第200話 鎮魂歌+混血と運命(3)

 弘孝がバイオリンを使い、音色を奏でる。彼が演奏する皇帝円舞曲は、正確な旋律だったが、狂気と殺意が込められていた。



「確かに、ガブリエルとラファエルの運命にぼくたちが踊らされているように見えるのは、否定しないよ」



 翼を羽ばたかせ、宙に浮きながら弘孝の攻撃を避ける光。剣にオレンジ色の魔力を纏わせ、攻撃の準備を進める。



「それなら、素直に認めろ。お前のその感情は、ガブリエルのものであると」



 弘孝は光を睨みつけると、演奏を再開する。音色、リズム、強弱。全て譜面通りの狂いのない演奏だったが、そこには確実に殺意が込められていた。


 目視出来るほどの禍々しい魔力が、音色に混ざりながら光を襲う。光はそれを剣で対抗するのではなく、ひたすら飛び回り、攻撃を避けていた。



「それは認めないよ。これは、ぼく、光明光としての感情なんだ。今まで出会ったラファエルへの感情とは違う、この感情が恋だと分かった時から、ぼくは、可憐が好きだ」



 光は攻撃を避けながら翼を羽ばたかせ、身体の方向を弘孝に向ける。そのまま急降下し、剣を構え、弘孝に向かって大きく振った。


 それを瞬時に察した弘孝は、演奏をやめ、バイオリンで光の攻撃を受け止める。悪魔の魔力で作られたバイオリンは剣がぶつかった程度の衝撃では、傷一つ付かなかった。



「可憐が好きだ? 戯言たわごとをぬかすな。その感情は、可憐がラファエルの器だから抱いているものだろ。ラファエルの器が他にいても、可憐に好意を抱く事は出来るのか?」



 剣をバイオリンで受止め、弘孝はそのまま力技で光を押し返す。光は一度弘孝と距離をとるように数歩後ろに翼を広げ、降り立った。



「出来ると思うよ。そして、ぼくがガブリエルじゃなくても、光明光として生きていたら、彼女に会えた時から、恋してると思う。これは、既にぼくがどこかで死んでいるから、立証出来ないけどね」



 剣を構え、弘孝を睨みつける光。彼の脳裏には可憐の姿が過ぎっていた。その度に、光の止まっている心臓が締め付けられる。



「……。随分この数ヶ月で可憐に惚れ込んだらしいな。今日の誕生日に、花を贈る以外に可憐に何をした」



 光の僅かな表情の変化を読み取った弘孝は、嫉妬の込められた視線で光を見つめる。紫色の彼の瞳には、恋敵であり、嫉妬の対象である少年が映っていた。



「……。可憐にぼく、光明光として君が好きだと伝えたよ」



 儚い笑みを浮かべながら話す光。その言葉を聞いた弘孝は、一瞬目を見開くと、直ぐにため息で返した。



「はぁ……。やはりそうか。お前たちを見つけた時、可憐に違和感を覚えた。あんな潤んだ目で誰かを見つめる可憐なんて、生まれた時から一緒に育ってきた僕でさえ、初めて見たぞ」



 探していた想い人を見つけた状況が弘孝の脳裏を横切る。自分が好意を伝えても見せることのなかった潤んだ瞳。艶やかな黒髪。僅かに赤くなった頬。


 この冬の夜の寒さでそのような表情になる可能性はあったが、弘孝の脳内には、そのような考えは一切なかった。それが、完全な契約者となり、動かない心臓と、冷たい身体を手にした事により、冬の寒さを忘れていたせいだった。


 今の弘孝の脳内には、光に想いを伝えられ、可憐が光に恋心を抱いている。そう考える事しか出来なかった。それが、可憐自身の感情ではなく、彼女の中で眠る大天使ラファエルの感情であると、自分で解釈していた。


 それを聞いた光は、ゆっくりと口角を上げる。目は細めることは無く、ただ敵意を込めながら弘孝をみていた。



「返事は貰ってないけどね。別にぼくは、可憐として光明光ぼくを好きになって欲しいとかは、思っていないよ。ただ、ぼくが可憐に恋している事を伝えたかった……。ぼくのエゴだよ」



 唇に僅かに残る自分の血の味を確かめるように、唇を舐める光。彼の脳裏にもまた、想い人である少女の姿が過ぎっていた。ガブリエルとしての想い人である、彼女に似た天使ではなく、人間の彼女を想えば想う程、光の動いていない心臓が苦しめられていた。



「その好意が光明光のものである根拠はあるのか? 可憐がラファエルじゃなくとも、同じ感情を抱けると自信を持って言えるのか?」



 弘孝が再度バイオリンを構え、演奏を再開する。狂気に満ちた皇帝円舞曲は、悪魔の魔力と混ざり、光へと襲いかかる。光は、それを魔力で壁を作ることにより、自身に当たらないようにしていた。



「言えるよ。ぼく……光明光は、大天使ガブリエルの器としてラファエルを愛している。だけど、可憐がもし、契約者とは何も関係の無い女の子だとしても、その笑顔、真っ直ぐな心に惹かれて恋してると、なぜか確信出来るんだ」



 魔力を使い、弘孝の攻撃を相殺する光。弘孝の攻撃が全て相殺され、弘孝に光の表情が見えた時、光は儚い笑みを浮かべていた。それを見た弘孝は、これまで以上の嫉妬心に支配され、身体中の魔力を集中させ、バイオリンに込める。



「そんな、戯言……僕は認めない。他者の運命に飲み込まれ、偽りの感情をまるで、自身の感情のように振る舞うお前を……絶対に認めるものか!」

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