第217話 鎮魂歌+過誤(4)
「弘孝君!」
光が魔力が放たれたのと同時に地獄長の名を叫ぶ。剣を構え、弘孝の意図的では無い攻撃が腕の中にいる想い人に当たらないように力を込める。
「弘孝!」
光に守られながらも辛うじて現状が分かる可憐もまた、幼なじみだった少年の名を叫ぶ。しかし、彼女の声は名前の主に届く事は無かった。
可憐に魔力が向かったその時、光もまた、弘孝のように自分では無い誰かの声が脳内に直接響いた。
「そのまま死なない程度に攻撃を当てて、契約しよう」
光に直接話しかけた声は、光の偽りである記憶の主だった。光の脳裏に、可憐に似ている初代のラファエルの姿が
「そんな事をしてまで、ぼくは好きな人を契約者にしたくないんだ」
その場にいる誰にも聞こえていない光の声だったが、弘孝だけは、光の表情で全てを察していた。光の瞳が赤から黒へと戻る。
「……。勝手にしろ」
光の中にいるもう一人の契約者は舌打ちとため息の混ざったような声色でそう呟くと、光の胸の奥へと消えていった。
「……。ぼくは……契約者でもあるけど、ぼく自身でもあるんだ」
自分自身に聞かせるように光は小さな声で呟くと、自分の腕の中にいる想い人の手を強く握りしめた。生きている人間の温もりが、光の死体である冷たい手を僅かに温める。
「好きな人を
光はそう言うと、可憐の手を離し、彼女を背に回す。そして、弘孝が放った魔力に剣先を向けた。
「可憐は、ぼくが
光はそう叫ぶと、剣に魔力を集中させる。オレンジ色の魔力が剣に纏われ輝きを放っていた。それを見たジンもまた、光と可憐を庇うように剣先を弘孝の攻撃へと向けた。
「させるか! リーダーのヤラカシはオレが——」
言葉の後半、無意識に口にしたリーダーという単語。それと同時にジンの脳内で時々現れる記憶に無い金髪の少女の顔が完全に見えた。赤と青のオッドアイ。そして、それから見える控えめな微笑みは、自分では無く、リーダーと呼んだ悪魔に向けられているものだった。
「……。そーゆー事かよ」
脳内にいるオッドアイの少女の正体と目の前にいる悪魔の少年が自分にとって何者かが分かり、ジンは儚い笑みを小さく浮かべる。ルビーレッドの魔力が彼から僅かに零れでる。
弘孝の魔力から二人を守るようにジンがルビーレッドの魔力が纏われた自身の剣を振る。しかし、それは僅かな抵抗でしかなかった。魔力はジンの剣を派手な音を立てながら二つにした。
「ガブリエル!」
剣が二つに割れたジンは光の天使としての名を叫ぶ。しかし、彼の声よりも先に弘孝の魔力が光を襲っていた。
「くっ……!」
オレンジ色の魔力が輝きを放つ剣先に弘孝の魔力が当たる。弘孝の魔力が光の剣を伝い、光の体内へと侵入する。闇と毒を混ぜたような色をしたそれは、対になる魔力を持つ光を苦しめた。
「光!」
腕の中で守られている可憐が想い人の名を叫ぶ。彼女にも僅かに弘孝の魔力が流れたが、エメラルドグリーンの魔力はそれを相殺した。
「大丈夫。可憐はラファエルの魔力があるから、多少の魔力なら相殺出来るはずだよ。……。言ったはずだよ。ぼくが磯崎可憐を
弘孝の攻撃に耐えながら光は腕の中の想い人に儚い笑みを浮かべる。彼の動いていない心臓を弘孝の魔力が貪っていた。それを悟られないように光は左手で拳を作り、痛みに耐えた。
それを見たジンは、光の身体に何が起こっているのか本能的に察知し、折れた剣を構えながら光の当たっている弘孝の魔力を受け止めた。
「ったく。光がヤラれたら、誰が可憐を守るんだよ。可憐、光のシンゾーの魔力、消してやってくれ」
ルビーレッドの魔力を両手に灯し、弘孝の攻撃を受け止めるジン。その時、可憐に向けた小さな笑みと口調で可憐は目を見開いた。
「ジン……?」
これ以上の質問をすれば、何かが終わる。本能的にそう感じた可憐は目の前にいる契約者の名を呟くので精一杯だった。そして、直ぐに我に返ると、ジンに言われた事を思い出し、右手にエメラルドグリーンの魔力を灯すと、光の冷たい胸元にそっと手を添えた。
「私に出来るのはこれくらいだけど……」
可憐はそう光に言うと、彼の心臓に向かってエメラルドグリーンの魔力を流し込む。闇と毒を混ぜたような色をした魔力とぶつかり合い、光の心臓から消えた。
「ありがとう、可憐。ぼくは……これでまだ……戦えるよ」
光はそう言うと、可憐に向かって儚い笑みを浮かべる。そして、視線を直ぐに自身の右手に向け、弘孝の攻撃に耐えていた。
「ぼくは……契約者の前に、
光はそう叫ぶと、ありったけの魔力を剣に込める。オレンジ色の
「光!」
光の魔力を見たジンが折れた剣にルビーレッドの魔力を纏わせ、光の剣に重ねる。天使としての魔力が悪魔の魔力の量を上回り、徐々に消える。
「ホれた女は……守れる時に守るんだぞ!」
ジンはそう叫ぶとルビーレッドの魔力を最大限に放つ。すると、それは光のオレンジ色の魔力が尽きる前に弘孝の魔力を完全に消し去った。
「なんとか……なった……」
目の前から弘孝の魔力が消えた事を確認した光は安堵の息を吐く。その間も左腕は想い人を守るように強く抱き締めていた。
「光……大丈夫……?」
「うん。ぼくは大丈夫だよ。可憐が心臓を治してくれたからね」
自分の腕の中にいる想い人が心配そうに見つめていたので儚い笑みで返す。彼がその笑みを浮かべる度に、動いていない心臓が苦しめられていた。
「良かった……。まだ私は光に——」
「可憐!」
可憐が光に言葉を全て伝える前に弘孝がそれを名を叫ぶ事により不可能だった。全員の視線が事の発端である弘孝へと向けられる。そして、光が三人を代表するようにゆっくりと口を開いた。
「弘孝君……。これは、君の意思では無いんだね?」
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