第192話 鎮魂歌+蝿の王(2)
まるで悪戯でもしている子どものような笑みを浮かべながら、皐月は剣を構える。皐月の言葉を聞いたジンは、魔力と呼吸を整えながら首を傾げた。
「はぁ? ドーゾクケンオ? 悪魔と天使って時点でそれはちげーだろ」
制帽がなくなり、ジンの視界が広がる。目の前で笑う蝿の少年に、殺意を込めながら剣を構えた。しかし、皐月は、そんなジンを気にも止めずに、小さく笑い声を出した。
「ふっ、学がないなー」
「うっせぇ! アレか? アタッカーってのがお互いに被ってムカついてんのか?」
皐月の煽るような言葉に、ジンはルビーレッドの魔力を剣に纏わせ攻撃した。感情に任せて剣を振り回しているので、皐月に簡単に避けられていた。
「あー、それも無いことはないけどさー、もっと別の理由ー」
ジンの攻撃を身体を左右に動かしながら避ける皐月。
「ジレってぇなぁ」
皐月の言動に苛立ちを覚え、更に雑に剣を振り回すジン。皐月は、それをまるで先が読めているかのように無駄のない動きで回避していた。
「まずさー、オレとお前は
兄貴という言葉に、ジンの脳裏に弘孝の姿が横切った。どこかで見覚えのある彼の顔は、儚い笑みを浮かべていたが、ジンはそれを皐月に剣を振る事により、脳内から無理やり追い出した。
「は? モロクに? 確かに、生前のオレとは知り合いだったみたいなフインキだったが、全く覚えてねぇ」
転生してからは、初対面のはずだったが、見覚えのある容姿。そして、ジンの脳裏に横切るのは、転生後に見せた弘孝ではない、儚い笑み。それが、誰に向けての笑みなのかは、想い人が既に消えたジンには分からなかった。
「兄貴ってさー、本当に稀に見る綺麗な混血なんだよなー。オレみたいに、天使と悪魔の割合が綺麗にならないのが普通ー。んで、お互いの血が喧嘩して、苦しみながら生きるってのが当たり前でー。結局は魔力の関係で短命なんだよなー。だけど、兄貴はそれを経験しないで生きていけるー」
やや動揺するジンに対して、皐月は淡々と語っていた。六枚の虫の羽を動かしながら、ジンの攻撃を避ける。一枚は負傷していたが、ジンの単純な攻撃を避けることは容易かった。
「それがどうした」
突然語られた混血の契約者に、ジンは一度剣を大きく振り払った。皐月はそれを避けるのでは無く、魔力を使って具現化していた剣を使い、受け止めた。
「それって、同じ混血からしたら、すっげー憧れるんだよなー。魔力の量も質も桁違いだしー。そりゃオレの親も期待するよなー」
剣と剣がぶつかり合う金属音が二人の耳を支配する。皐月の意図の分からない言葉に、ジンは舌打ちで返事をした。
「混血の話はカンケーねぇだろ」
舌打ちをしながら睨みつけるジンに、皐月は軽く剣を振り回した。すると、ジンの睨みつけていた視線が、皐月の剣へと向けられ、受け止める事に集中する。
何度かそれを繰り返した時、皐月は再度口を開いた。
「んで、こっからがお前ー。どんな感じで兄貴と一緒に居たのか、知らねぇけどさー、あの性格の兄貴だからカリスマ性もある訳でー、色んな人に好かれるしー、尊敬されるって感じでさー、お前はそれに憧れてるって考えたんだよなー」
オレの憶測だけどねー、と付け足し、軽く振り回していた剣を、一度だけ大きく本気で振り下ろす皐月。ジンはそれを剣で受け止めた。お互いの魔力が剣の重なる部分で混じり合い、相殺される。
皐月の言葉を聞いたジンは、半分呆れるように舌打ちをした。
「何度も言わせるなよ。オレは既に転生して、戦いの大天使ウリエルとして生きてんだ。生前の記憶なんてこれっぽっちもねぇから、ンなこと言われても、全く響かねぇよ」
剣に意識を集中させ、皐月が剣に纏わせている魔力以上に自身の魔力を纏わせるジン。皐月はそれを察して、ジンと同じ量の魔力を剣に纏わせ、相殺させた。
二人の魔力が混じり合い消えるその光景は、先程皐月が言っていた綺麗な混血の魔力を、ジンにイメージさせた。
「そして、次が本命ー。オレとお前、好きな人一緒だったんじゃないかなって思うんだよなー」
一度重ねていた剣を離し、剣に纏わせていた魔力を解除して皐月はジンと距離を置いた。
皐月の言葉を聞いたジンは、今まで以上に眉をひそめ、首を傾げていた。
「は? スキナヒト? アイニク、オレは既に転生して、人間の記憶がねぇんだ。オマエが色々言ったところで、なーんにもコッチに響かねぇんだよ」
ジンは皐月に向かって何度目かの舌打ちをすると、一度深呼吸をした。今まで剣をぶつけ合っていた事により乱れた呼吸を整える。魔力の無駄使いを回避する為に、剣に纏わせていたルビーレッドの魔力を消した。
「へぇー。これだけヒントになる奴が沢山いるのに、思い出す事は無いんだなー」
互いに魔力を温存するように、剣に纏わせていた魔力を消すと、両手に力を込め、剣を構える。どちらかが先に動けば、再度戦いが始まる事を意味していた。
「……。ショージキ言うなら、見覚えがある程度で、それが、いつの記憶か、オレが人間の時の記憶なのか、分かんねぇよ」
視界を僅かに妨げる前髪を、首を雑に動かしながら退かすジン。制帽を落としたことにより、彼の顔が皐月の瞳にはっきりと映り込む。
