第206話 鎮魂歌+円舞曲(2)

 叫び声と共に奏でられる皇帝円舞曲。この短時間で弘孝は、何度もバイオリンを具現化している為、演奏時に放たれる魔力の強さは僅かに弱まっていた。



「付き合ってやんよ! 弘孝!」



 ジンもまた、魔力を消費し過ぎた為、手錠ではなく、既に具現化されている剣を構え、弘孝の攻撃を斬る。そのままジンは弘孝に向かって剣を振り下ろす。そして、弘孝はそれをバイオリンで受止め、魔力を剣に流し込む——。


 まるで円舞曲を踊っているようなテンポの戦いは、弘孝の演奏する皇帝円舞曲をより一層美しい音色としていた。



「数時間前に転生した契約者相手に、ここまで拮抗されるとはな……!」



 舌打ちをしたがらも、演奏を続ける弘孝。時折、ジンが手錠を作り出し、バイオリンを破壊しようと試みるが、弘孝がそれ以上の魔力を手錠に注ぎ込み、破壊する。




「オマエだって、そんな何十年も悪魔やってる訳じゃねぇんだろ!」



「混血は……生まれた時から契約者であるようなものだ!」




 互いに叫び声を上げながら攻防戦を繰り返す。剣とバイオリンがぶつかり合い、音を奏でる。ジンが手錠を作り出し、弘孝の動きを拘束するが、弘孝はそれを簡単に予測し、手錠を破壊する。


 その後、バイオリンの音色で攻撃をするが、それはジンに簡単に予測され、ジンに攻撃が当たることは無かった。



「……。なんでだろうな。オマエの考えが手に取るように分かるんだよな……」



 攻撃の合間に呟くジン。それは、弘孝の耳に届いていた。



「五年も時間を共に過ごしたんだ。互いに理解し合える仲ではないと、続かないだろ」



 ジンの呟きに、弘孝が無意識に言葉を返す。それを聞いたジンは見下したような笑みを浮かべていた。



「へぇ。オレが死ぬ前、ケッコーな時間、オマエと一緒にいたんだな。どーりでこんな、イシンデンシンな戦いなワケだ」



 恋人かよと付け足し、小さく笑うジン。その言葉に対し、弘孝は攻撃で返事をする。



「寝言は寝てから言え」



 言葉とは裏腹に、僅かに柔らかな表情を浮かべる弘孝。彼の動いていない心臓が押し潰されるような不快感を覚えていた。


 その不快感を拭い去るように、弘孝は無心で演奏を続ける。殺意の込められた皇帝円舞曲が魔力と混じり合い、ジンに襲いかかった。



「ザンネンだが、オレには守りてぇヤツが——」



 弘孝の攻撃に対し、煽るような言葉を口にしようとしたジンだが、その口が途中で止まる。


 守りてぇヤツがいるんだよ。そう口にしたかったが、ジンはその守りたい人が誰なのか分からなかった。そして、彼の脳裏には再度弘孝を含めた数人の少年少女たちの姿。


 心当たりは無いが、どこか懐かしい光景にジンの動いていない心臓が苦しめられる。 特に、弘孝であろう黒髪の少年の姿と、その隣に居る金髪の少女の姿を思い出す度に、ジンは首を激しく横に振っていた。



「んだよ……あの女……」



 弘孝に聞こえないくらい小さな声量で呟くジン。脳裏に浮かぶ少女を振り払う為に、魔力を剣に集中させる。ルビーレッドの炎となった魔力は、美しい輝きを放っていた。


 その姿を好機と捉えた弘孝は、魔力の込められた皇帝円舞曲をジンに向ける。剣に炎を纏わせることに意識を集中していたジンは、弘孝の攻撃に気付かず、腹部に激しい痛みが襲った。



「クソ!」



 腹部の痛みに耐えるように、食道を通過して口内に溜まった血液を噛み締めるジン。しかし、弘孝がもう一度ジンに向かって攻撃をした事により、再度腹部に痛みを覚えさせる。それにより、ジンは、口内に溜まっていた以上の血液を吐き出した。



「慢心を持つような所も、相変わらずだな」



 軽蔑の視線をジンに向ける弘孝。その間も演奏を止める事は無く、殺意に染められた皇帝円舞曲が何度もジンを襲う。その度にジンの口からは血が吐き出されていた。



「グハッ……!」



 痛みからくる、反射的な言葉しか口に出来ない状態のジン。数度その言葉を口にすると、立ち上がる事も不可能となり、氷の地面に両膝を着いた。



「この短時間で何度も手錠を具現化し、消滅させるを繰り返している。それは、大量の魔力を消費する行為だぞ。魔力切れになって、僕に殺されるのが分からなかったか?」



 ジンが完全に立ち上がるほどの気力が無くなったのを確認した弘孝は、演奏をやめ、ジンに近付く。それを見たジンは、浅い呼吸の中、意識を弘孝の手首に集中させ、手錠を生み出した。



「人の話を聞かないのも、相変わらずだな」



 先程よりも弱々しい手錠。それは、弘孝にとって破壊するのは容易な事だった。魔力を手錠に注ぎ込み、一瞬で消滅させる。


 再度ジンは弘孝に手錠で拘束しようとしたが、既に手錠を具現化させるほどの魔力は残っていなかった。弘孝から向けられる軽蔑の視線と、僅かに彼から漏れだす魔力に耐えるのが精一杯であった。



「ジンが負けるのは時間の問題か……。それならば……」



 それを見た弘孝は、視線をジンから少し遠くに居る光に向ける。既に弘孝が攻撃をして、立ち上がる事が不可能な光に、弘孝は魔力を放った。



「ガブリエル!」



 弘孝の行動に、ジンは全身に激痛が走る身体に鞭を打ち、立ち上がる。そのまま傷の入った六枚の白い翼を大きく羽ばたかせ、弘孝の魔力が光に届く前に、剣を使って斬った。



「今はオレと戦ってんだろ? ウワキすんなよな!」



 浅い呼吸のまま、うっすらと笑みを浮かべるジン。その笑みを見た弘孝は、舌打ちをしていた。それを見たジンは、一度勝ち誇ったよう視線を弘孝に向けると、その後その視線を光に向けた。



「ウリエル……」



 ジンと弘孝が戦っている中、光は自身の魔力を使い、最低限の回復は完了していた。ゆっくりと立ち上がり、呼吸の浅いジンの肩にそっと触れ、光の魔力を流し込む。すると、光はジンに、傷を完治は出来ないものの、痛みを和らげる程度の治癒をした。



「立てるくらいには回復したっぽいな、ガブリエル」



 しょーじき助かったぜと付け足し、微笑むジン。それを見た光は、彼の肩からそっと手を離す。



「ウリエルのお陰で、回復に専念出来たよ。ここからは、ぼくだって戦える……!」



 ジンの身体が回復した事を確認すると、光は視線を弘孝へと向ける。そのまま光は右手に魔力を集中させ、剣を具現化させた。



「ここからは……二対一だよ!」

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