第203話 鎮魂歌+好敵手(2)

 叫び声と共に始まる演奏。狂気に満ちた皇帝円舞曲は、音色を聞くだけでも肉体と精神を傷つけた。


 完璧な演奏であるが、弘孝の魔力と狂気のせいで、人間の持つ負の感情が一度に全て爆発するような感覚に襲われる。ジンはそれを自身の手のひらを剣に触れさせる事により、痛みを覚えさせ、強制的に正気を保っていた。



「はぁ? ウンメー? 契約者になる時点でよっぽどなジンセーだったんだろ? 既にそっから出てんだから、オレは報われてるっつーの!」



 弘孝への怒りと、自身で傷つけた手のひらの痛みで、ジンの精神は崩壊することは無かった。しかし、魔力で傷を癒す事が出来ないジンは、焼灼止血をする事が精一杯だった。



「こんな痛み、耐えれねぇとEランクじゃやってけねぇぜ」



 火傷を使い無理やり止血した痛みに小さく呟くジン。しかし、自身の言葉にジンは違和感を覚えていた。


 無意識に口にしたEランクという言葉。それは、ウリエルと転生したジンには、日本で存在する世界程度の記憶の言葉だった。しかし、妙に親近感のあるその言葉は、ジンの脳裏に金髪の少女を横切らせた。



「ったく。うぜーな、この女……」



 皐月との戦いでも記憶に僅かに残っていた少女の姿。今のジンには心当たりのない金髪の少女だったが、その姿を思い出す度に、ジンの動いていない心臓が苦しめられていた。


 その苦しみを誤魔化すように、ジンは剣を弘孝へ振り下ろす。瞬時に距離を縮められた弘孝は、咄嗟にバイオリンでジンの攻撃を受け止めていたが、僅かに反応が遅れ、頬に剣先が触れた。



「さっきから何を言っている。独り言は、戦いに不要だ」



 バイオリンに魔力を込め、ジンの剣へと魔力を送り込む弘孝。しかし、ジンはそれを瞬時に判断し、バイオリンから剣を離した。バイオリンの弦の許容量を超えた魔力は、弦を使い物にならないようにしていた。



「お前だって、なんかブツブツ言ってたじゃねぇか」



 弘孝の頬から流れる僅かな血と、弦の切れたバイオリンを見ながら挑発的な笑みを浮かべるジン。既に記憶の片隅に存在していた金髪の少女は、彼の脳裏から消えていた。


 そんなジンの挑発的な言葉と、バイオリンの弦が切れた事に対し、弘孝は舌打ちをすると、一度バイオリンを魔力に戻し、新しいバイオリンを生み出した。



「相変わらず、人の揚げ足を取るような言葉を選ぶな」



 弘孝が新しく作り出したバイオリンを構える。演奏を始めようと弓を弦に触れた瞬間、ジンはそれを阻止するかのように剣を振った。ジンの攻撃に、弘孝は身体を守るようにバイオリンで剣を受け止める。



「さっきから、オレの事を昔から知ってるような言い方だな」



 バイオリンと剣が重なり、音が鳴る。音色でも金属音でも無いその音は、弘孝とジンの殺意が混ざりあったような音だった。



「生前、僕とお前は苦楽を共に過ごしていた仲間だったからな」



 生前の話を口にする弘孝。それがジンの記憶を取り戻し、契約違反となるのか弘孝には分からなかった。しかし、悪魔となる道を選んだ以上、ジンに慈悲を与える必要は無いと判断している為、契約違反を促すように更に口を開く。



「ジン……。お前は僕にEランクで生きる術を教えてくれた。物を盗む技術や、誘惑し奪い取る技術……」



 紫色の瞳でジンを見つめる弘孝。アメジストのような美しい輝きを持つ弘孝の瞳は、少しでも弘孝が目を細めると、その視線にあらゆる人間を虜にしていた。


 ジンも例外ではなく、初めて出会った時から弘孝の瞳に惹かれていた。Eランクの世界に慣れない少年を偶然見かけると、その瞳に惹かれ、気付いたら手を差し伸べていた。


 その記憶が完全に消えている今のジンだったが、男女関係なく虜にしている弘孝の瞳を見た瞬間、動いていない心臓が僅かに苦しめられた。



「んなの覚えてねぇっつーの、バーカ。オレが人間の時にEランクで暮してたってくらいしか、しっくりこねぇよ」



 一瞬だけ弘孝から視線を逸らそうとするジン。しかし、その紫色の瞳は、それを許す事は無かった。


 悪魔の魔力から殺意や悪意を消し、美しさと儚さを混ぜたような色をした弘孝の瞳は、記憶を失ったジンを再度虜にしていた。



「その目……スッゲームカつく……」



 自分の感情から対の言葉を呟くジン。自身の感情を押し殺すように舌打ちをすると、そのままバイオリンと重なる剣に更に力を込め、弘孝を押す。ジンの力技に敵わない弘孝は、バイオリンごと数メートル後ろに勢いよく飛ばされた。



「くそ……!」



 弘孝もまたジンの攻撃に対して舌打ちをすると、バイオリンを構え、演奏を開始する。魔力の込められた皇帝円舞曲は、ジンに向かって直撃し彼の腹部に痛みを与えた。



「ぐはっ!」



 腹部の痛みに苦痛の声を上げるジン。そのまま口元からは腹部を通して流れた血が吐き出されていた。



「所詮は元人間の契約者。いくら大天使ウリエルの記憶と魔力を引き継いだと言えど、混血の僕に対して勝算は無いだろ」



 苦しむジンを横目に、弘孝は演奏を続ける。止まることの無い皇帝円舞曲は、何度もジンを襲い、鈍器で殴られたような痛みを覚えさせる。



「へぇ……。お前、混血なんだな……」



 身体中の痛みを弘孝に悟られないように、笑みを浮かべながら呟くジン。ウリエルとして記憶に残る混血の契約者と弘孝を無意識に重ねていた。


 そのままジンは、身体の痛みを無視し、無理やり剣を構えると、剣にルビーレッドの魔力を纏わせた。美しく、強い輝きを放つジンの魔力は、混血の弘孝が当時持っていたウリエルの魔力よりも赤が強く、純度が高かった。



「天使と悪魔から産まれた異形。既に人間のことわりから外れている僕は、運命などに左右されない」



 ジンの魔力を見つめながら弘孝は小さな声で呟く。闇と毒を混ぜたような色をした禍々しい魔力を、バイオリンに込め、弓を引く。流れてくる一音は、美しさと殺意が混在していた。弘孝の奏でた音色がジンに届く前に、ジンはルビーレッドの魔力を使い、弘孝の攻撃を相殺する。



「さっきからウンメーとかめんどくせぇー事言ってるけどな、オレはんなの気にしてねぇよ。ただ、死ぬ前のオレと知り合いだった悪魔のお前を……オレがぶっ倒さないとナットク出来ねぇ!」

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