第213話 鎮魂歌+選択(4)

 光は弘孝に剣先を向ける。しかし、弘孝はそれに動じず、むしろ見下すような笑みを浮かべていた。



「愛の天使が第一地獄の地獄長に勝てるとでも? 戦いの大天使ウリエルがいるが、そいつは所詮、出来損ないだからな。僕が悪魔側こちら側についたから空いた枠に入っただけだろ。神に最初に選ばれていない時点で代用品でしかない」



 視線を光からジンへと移動させる弘孝。ジンはそんな弘孝の言葉に対し舌打ちをしていた。



「チッ。んな事言ってもな、今はオレがオマエを倒す。それしかねぇーんだよ! オレはまたダイジなヤツを——」



 弘孝を睨みつけながら叫んでいたジンだったが、言葉の途中で口を閉じる。記憶に無い大切な人。それを失ったかのような自身の言葉に違和感を覚えたジンはそれを誤魔化すように再度舌打ちをする。



「んだよ……さっきから……」



 誰にも聞こえないように呟くジン。彼の脳裏には記憶に無い金髪の少女の後ろ姿があったが、それは今の戦闘の妨げでしかないと判断し、剣を強く握り締めることにより忘れようとしていた。



「どうした。魔力切れにでもなったのか? それならこちらとしては都合が良い。大天使を一気に二人処分したとなれば、サタンも喜ぶだろう」



 ジンの僅かな行動の変化を好機と捉えた弘孝はバイオリンを剣に変えて振り上げる。六枚の黒い翼を羽ばたかせると、そのままジンに向かって振り下ろした。しかし、ジンはそれを簡単に受け止めた。



「バーカ。戦いの大天使ウリエルだぜ? んな事で魔力が切れるワケねーだろ」



 目の前の悪魔に意識を無理やり集中させる事により、ジンは金髪の少女の姿を強制的に忘れようとする。弘孝の紫色の瞳を睨みつけ、再度舌打ちをした。




「目だけキレーだな」



「これは混血である証拠だ。僕はこの目と、この髪によって差別されてきた」




 ジンの人間らしい黒い瞳を見ながら弘孝は自分の事を語りだす。その間も二人からは剣を交える音が聞こえていた。



「僕が髪を切っても次の日にはこの長さに戻る。それが奇妙だと言われ、周りの人間は離れていった。残ったのは、僕の演奏を金銭的価値と見て接していた大人のみだった。しかし、可憐だけは違った……」



 突然自分の名を言われ、可憐は視線を二人から弘孝のみに固定する。彼は儚い笑みを浮かべながら再度口を開いた。



「僕の髪を綺麗だと言ってくれた……。僕の演奏を純粋な心で綺麗だと言ってくれた……」



 一度ジンと交えていた剣を離す弘孝。闇と毒を混ぜたような魔力でその剣を再度バイオリンへと変化させた。六枚の黒い翼を使い、ジンと距離を取ると演奏の構えをし、バイオリンの弦を引いた。



「天使でも無い、悪魔でも無い、そして、人間でも無い僕に可憐だけが無差別に接してくれていた……」



 誰かに伝えるものでは無く、独り言のように呟く弘孝。しかし、それはジンと可憐の耳に届いていた。弘孝はそのまま儚い笑みを浮かべながら皇帝円舞曲を演奏し始めた。音だけで聞くならば美しい音色だったが、そこに闇と毒を混ぜたような魔力が混ざり、天使と可憐を襲った。



「可憐!」



 弘孝の攻撃をいち早く察した光が翼を羽ばたかせ可憐に攻撃が当たらないように庇う。六枚の白い翼は、弘孝の攻撃を受け、傷ついた。




「うっ……」



「光!」




 抱きしめられるように攻撃から守られた可憐はエメラルドグリーンの魔力を使い、光の翼を治療する。数秒後、光の傷は無かったかのように消えていた。



「ありがとう、可憐。だけど、君はまだ人間なんだ。魔力を大量に使ったらどうなるのか、ぼくにも予想がつかない。だから、自分を守る事だけに魔力を使って欲しいんだ」



 翼を使い、弘孝の攻撃を可憐から守りながら光は儚い笑みを浮かべる。自身をオレンジ色の魔力を使い、弘孝の攻撃を防いでいたが、戦闘向けでは無い光の魔力には限界があった。