「ふーん。じゃあ、ベルフェゴールの名前もそんなにピンと来ないのも納得だなー。オレとお前の好きな人ー」
皐月の視線が、ジンの頬の傷跡に移動する。ベルフェゴールの魔力と魂が完全に消えた事を察知した時、皐月の動いていない心臓に穴が空いたような感覚に襲われていた。その理由を理解した時、皐月を支配したのは、復讐心よりも嫉妬心であった。それが目の前のウリエルとなった男が原因となると、殺意以外の感情が表に出ることは無かった。
「はぁ? 天使になるような人間が、悪魔にホレるわけねぇだろ。それに、モロクの名前である、ヒロタカ? は何となく頭に引っかかるけどさ、それ以上は何も思わねぇよ」
皐月が数度、スズの悪魔としての名を呼ぶ時、ジンの脳裏に金髪の少女が僅かに横切る。それが誰なのか、そして、何を意味するのか、目の前で第一地獄の地獄長を相手にしているジンにとって、興味が無かった。
「それに、オレの中にある記憶は、ウリエルとしての記憶だけだ。悪魔の名前が分かるのは、そのオカゲなだけであって、ベルフェゴールがどんな見た目かなんて全然覚えてねぇよ」
自分でも一度だけ悪魔の名を口にするジン。しかし、それによって何か思い出せるものは、何ひとつも無かった。未だに脳裏を僅かに横切る、金髪の少女を振り払うように、ジンは剣を構え、皐月を睨みつけた。
「あー、そーゆーことねー。じゃあ、オレが今まで話したのは一切覚えてなくてー、オレは関係ない人に話してる感じかー。それは面白くないなー」
うーん、と首を傾げながら、考える仕草をしながらも、皐月の右手には剣が握られていた。ジンの攻撃によって凍っている一枚の虫の羽の凍る範囲が広がった。それを見た皐月は、一度羽からジンへと視線を動かし、ゆっくりと口角を上げた。
「あー、じゃあ、こう呼べば思い出すかなーベルフェゴールじゃなくて——」
「ウリエル!」
皐月の言葉を遮るように聞こえたのは、回復を終えた猛の声だった。剣を振り下ろし、皐月を攻撃したが、皐月はそれを間一髪で羽を羽ばたかせ避けていた。
「ミカエル!」
猛の隣に移動し、剣を構えるジン。それを見た猛もまた、剣を構え、皐月を睨みつけていた。
「遅くなってすまない」
短い謝罪を口にすると、猛は剣に意識を集中させ、コバルトブルーに近い紫色の魔力を剣に纏わせた。
それを見てきた皐月もまた、剣に闇と毒を混ぜたような色をした魔力を纏わせていた。六枚の虫の羽が不快な音を立てながら羽ばたいていた。
「ちぇー。ミカエル復活かよー。じゃあてきとーにウリエルを先に
舌を出しながら、挑発的な笑みを浮かべる皐月。しかし、猛は皐月の挑発に乗ることはなく、淡々とした口調でジンに話しかけた。
「ジン……ウリエルは落ちていった磯崎を探してくれ。流石にガブリエルとラファエルの器だけでは、サタンと同等の悪魔を相手にするのは不利だ」
言葉はジンに向けていたが、視線は皐月から外さない猛。皐月の挑発的な笑みは、どことなく弘孝に似ていて、猛の脳裏にEランクで過ごした日々が横切った。しかし、目の前にいるのは、悪魔としてのみ出会っている少年であり、弘孝ではないと自分を言い聞かせると、剣に纏わせている魔力の量を増やした。それにより、ジンたちと同じ大きさの剣が、やや大きめの剣へと変わった。
猛の言葉を聞いたジンは、六枚の白い翼を大きく羽ばたかせ、剣とそれに纏っていた魔力を消した。
「りょーかい。まぁ、ちょっと、ベルゼブブはオレが相手してぇけど……。それ以上にあのモロクは、なーんかオレと、インネンがありそーだもんな。」
ジンは視線を猛から皐月へ移動させた。先程と変わらない挑発的な笑みを浮かべている彼と、弘孝の姿がジンも無意識に重ねていたが、本人は気付いておらず、可憐が落ちていった方向へ身体を向けた。
「えー、オレはミカエルよりも、
二人の会話を聞いていた皐月が剣先を猛に向ける。殺意を向ける相手もジンから猛へ変え、剣に魔力を纏わせた。
「ソーシソーアイな所残念だが、オレはガブリエルのスケットに行くぜ。……ミカエル、この礼は必ず返す……!」
無意識に礼を返すと口にすると、ジンはそのまま翼を動かし、可憐たちが向かった先へと滑空した。ジンの言葉の意味を唯一理解している猛は、ジンの姿が消えるのを確認すると、コバルトブルーに近い紫色の魔力を更に剣に纏わせた。
「あーあー。行っちゃったなー。まぁ、それくらい余裕がある方が、第一地獄の地獄長として、いい感じになりそうだからいいかー。それに、ミカエルを殺したら、あの方が褒めてくれるしー」
皐月もまた、ジンの姿が消えたのを確認すると、一度視線をジンの攻撃によって凍りついた羽に移した。それに殺意を覚えると、そのままその殺意を猛に向ける。悪魔としての魔力がそのまま身体の周りを包み込み、大天使ではなければ戦意喪失しているであろう悪意と殺意が猛を襲った。
しかし、猛はそれを僅かな冷や汗のみの反応で返し、意識を剣に集中させた。すると、コバルトブルーに近い紫色の魔力が更に剣を包み込み、最終的には猛と変わらない程の背丈の大剣へと変化していた。
「蝿の王……お前は俺が裁く!」
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