第204話 鎮魂歌+好敵手(3)

 ルビーレッドの魔力が美しい輝きを放ち、ジンの周辺を照らす。そのまま弘孝の所へ翼を羽ばたかせると、全身の痛みを必死に抑えながら剣を振り上げた。



「雑な攻撃だな」



 弘孝はジンの攻撃をバイオリンで受け止める。両手を使って剣に力を込めているジンに対し、弘孝は片手でバイオリンを持ち、ジンの剣を受け止めていた。



「うるせぇ!」



 ジンは弘孝を睨みつけると、剣にルビーレッドの魔力を纏わせ、そのまま弘孝のバイオリンへ魔力を流し込む。しかし、弘孝はそれ以上の魔力をバイオリンを伝って流し込み、ジンの魔力を相殺した。



「そんな攻撃で、第一地獄の地獄長である僕……サタンの隣に唯一立てる存在であるモロクを倒せると思っているのか? いくら戦いの大天使ウリエルの魔力と言っても、混血で更にモロクである僕を倒すなど、到底不可能な話だ 」



 バイオリンを楽器としてでは無く、鈍器のように振り上げ、ジンに殴りかかる弘孝。しかし、ジンはそれを反射的に避け、再度剣を弘孝に向かって振った。



「バーカ。んな事カンケーねぇよ。オレはウリエルとして、目の前の悪魔をぶっ倒す。混血でも、悪魔になっちまったんなら、悩むヒツヨーもねぇしな!」



 何度も剣を振り、弘孝に攻撃を繰り返すジン。しかし、弘孝はそれを全てバイオリンで受け止め、無傷であった。



「その自由奔放な思考。ウリエルに転生しても相変わらずだな……」



 バイオリンと剣が重なり、音を立てる。それにより、弘孝の言葉がジンに届く事は無かった。殺意が込められたジンの攻撃は、バイオリンを破壊してもおかしくない程の魔力であった。しかし、混血の弘孝はそれ以上の魔力を使ってジンの攻撃を相殺していた為、バイオリンに傷が入る事は無かった。



「だが、その人間としての思考が、全ての攻撃を無駄にしている……!」



 弘孝は左手に力を込めると、バイオリンを使い、ジンの剣を押し返す。華奢な弘孝だったが、魔力によって筋肉質なジン以上の力で押し返していた。




「女みてぇなツラしてんのに……すげぇ力だな……」



「僕の容姿について文句を言うのは……聞き飽きたぞ、ジン」




 バイオリンの本体では無く、弓を使い、剣のようにジンに向かって振り下ろす弘孝。一見、殺傷能力の無さそうな弓だったが、弘孝の魔力で作られているそれは、ジンの剣と重なっただけで、剣の一部を腐食させていた。



「今初めて言ったっつーの。まぁ、死ぬ前のオレを知ってそーなフインキだけどな!」



 一度弘孝から距離を置くジン。腐食している剣に魔力を注ぎ、研磨させる。新品のような輝きを取り戻した剣は、ルビーレッドの魔力が纏わされ、殺意の込められた武器となっていた。



「肉体の治癒は不可能だが、武器の修正は可能……。それが戦いの大天使ウリエルルビーレッドの魔力の特徴か」



 ジンの行動を見た弘孝が小さく呟く。それを聞き取ったジンは、小さな笑みをこぼす。




「さっすが、第一地獄の地獄長。ウリエルオレの事すっげー分かってんじゃん」



「分かるも何も、本来は僕がウリエルの器だったからな。そんな事も忘れたのか」




 弘孝の紫色の瞳がジンを捉える。それを見たジンは、弘孝の瞳に向かって舌打ちをした。弘孝の瞳を見ないように制帽を深く被ると、そのままルビーレッドの魔力が込められた剣を振り上げながら、弘孝に向かって一気に距離を縮めた。



「はぁ? お前がウリエルオレの器? なんで裏切ったんだよ」



 ジンが剣を振り下ろす前に、弘孝はバイオリンを使い、音色を奏でる。悪魔の魔力が込められた音色は、ジンの攻撃を中断させるには充分な威力だった。



「……。想い人を目の前で奪われる気持ちが、お前に分かるはず無いだろ」



 弘孝はそう呟くと、視線を一瞬だけジンから光へ向ける。呼吸が浅くなっている光は、二人の戦いを見るだけで精一杯な状態だった。


 弘孝の僅かな視線の動きを察知したジンは、魔力を使い、気配を探る。すると、弘孝の背後にある大きな氷の壁の裏からエメラルドグリーンの魔力を感じた。



「なるほどな。ラファエルを閉じ込めて、ガブリエルをぶっ殺そうって思ってた所に、オレが来たってワケか」



 ジンは小さく笑うと、視線を可憐がいる氷の壁から光へと移す。魔力を使い、僅かに回復していたが、ガブリエルの魔力では、呼吸を整える程度が限界であった。



「んで、ウリエルの器だと、ラファエルと結ばれる事はねぇから、悪魔にオチタって事か」



 光から僅かに残る悪魔の魔力を横目に、ジンは視線を弘孝に戻す。彼の挑発的な態度に、弘孝はジンを睨みつけながらバイオリンを構えた。



「僕はただ、自分と違う契約者の運命に左右されるのが馬鹿らしいと思っただけだ。そして、それによって自分の感情では無いものを、無理やり自分のものにされる運命から、可憐を解放する!」



