第207話 鎮魂歌+円舞曲(3)
剣先を弘孝に向け、光は六枚の白い翼を大きく羽ばたかせる。それを見た弘孝は、軽蔑が込められた笑みを浮かべていた。
「ガブリエル如きが
光の剣先を見て小さく笑うと、弘孝はバイオリンを構え、演奏を開始する。音と魔力の混ざった攻撃が、光に向かって放たれた。
それをジンが瞬時に間に入り、剣を使って弘孝の攻撃を斬る事で、光に当たるのを防いでいた。
「んなわけねぇだろ。戦いの大天使であるオレがガブリエルくらいで足手まといって思われるのが、シンガイだぜ!」
ジンはそう叫ぶと、ルビーレッドの魔力を炎のように剣に纏わせる。そのまま六枚の白い翼を羽ばたかせ、弘孝のバイオリンに向かって剣を振り下ろした。
「不要なプライドだな」
ジンの攻撃に、弘孝は演奏を止め、バイオリンで剣を受け止める。剣が触れる直前に、魔力を使い、バイオリンを強化した為、バイオリンが壊れる事は無かった。
「何言ってんだ? 大天使を守る剣が、
剣に力を込め、弘孝のバイオリンを破壊しようと試みるジン。しかし、力だけではバイオリンを破壊する事は出来なかった。
そのままジンは、剣に纏っていた魔力を一度消し、その魔力を手錠へと変換させた。バイオリンと弓を手錠で繋ぎ、指を鳴らすと、弘孝のバイオリンは真っ二つに切断された。
「
使い物にならないバイオリンを一度魔力に戻し、再度具現化させる弘孝。その間にジンは剣を弘孝に向かって振り下ろした。しかし、弘孝がバイオリンを完成させる方が早かった為、ジンの剣はバイオリンに受け止められていた。
「ウリエル! 魔力の使いすぎだよ! こんなに短時間で大量に使っちゃうと、君の記憶が戻ってしまう!」
二人の攻防を見ていた光が声を上げる。しかし、ジンはそれに耳を傾ける事は無かった。再度手錠を魔力で生み出し、弘孝のバイオリンと弓を拘束する。
「仲間の助言を聞かない所も、相変わらずだな」
弘孝はジンが手錠でバイオリンを破壊する前に、魔力に戻し吸収する。それにより、拘束する物が無くなった手錠は氷の地面に音を立てて落ちる。
「ガブリエル! これはオレとモロクの問題だ! ジャマしてんじゃねぇよ!」
弘孝の行動に舌打ちをしながら光を睨みつけるジン。それを見た光は剣先を弘孝に向けた。
「違うよ。これは、ぼくたち天使と悪魔の問題だよ。ぼくも、君みたいな力は無いけど、協力するよ。たとえ……相手が友達だった悪魔でもね」
光が自身の目に魔力を込める。すると、彼の視界が僅かにオレンジ色となる。その状態で視線を弘孝へと向けると、そこには弘孝がモロクになる前に見たとある光景が光の脳内に直接入ってきた。
身に覚えのない自分と、可憐が寄り添い、弘孝へ何かを告げている光景。それは、当事者ではない光でさえも、唇を噛むほどの怒りを覚えるものだった。
「モロク……嫌、弘孝君。もしも、ぼくが君と同じ立場だったら、同じ事をしているよ。ぼくが混血で、目の前であんなものを見せられたら……耐えられないからね」
光の言葉を聞いた瞬間、弘孝は目を見開き、魔力を直接右手から放った。
「人の記憶を覗くな!」
大声を上げながら、地面に転がっていたジンの手錠を破壊するように踏む弘孝。完全に手錠を破壊すると、弘孝は消していたバイオリンを再度具現化し、構えた。殺意の込められた皇帝円舞曲が光に襲いかかる。しかし、それをジンが光の前に立ち、弘孝の攻撃を剣で斬った。
「ありがとう、ウリエル」
「んなのトーゼンの事だろ? オレはお前たちを守る剣なんだっつーの」
ジンもまた、剣先を弘孝に向ける。その姿を見た弘孝は口元から血が流れるほど強く唇を噛んでいた。
