第214話 鎮魂歌+過誤(1)

 弘孝の攻撃を完全に相殺したジンが剣先を弘孝に向けながら叫ぶ。ルビーレッドの魔力がジンの剣を包み込み、輝きを放っていた。




「器という自覚があるが記憶が無い……。随分と悲惨な運命だな。契約者は」


「オマエだって契約者だろーが! モロク!」




 弘孝の挑発的な言動にジンは睨みつける事によって反抗する。契約者としての名を元親友から言われた弘孝はわざとらしいため息をついた。



「はぁ……。天使としての契約者は記憶を失い、天使としての記憶のみで生きる器だ。しかし、悪魔はどうだ? 僕みたいに契約者になっても記憶が直ぐに消える事は無い。器としてでは無く、一人の人間としての未練も契約者の力を手に入れたなら、叶う事だって可能だ。例えば……」



 弘孝はそこまで言うと一度口を閉じ、バイオリンを構え、演奏を再開した。殺意と悪意の混ざった皇帝円舞曲が契約者と可憐を襲った。



「可憐!」



 弘孝の攻撃が可憐に当たらないように光は剣にオレンジ色の魔力を纏わせ、弘孝の魔力を相殺する。しかし、弘孝はそれを見越していたのか、可憐に向けた攻撃は弱く、光がそれを防いだ瞬間、先程の攻撃よりもはるかに強力な追撃が光を襲った。



「ぐはっ!」



 可憐を守るように光は弘孝の攻撃を受け止める。しかし、弘孝の攻撃を完全に防ぐ事は出来ずに光の腹部に闇と毒を混ぜたような魔力が襲った。



「契約前に居なくなって欲しいと思った人物を自分の力で消したりな。それを契約内容にしなくても、魔力で消す事くらい容易い」



 先程の続きを一度演奏を中断して話す弘孝。その間に光達を守るようにジンがルビーレッドの魔力を弘孝に向かって放った。



「ムズカシーこと言ってんじゃねぇ! 契約者になるって事はな……死んでも守りてぇものがあるって事なんだ!」



 剣先を弘孝に向け、ジンは翼を羽ばたかせた。弘孝に近づくと、その剣を大きく振り下ろす。しかし、それは弘孝の六枚の黒い翼が簡単に受け止めた。




「死んでも守りたいものがある、か。そこまで大切なものとどんなに長くても五年しか一緒に居られない。それでも幸せなのか?」


「オマエだって、ラファエルの器にホレてたんだろ? 守りてぇものじゃないのかよ!」




 翼で一度攻撃を受け止めたあと、弘孝はバイオリンを使ってジンの攻撃を全て受け止める。魔力で作られたバイオリンは剣での攻撃を受けても傷一つ無かった。



「勿論、可憐は僕にとって、かけがえの無い存在だ。だから、契約者という運命から守る為に僕は……悪魔になった。ガブリエルとラファエルという運命から外す為に、僕は地獄長モロクとなり、想い人を守る!」



 言葉の後半は目の前で剣を交える契約者では無く、想い人に向かって投げかける弘孝。それを可憐は聞いていたが、弘孝の言動に違和感と恐怖を覚え、小さく震える。その手を光は自身の冷たい手で優しく包み込んだ。



「ばーか! それは守れてねぇんだよ!」



 弘孝の攻撃が光と可憐に当たらないようにジンが剣を使い、攻撃を弾く。目の前にいる記憶を失った親友に弘孝は殺意を向けながらバイオリンを剣へと変えた。そのままジンに向かって剣を振る。ジンはそれを受け止めていた。剣と剣がぶつかり合う金属音の合間に弘孝は再度口を開く。



「契約者……しかも大天使となったお前には理解出来るはずが無い。可憐、これが器になるという事だ。それでも、悪魔ではなく、天使こいつらについて行くのか?」



 言葉の途中から、ジンでは無く、可憐に問いかける弘孝。表情も、殺意の込められたものでは無く、儚い笑みとなっていた。


 突然、話題の中心となった可憐は一瞬だけ目を見開いた。しかし、目の前で自分の想い人と仲間を消そうとしている元幼なじみに向かってゆっくりと口を開いた。



「私は……正直、未だに契約者という非科学的な存在を全て受け入れている訳では無いわ。だけど、弘孝、あなたが今やっている事が間違っているのは事実よ。家族同然に接してきたみんなを裏切っているのだから」



 可憐の声と同時に止まった弘孝とジンの攻防。しかし、彼女の言葉を全て聞き終えた弘孝は具現化していた剣を再度バイオリンへと変化させた。



「そうか。可憐がそう考えるなら仕方ない」



 弘孝はそう呟くと一度バイオリンの弓を強く握りしめる。呼吸を整えると、弘孝は演奏の構えをした。そして、演奏では無く、不快な音を出す為に弓と弦を雑に重ね、力任せに引いた。誰もが簡単に想像出来る不快な音色は、弘孝の魔力と混じり合い、可憐を襲った。



「きゃ!」



 殺意と悪いの混ざった魔力が可憐を襲う。それは、可憐に届く前から彼女を恐怖で動けなくする事は容易かった。短い悲鳴以上に声も出ずに、目を閉じた。



「可憐!」



 光が可憐を守るように可憐を抱きしめ、弘孝の攻撃に背を向ける。しかし、弘孝の攻撃は光を避けるように曲がった。そして、それは可憐の背後を襲った。



「僕が間違っていないと分かるまで、追い詰めるだけだ!」



 弘孝の攻撃が可憐に当たる。それは、弘孝が初めて想い人に悪魔の魔力を故意的に当てたものだった。



「うっ……」



 弘孝の魔力が可憐の背中に当たり、それはまるで火傷をしたような痛みだった。しかし、火傷のような熱は無く、むしろ氷で出来たような冷たさがあった。



「可憐! 可憐! 今すぐラファエルの魔力で回復して!」



 光は可憐が背中以外に怪我が無いか確認する。幸い、背中の魔力以外は無かった。



「弘孝君! 君は好きな人を傷付けたくて契約者になったの!?」

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