 それを見ていた可憐は再度魔力を使おうと手を伸ばす。しかし、それは光が可憐の腕を掴む事により不可能だった。その間も弘孝からの攻撃が止むことは無く、光を傷付ける。




「私が……契約すれば——」



「違う!」




 言葉を遮るように光が否定の言葉を叫ぶ。その時、弘孝の攻撃が光の六枚ある翼の一枚を傷付ける。苦痛の表情を浮かべていたが、可憐の腕を掴んでいるので、可憐は光を治療する事が出来なかった。



「Eランクに行った時に言ったよね。ぼく……光明こうみひかるとしては契約したくないって。ぼくは可憐が契約者という運命に巻き込まれて欲しくないんだ」



 弘孝からの攻撃を受けながらも、光は苦痛の表情を浮かべず、儚い笑みを可憐に見せる。可憐は光の傷付いた翼を見ると、彼女の目から涙が零れた。



「光……」



 涙を流しながら目の前の契約者の名を呟く可憐。今は伝える事の出来ない想いが込められていた。



「ぼくは……愛の大天使ガブリエルとして癒しの大天使ラファエルの魂を持つ可憐と契約しないといけないのは分かっている。だけどね、その為に契約をしないといけない状況にしたり、契約したいなって思わせる事は……光明光ぼくとしては嫌なんだ」



 光はそう言うと、何度目かの儚い笑みを可憐に見せる。見慣れたその表情だったが、その笑みの意味を理解した今の可憐は、再度涙を流していた。



「私は……私は……」



 光の儚い笑みと傷付く翼を見れば見るほど、可憐の涙は止まらなかった。どのような言葉を告げればいいのか。どのように気持ちを伝えればいいのか、可憐には分からず、スカートの裾を強く握り締める事しか出来なかった。


 それを見ていた弘孝は、一度演奏を止め、光を睨みつけていた。



「さっきから薄っぺらい言葉を並べているな。可憐、よく聞け。光明光は生前の記憶が無い、ただの器だ。器が何と言おうと、それは戯言でしかない。こいつの目的は、ガブリエルとしてラファエルと結ばれる為に、器である可憐に甘い言葉を言っているだけだ。これが別の人間がラファエルの器だと、そいつに同じ言葉をかけるだろう」



 光を睨み続けていた弘孝だったが、言葉の途中で視線を可憐へと移動させる。その時には既に光に向けられていた殺意は消え、可憐にのみ儚い笑みと慈悲深い視線を送る。しかし、それを見た可憐の頬には先程の涙では無く、冷や汗が走っていた。



「悪魔である弘孝に、何が分かるの……」



 目の前で儚い笑みを浮かべる幼なじみ。それは、可憐が今まで見てきた弘孝では無く、六枚の黒い翼を羽ばたかせている別人だった。それを可憐の口から悪魔という非科学的な存在で表現した時、可憐は再度スカートの裾を強く握り締める。その言動を返事と理解した弘孝は儚い笑みをを止め、視線を光へと移動させた。



「……。ならば、僕が証明するだけだ。可憐が見ているものが幻であり、光明光が粗末な存在である事を!」



 弘孝は再度バイオリンを構え、演奏という名の攻撃を再開する。音色に混ざった魔力が光と可憐を襲った。先程の攻撃よりも殺意が混ざった攻撃に、光は最大限の魔力を使い、可憐を守ろうと翼を大きく広げた。しかし、光に攻撃が当たる前に、ルビーレッドの魔力がそれを受け止め、相殺した。



「ここに、スッゲー出来たてホヤホヤなウツワがいることを忘れてんじゃねぇだろーな!」

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