第216話 鎮魂歌+過誤(3)
弘孝の意思を無視するように、彼の右手に浮かぶ魔力の塊が禍々しいオーラを放つ。それは、同族である悪魔でさえも当たれば命が危ないレベルであった。
「弘孝君……?」
弘孝の異様な魔力にいの一番に気がついた光が警戒するように可憐の手を握る。しかし、視線は可憐では無く、目の前の恋敵を捉えていた。
「違う……。僕は……可憐を殺したく無い!」
弘孝の言葉に反するように、彼の魔力が肥大化する。それを見た可憐は目を見開いた。
「弘孝? あなた、魔力をコントロール出来ていないの?」
可憐の声が届かないのか、弘孝はバイオリンを手放し、左手で右手を押さえようとする。しかし、それはただ魔力を放つ角度が変わる程度の無意味なものだった。
「器があればいい。殺せ」
再度弘孝に直接話しかける声。それに対し弘孝は首を横に振ることしか出来なかった。
「違う……。僕は、可憐を器として見ていない!」
可憐の言葉に返事をすること無く、弘孝は先程と似たような言葉を口にする。自分に直接話しかける声に、弘孝は魔力を抑えて抵抗するのが精一杯だった。
「弘孝? 弘孝!」
可憐が幼なじみの名前を叫ぶが、本人に届く事は無かった。突然苦しみ出した弘孝に、可憐は右手にエメラルドグリーンの魔力を無意識に灯した。
「無駄だよ。今の弘孝君は悪魔だって事を忘れたのかい?」
可憐の行動を予測した光が彼女の手を掴み、阻止する。光のオレンジ色の魔力が可憐に優しく流れ込んだ。
「離して!」
光の手を振りほどこうとする可憐だったが、男女の力の差でそれは不可能だった。
「弘孝を……助けたいの……」
光の手により、行動が制限された可憐は先程よりもか弱い声で光に話しかける。光は可憐に微笑むと、優しく手を握った。
「どんな状況でも、優しく出来る……。そんな可憐がぼくは好きだよ」
光はそう言うと、可憐を握っていた手を離し、可憐を庇うように背を向ける。そして、目の前で一人で叫ぶ弘孝に向かって剣を構えた。
「弘孝君。これが悪魔になる事を選んだ結果だよ。記憶や意識は人間の時と変わらないと思うけど、根本的な所はルシフェル……サタンに支配されているんだ」
一度深呼吸をし、剣を強く握る光。それが目の前の地獄長と再度戦闘をする意思だと判断した一人の契約者が二人を守るように立っていた。
「なんか分かんねーけど、ゼッコーのチャンスだな」
先程まで弘孝の異変を見ていたジンが光と可憐の会話に割り込む。そんなジンに可憐は小さなため息をついた。
「ジン……」
「オレはなんでか知らねぇけど、ミカエルの魔力がある剣を持ってる。これって、モロクを今スグ倒せるって事じゃねーの?」
ジンの腰にあるダガーナイフ。それは、ジンが生前に猛から預かっていたものだった。その状況を知らない可憐は目の前で苦しむ幼なじみとそれを好機と捉えている彼の親友にスカートの裾を強く握り締めることしか出来なかった。
「そうだね。これは……チャンスだよ」
ジンの言葉に光は僅かに口角を上げる。光らしくない言動に違和感を覚えた可憐はふと、光の目を見た。すると、そこには普段の黒い瞳とは違い、僅かだが赤みがかかった瞳があった。
「だよな。っしゃ、んじゃ、いっちょヤるか」
剣を消し、腰のダガーナイフを手に取るジン。その後、改めて光を見る。現在の記憶にある瞳に近い色した元人間を見ると、人間らしくない小さな笑みを浮かべた。
「あのモロク、そこの人間とワケアリなんだろ? オレが目の前で消せば、少しは契約する気になるんじゃね?」
ジンの言葉を聞いた光は目を見開く。彼の知る青年とは思えない発言に、光の瞳は一瞬だけ、黒に戻った。
「ぼくは……可憐が苦しむような事はしないよ」
そこまで言うと、光の瞳は再度赤色へと変わる。それを見たジンはわざとらしいため息をついた。
「はぁ……。メンドクセー器なんだな。ガブリエル、オマエが動かねぇなら、とりあえず片付けるからな」
ジンはそこまで言うと、持っているダガーナイフの先端を弘孝へと向けた。弘孝は天使二人のやり取りを気にする程の余裕は無く、自分の頭に直接話しかける契約者の声に否定の言葉で反論していた。
そんな弘孝を見たジンは一瞬だけ、慈悲深い笑みを浮かべた。
「待ってろよな、弘孝。今、ラクにしてやる」
無意識に出た言葉。それは、記憶を失ったジンに違和感を覚えさせた。先程の笑みは消え、再度弘孝に殺意を向ける。
「んだよ。早く片付けるか……」
今の記憶には無いが、どことなく懐かしさを感じる目の前の地獄長にジンは舌打ちをすると、右手に持つダガーナイフに力を込める。ナイフにはジンの魔力では無い、ゴールドの魔力が放たれていた。
「僕は……可憐を運命から解放したいだけだ……」
ジンが見えていない弘孝は未だに独り言のように呟く。そして、身体が自分の意志に反するように魔力を可憐に向けた。
「そこまでするなら、今ここで殺してやる」
弘孝にしか聞こえていない声は弘孝の身体を操るように右手にある魔力を更に殺意と悪意を込める。そして、それを可憐に放つ構えをした。
「可憐……殺す」
弘孝の意志とは関係無く、彼の喉から出た声。それは、弘孝と考えと真逆のものだった。それを聞いた光は、可憐を強く抱きしめた。それを見た弘孝は嫉妬心を隠すように唇を強く噛む。そして、精一杯の声を可憐に向けた。
「可憐……逃げろ」
その言葉を境に、弘孝の身体は完全に謎の声の主に操られるように、弘孝の意思を無視して右手の魔力を放った。
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