 殺意の込められた言葉と共に弘孝は演奏を始める。聞きなれた皇帝円舞曲だったが、既に音楽としての美しさよりも、弘孝自身の負の感情が前のめりになっていた。



「ぐはっ!」



 弘孝の魔力が音と共にジンに直撃する。ジンの反射神経以上に速い弘孝の攻撃は、剣や魔力で防ぐ前に彼の腹部に直撃した。その反動で、ジンの口元には僅かだが血が流れていた。



「お前には理解出来るものでは無いであろう……。どんなに努力しても、想い人が振り向く事が無い現実をな」



 弘孝の声がジンに届くかどうか、予測が不可能なほど続いている攻撃。ジンはそれに対し剣を使い、急所に当たる事を防ぐだけで精一杯だった。魔力が剣に当たり、砕ける。それを何度も繰り返すが、弘孝の魔力もジンの剣も限界を見せる事は無かった。



「やっぱモロクは強ぇな……」



 剣で弘孝の攻撃を相殺しながら小さく呟くジン。目の前で自分に向かって攻撃をしかけてくる悪魔の瞳は、何度見てもジンの失った記憶に僅かに引っかかっていた。


 初対面の敵のはずだが、どこかで見たような記憶がある。そして、その記憶は自分が生前持っていた記憶であるとジンは直感的に理解していた。



「怖気付いたか?」



 ジンの言葉を聞き取っていた弘孝は挑発的な返事をした。それを聞いたジンは首を大きく横に振った。



「んーや。オマエとオレって、知り合いだったんだろ? 」



 互いに攻撃を中断する。 会話を続ける為に二人は互いの瞳に視線を移した。紫と黒。互いの瞳に、互いの姿が映る。



「それで、こーやって人間じゃ無くなっても、殴り合ってるってスゲェなって思ってな」



 先程の弘孝の攻撃で、口元から流れていた血を親指を使って拭い、舐めとるジン。その行動に弘孝は不快感を覚え、舌打ちをした。



「はぁ……。人間を辞めたからこそ、殺し合える仲になった。そう考えるのが普通だろ。しかも、本来は僕がなる予定だったウリエルの座を、お前が奪い取るような事になった。それは、僕にとって殺す理由でしかない」


 軽蔑の意味を込めた視線をジンに送る弘孝。しかし、ジンはそれを気にするような事は無く、口元に笑みを浮かべていた。



「まぁ、そう考えるのがセオリーだと思うけどな。オレは、それがすっげー楽しくなっちまった。死ぬ前のオレって、オマエにウップンが溜まってたのかもな」



 ジンの脳裏を横切るのは、言葉とは裏腹に見覚えのない人間数名と食事をしている風景。その中には現在戦っている長髪の少年が微笑んでいた。


 ふと、ジンが意識を記憶に向けると、その少年を儚い笑みを浮かべながら見つめる金髪の少女の姿。皐月との戦闘中にも現れたその少女を脳裏に過ぎったジンは、唇を軽く噛む事で無理やり記憶から追い出した。


 そんなジンを見ていた弘孝は、小さな笑みを浮かべていた。



「ふん。随分俯瞰ふかんした言い方だな。これが記憶を失ったが自我を失わない契約者の末路か……」



 弘孝が一度視線をジンから光へ向ける。すると、そのまま弘孝は、立ち上がる事も難しい状態の光に向かってバイオリンの演奏を始めた。魔力の込められた音色が光に向かって放たれる。それを察したジンは、咄嗟に翼を大きく動かし、剣を振り回し、弘孝の攻撃を相殺した。



「だからって、ガブリエルを狙うのは、ヒキョーじゃねぇの? オマエの相手はオレだっつーの」



 記憶の中にいる弘孝と思われる少年を脳内から追い出すように、剣を振るジン。


 そのまま彼は弘孝の持つバイオリンと弓に意識を向ける。すると、ルビーレッドの魔力が手錠に具現化され、弘孝のバイオリンと弓を拘束した。


 それが何かの攻撃と弘孝が気付いたら頃には、バイオリンと弓を引き離す事は出来ず、演奏する事が不可能の状態だった。



「くそ……! これがジンのウリエルとしての覚悟か……!」



 魔力を注ぎ込み、手錠を相殺し、無くそうとする弘孝。しかし、ルビーレッドの輝きを残しているジンの手錠はそれを許すことは無く、バイオリンと弓を繋いだままだった。


 それを確認したジンは、一度右手の指を鳴らした。瞬時に手錠が絞まり、バイオリンと弓を勢いよく切断した。



「ここからは……オレの番だ!」

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