想い人がその手を取ることは無かった。
「そんな……」
悪魔の魔力と天使の魔力が無駄に溢れる二人。それを見た可憐はそれ以上の言葉を口にする事が出来なかった。ただ、自身のスカートの裾を強く握りしめる。
それを見たジンが人間らしいため息をついて、会話に入り込んだ。
「はぁ……。んな事言ってもな、時間がねぇんだよ。オレもリーダーも、あとは消えるだけだからな」
両手から無駄に溢れるルビーレッドの魔力を可憐に見せながら小さく笑うジン。その指先は既に腐敗し、使い物にならない状態だった。
「オレがキオクがねぇ時のジョーキョーさ、アレ、すげーな。ホントに全部忘れるんだからな。こんなずっと一緒にいたリーダーの顔でさえ忘れるってな」
儚い笑みを浮かべながら話すジン。彼の脳裏には金髪の少女。既に居ない彼女の事は話題に出さないよう、隣にいる元親友に視線を向けた。
「忘れたくても忘れる事が出来ない悪魔と、忘れる事が契約条件の天使、か。やはり神は皮肉なものだな」
親友の思考を察知した弘孝は話題を可憐に違和感を覚えさせないように変える。弘孝は自身に残る僅かな魔力を使い、六枚の黒い翼を羽ばたかせた。
「僕もジンも時間が無い。サタンに刃向かった僕と記憶を取り戻したジンは時期に契約違反となり、消えるだろう。その姿は……想い人であるお前には見られたくない」
羽ばたかせる度に大量に抜け落ちる悪魔の羽。それが弘孝の終わりを可憐に伝えるには充分すぎるものだった。
「ま、確かに
腰にある猛から貰ったダガーナイフに触れながら話すジン。彼にのみ、猛の魔力をナイフを通して感じる事が出来ていた。そこから見えたものは猛が弘孝の弟を裁いていた映像だった。
「猛君なら、大丈夫だと思うよ。でも、二人が終わる迄に呼び戻すのは……」
視線を二人から逸らす光。彼の言葉の意味を理解した可憐は、スカートの裾を再度強く握りしめた。
「光、弘孝とジンをどうにか出来ないの? あなた契約者でしょ!」
「ごめんね、可憐。ぼくが出来るのは可憐との契約と、君を
可憐の言葉に光は儚い表情で返事をする。彼の言葉の前半には、別の意味が込められていたが、可憐がそれを察する前に弘孝が口を開いた。
「さ、時間だ。地獄長と大天使が同時に消えるのをサタンが察知してみろ。先手を取られる前にお前らが動く方が勝率が上がる」
先程よりも魔力が溢れる二人。しかし、弘孝の表情には絶望は無く、これから先の運命を受け入れる表情をしていた。
それを聞いた可憐は弘孝の言葉に反抗するように軽く首を横に振った。
「弘孝……。こんな形で別れるなんて……」
「僕はもう、可憐の知る
可憐の言葉を打ち消すような言葉を口にする弘孝。しかし、可憐の表情は変わらずスカートの裾もまた強く握りしめられていた。
それを見たジンがわざとらしいため息をつく。そして、目の前の人間と天使に視線を移動させると弘孝と共に数歩だけ可憐達に近付いた。
「っったく。ジレッテーな。最期くらい、ちょっとリーダーと話をさせてくれよ。オレもリーダーも、まだ話してねぇ事がタクサンあるんだって」
ジンが右腕を使い、弘孝と肩を組むような動作をする。それを察した弘孝もまた、親友の肩を組む。対になる魔力がそこで混ざり合い、相殺させるように消えた。弘孝は視線をジンから光へと移し、背を向けるように視線で指示をする。それを察した光は、可憐の手を取り、契約違反の二人に背を向けた。
それを見た弘孝は一瞬だけ儚い笑みを浮かべる。そして、再度ゆっくりと口を開いた。
「ガブリエル……いや、光。サタンを……倒せ」
弘孝の言葉と同時に、ジンが光の背中を軽く押した。
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