第205話 鎮魂歌+円舞曲(1)

 ジンの声と同時に弘孝のバイオリンを切断した手錠が消える。それを見た弘孝は、ジンを睨みつけ舌打ちをした。



「やっと魔力の使い方を理解したか」



 視線をジンから切断されたバイオリンへと移動させる弘孝。まるで鋭利な刃物で切断されたような断面を確認すると、使い物にならないバイオリンと弓を魔力に戻した。



「はぁ? オレは単純にオマエをぶっ倒してぇって思っただけだっつーの」



 手に武器を持っていない弘孝を好機と考えたジンは、そのまま距離を縮め、剣を振り上げた。




「僕に対する殺意が、感情の度合いの変化となり、魔力が上昇した。そう考えるのが普通だな」



「何言ってんだよ。契約者を分かりきったよーな言い方しやがって」




 ジンの攻撃を弘孝は瞬時にバイオリンを再度具現化させ受け止める。剣とバイオリンが重なり、重い音を奏でていた。



「分かりきるも何も、僕は悪魔と天使から生まれた混血だ。人間でもない、完璧な契約者でもない半端者の僕がどれだけ人間や純血が羨ましいか……お前には理解出来る筈がない!」



 弘孝が黒い翼を羽ばたかせ、ジンと距離を置く。そのまま演奏の構えをし、音色を奏でる。魔力の込められた皇帝円舞曲は、ジンに襲い掛かった。ジンはそれを咄嗟に剣を使い、魔力を切断する事で自身に当たることを防いでいた。



「あぁ、分かんねぇよ。オレだって、ウリエルとしての記憶しかねぇんだからな。こーやって、何度転生しても、混血は罪なのか、未だに分かんねぇんだよ!」



 ジンの脳裏にはウリエルとしての記憶。混血である故に強制的に曲がった運命となった契約者達を無慈悲にルビーレッドの炎で燃やしていた。その光景と、目の前の混血の少年を重ねると、ジンの動いていない心臓が苦しめられていた。


 何度も剣を振り回し、弘孝に向かって攻撃を繰り返すジンだったが、弘孝はそれを全てバイオリンで受け止める。木製であるはずの彼のバイオリンは、魔力によって剣を簡単に防げるほどの強度を持っていた。



「想い人が、契約者たちの運命に巻き込まれている気持ち……お前なら理解出来ると思っていたぞ、ジン!」



 弘孝が一度ジンから距離を置く。盾として使っていたバイオリンを構え、演奏をする。先程から何度も演奏を繰り返している皇帝円舞曲は、殺意の魔力が混じり合い、ジンを襲った。



「だから! オレは何も分かんねぇよ! 覚えてねぇんだからな!」



 弘孝の攻撃を剣を使い斬るように防ぐジン。弘孝の言葉を聞いた瞬間、再度記憶に無い光景が脳裏を横切っていた。


 弘孝と一緒にいる少女達。その中の一人である金髪の少女。彼女の瞳は赤と青といった異なる色を持っていた。ジンはその記憶に無い少女が脳裏を横切る度に、心臓が苦しめられ、怒りを覚えていた。



「オレは今は、ウリエルだ!」



 弘孝の言葉と自身の脳裏を横切る記憶に対して、怒りをぶつけるようにジンは叫ぶと、視線を弘孝のバイオリンに向ける。すると、再度手錠が弘孝のバイオリンと弓を繋ぎ、ジンの指を鳴らす音に合わせて切断された。



戯言たわごとを……!」



 切断されたバイオリンを魔力へ戻し、再度バイオリンを具現化させる弘孝。しかし、それはジンが手錠を弘孝の右手首を拘束した事により、魔力がバイオリンに具現化される事は無かった。



「これのどこがタワゴトなんだよ?」



 バイオリンが具現化されていない事を確認し、口角を上げるジン。手錠が弘孝に触れる度に、弘孝に魔力が流れ、感電したような痛みが彼の手首を襲った。



「おのれ……!」



 両手首からの痛みで、中途半端に具現化されたバイオリンを離す弘孝。氷の地面に触れた瞬間、闇と毒を混ぜたような光りとなり、バイオリンになるはずだった物は消えていった。


 それを確認したジンは、弘孝の両手首に視線を動かすと、右手の指を鳴らす。すると、手錠の内側が鋭利な刃物となり、そのまま狭まった。


 手錠が弘孝の手首を襲ったが、弘孝は瞬時に手首に魔力を集中させ、手錠によって手首を失う事を防ぐ。



「さすがに、そんな上手くはいかねぇか」



 弘孝の魔力により、ジンの手錠が相殺され消える。ルビーレッドの光りとなり、弘孝の動きを拘束する物は無くなっていた。



「第一地獄の地獄長を……侮るな!」



 弘孝の殺意の込められた言葉と共に、放たれた魔力。それは、ジンの心臓を目がけていた。それを察したジンは、剣を構え、弘孝の魔力を防ぐ。しかし、弘孝の魔力が僅かに強力だった為、ジンの腹部に強く殴ったような痛みを覚えさせていた。



「くそっ!」



 痛みに耐えながら、ジンは再度意識を弘孝に向ける。すると、弘孝の左右の手首に手錠が現れた。しかし、弘孝はそれ以上の魔力を使い、光りへと変化させていた。



「同じ手は何度も食わない」



 弘孝はそのまま魔力を使い、ジンの相殺された魔力に自身の魔力を混ぜ込む。すると、ルビーレッドの光りが闇と毒を混ぜた色へと変化する。それを弘孝はジンへと放った。



「それはオレのセリフだ!」



 弘孝が魔力を放ち、ジンがそれを斬る。ジンが手錠を弘孝に装着すると、弘孝は魔力を注ぎ込み、手錠を破壊する。そのような事が何度も繰り返されていた。


 互いに魔力を大量に消費し、呼吸が荒くなる頃に、ジンは手錠ではなく、剣を使い、弘孝に向かって攻撃した。弘孝はそれを黒い翼を使い、防いだが、魔力で翼の防御力を上げるほどの余裕はなく、翼から血を流していた。


 それを見たジンは、うっすらと笑みを浮かべていたが、その慢心さを察した弘孝は、ジンに向かって魔力を放った。



「うっ……!」



 予想外の攻撃に、ジンの防御は間に合わず、腹部に弘孝の攻撃が直撃し、苦痛の声を上げる。



「やはり、お前は相変わらず単調な考えだな」



 魔力を大量に消費した為、浅い呼吸となる二人。ジンが手錠を作り出す余裕が無くなっていることを確認すると、弘孝は両手に意識を集中させ、魔力でバイオリンを具現化させる。そして、紫色の瞳でジンを見ると、長い黒髪を揺らしながらバイオリンを構えた。



「さぁ、円舞曲ワルツを始めよう、ジン!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る