「弘孝君! 違う! ぼくが見たのは真実なんだ!」
光の言葉を弘孝は聞かずに、再度皇帝円舞曲を演奏する。負の魔力が込められた音色が光とジンに襲いかかった。ジンはそれを再度剣を使い、斬る。その間、光は再度魔力を使いながら弘孝を見ていた。
弘孝のモロクへとなる直前の記憶。それは、何度見ても不快なものであったが、その奥に見えるものがあった。それは、弘孝に向かって、光と可憐の幻覚を見せていた金髪の少女の姿。それを見た光は、目を見開いていた。
「そんな……」
光の呟きに気付いたジンが、視線を弘孝から光へと向ける。しかし、愛の大天使ではない彼には光の呟きの意味を理解する事が出来なかった。
「お前の言う真実が何かは知らないが、僕は
弘孝の脳裏には、潤んだ瞳で光を見ていた可憐の姿があった。現段階で、可憐と共に過ごしていた時間が長い弘孝でさえも、その表情は初めて見たものであった。そして、それが何を意味しているのか、十年ほど可憐だけを想っていた弘孝には直ぐに判断できた。
二人の会話についていけていないジンが視線を光から弘孝に戻し、剣先を弘孝に向ける。
「やっぱお前らワケアリだなぁ。んで、天使と悪魔って立場をうまーく利用してるって感じか」
弘孝に向かって挑戦的な笑みを浮かべるジン。そんな彼を光は視線を弘孝からジンへ移動させる。
その時だった。未だに消えていない目元を覆うオレンジ色の魔力により、光の脳内にジンの真実が直接流れ込んできた。
ジンの前には金髪の少女。そして、Sランクで過ごしていた個室での会話。それは、ジンの口からも聞けていない、真実だった。
「神は……何を求めているんだ……!」
突然光の口から出た神という言葉。それを聞いたジンと弘孝の視線が光へと向けられていた。
「何言ってんだ? ガブリエル、今は神の話じゃなくて——」
「ウリエル! これは……ぼくたちがどうにか出来るような事じゃ無かったんだよ……」
ジンの言葉を遮るように話す光。しかし、光の見た真実を彼に伝える事は、契約違反になる為、出来なかった。
「はぁ? 意味わかんねーよ! さっさとあのモロクを倒そうぜ?」
それに気付いていないジンは、光の言葉に耳を傾けることなく、六枚の白い翼を羽ばたかせ、弘孝に向かって剣を振り下ろした。
「寸劇は終わったか?」
ジンの剣をバイオリンで受け止める弘孝。ジンはそれを睨みつける。
「おぅ! 待たせたな! ガブリエルの言ってる事、よく分かんねぇわ」
「お前らが仲違いをしようが、僕には関係ない。大天使二人を殺せれば……僕達の勝ちだからな。大天使に勝利し、僕は……可憐を運命から解放する!」
弘孝がバイオリンに魔力を込める。すると、重なり合うジンの剣に弘孝の魔力が流れ込み、ジンの両手に激痛が走った。
「そーゆー所、相変わらずだな!」
両手の痛みを誤魔化すように、剣を再度振り上げるジン。しかし、自分の言葉に違和感を覚え、僅かに剣を振り下ろすタイミングが遅れていた。
弘孝はその好機を逃すこと無く、ジンの攻撃を避け、バイオリンで直接ジンを殴ろうと振り上げた。
しかし、それは、ジンの背後にいた光が前に出ることにより、光の剣が弘孝のバイオリンを受け止めた。
「ウリエル!」
間一髪での光の防御。それにより、可憐がこの場に居ないことで回復が困難なジンが致命傷を負うことは無かった。
「ウリエル……今の君は戦いの大天使ウリエルなんだ。もし、君が記憶を取り戻し、契約違反をしてしまったら……君はミカエルに裁かれる事になってしまう……。そうならない為に、ぼくが……君を守る!」
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