第201話 鎮魂歌+混血と運命(4)

 弘孝の奏でる殺意の込められた皇帝円舞曲。その音色、嫉妬の魔力と混ざり合い、光に襲いかかった。光は魔力の壁でそれを受け止め、弘孝を睨みつける。



「僕は違う……。可憐がラファエルの器だと知る前に、あいつの慈悲深い言葉に惹かれた……。この異常な瞳の色も、呪われた髪も……可憐は綺麗だと言ってくれた……」



 光の魔力の壁を打ち砕くように、弘孝は淡々と演奏を続けていた。彼にとっての思い出の曲は、既に嫉妬心によって美しさを失っていた。



「くっ……」



 光は弘孝の攻撃を、魔力を使いながら防ぐしか出来なかった。曲のように聞こえ、攻撃をする弘孝の魔力は、何度も光の魔力の壁を殴るように攻撃を繰り返し、割れ目を作り出す。



「それは、僕が混血だと知らないで言った言葉だ。そして、僕は可憐がラファエルの器だと知ったのは、僕がウリエルの器であると分かった数年後だ」



 壁が限界を迎える音が攻撃と共に聞こえる。光はひび割れた魔力の壁に追加で魔力を込めようとしたが、弘孝の攻撃の方が早かった。



「人間の時は、せめて一人の少女を大切にしようと決心していた。その時に、その少女がラファエルの器と知った時の僕の気持ちを、お前は理解出来るのか?」



 弘孝が追い討ちをかけるように再度魔力の込められた音色を放つ。それは、光の魔力で作られた壁にとどめを刺し、硝子が砕け散るような音と共に破壊した。


 互いを隔てるものが無くなり、光と弘孝の視線が交じり合う。弘孝の嫉妬の込められた瞳を見た時、光は儚い笑みを浮かべていた。



「弘孝君の気持ち、ぼくは分かるよ。もしも、ぼくが君の立場だったとしたら、ぼくも同じ事をすると思う。せめて、人間でいる間は、可憐を守ろう。そして、記憶を失い、契約者となったら、ウリエルとして、ラファエルを守る。そんな気持ちがあって、ぼくのような存在が現れたら、いい気持ちではないのも理解しているよ」



 弘孝に向けていた視線を一瞬だけ氷の壁へと向ける光。光の想い人を戦いから一時的に隔離しているその壁は、未だに冷気を放ち、生きている人間なら凍えているような気温を作り上げていた。



「そして、混血の君が二重契約をしちゃう気持ちもよく分かる。好きな人を守ると決心していたけど、その好きな人が他の男と一緒に居たら、心が揺らいじゃうのもぼくは分かっているつもりだよ」



 視線を氷の壁から弘孝へと戻し、光は魔力を使い剣を具現化させた。そのまま弘孝の方へ走り出し、大きく振りかぶる。弘孝はそれをバイオリンで受け止めていた。



「生前の記憶を失ったお前が何を言う。お前が生前に好意を抱いていた女と可憐が偶然似ていて、本能的に可憐を求めるという考えはないのか」



 剣を直接受け止めている弘孝のバイオリンだが、魔力で出来ている為、光の攻撃を受けていても傷一つ付くことは無かった。光はさらに力を込め、バイオリンに向かって魔力を流し込む。しかし、弘孝はそれ以上の魔力をバイオリンに込め、相殺した。



「それは、否定も肯定も出来ないよ。ぼくに残っている記憶は、皇帝円舞曲とネモフィラの花だけだからね」


 光の脳裏を横切るのは、ネモフィラの花。青い小さな花は、地面いっぱいに強く、たくましく咲き誇っていた。光は、一人だけ分かる脳内の映像に無意識に儚い笑みを浮かべていた。


 皇帝円舞曲とネモフィラという単語を聞いた弘孝は、目を見開くと、光を殺意と嫉妬心を込めて睨みつけた。



「皇帝円舞曲は、僕と可憐の曲だ! ネモフィラの花も、お前のものではない!」



 叫び声と共に、弘孝はバイオリンから魔力を放つ。それは、バイオリンに接している光の剣を一瞬で砕き、そのまま光へと直撃した。



「ぐはっ!」



 予想外の攻撃に、防御が間に合わず、苦痛の声を上げる光。そのまま数メートル飛ばされ、可憐のいる氷の壁に背中を直撃した。



「何故お前がこの曲を知っている。これは僕の演奏を可憐が初めて褒めてくれた曲だ。ネモフィラはEランクで知った。それが可憐の誕生花であり、花言葉でもあると。どちらもお前は関係ないだろ!」



 間髪入れずに弘孝はバイオリンを構え、演奏を開始する。魔力の込められた音色は光に直接当たり、全身に痛みを覚えさせた。



「がっ!」


 言葉にならない声をあげると、光は全身の痛みに耐えながら、魔力を使い、相殺を試みる。しかし、癒しの大天使ラファエルの魔力ではない光は、痛みを僅かに誤魔化す程度しか相殺出来なかった。



「特に皇帝円舞曲は僕にとって、かけがえのない曲だ。大天使の運命に踊らされているお前に奪われる訳にはいかない」



 弘孝が魔力で作り上げたバイオリンを一度消す。浅い呼吸の光に近付くと、今度は魔力を使って剣を具現化させた。両手で剣を持ち、剣先を光に向ける。



「弘孝君……」



 浅い呼吸の中、目の前の少年の名を呟く光。それを聞いた弘孝は殺意を込めた瞳で光を睨みつけた。



「光。僕はモロクになる前からお前が嫌いだった。ガブリエルとしてラファエルを愛する。それが暴走し、光明光として、可憐に執着しているようにみえていた。内心では、可憐に振り向いて貰えていない僕をほくそ笑んでいたんだろ」



 剣先を光の喉元へ僅かに触れさせる弘孝。触れた光の首には、僅かに血が流れていた。光はそれを全身の痛みに耐えられず、受け入れるしか無かった。



「違う……。ぼくは君をそんな風に思った事なんて一回もないよ。契約者としてではなく、人間として可憐と時間を共に出来てる君が羨ましかった……。ぼくは、弘孝君のような人間として——」


「黙れ! 運命に胡座あぐらをかいているようなお前にそんな事を言う資格はない!」



 光の言葉を途中で遮り、弘孝は喉元に当てていた剣を振り上げた。そのまま一気に振り下ろし、光を斬ろうとしたその時だった。


 弘孝の手首にルビーレッドの魔力が放たれ、直撃した。それにより、弘孝は剣を手放し、光への攻撃を強制的に中断される。



「んだよ。もうおっぱじめちまったんか。しかも、ガブリエルはジューショーかよ」

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