第60話 狂想曲+フェミニスト


 春紀に魔力を送ったのは光だった。張り付いた笑みを浮かべていたが、その笑みには殺意と嫉妬が込められていた。そんな光を見た春紀はくすりと笑うと、ゆっくりと可憐から離れ、立ち上がった。



「これはこれはガブリエル様。お久しぶりです」



 一礼し、微笑む春紀。二人の笑みに親しみという文字は無かった。



「どうして君がAランクにいるのかな? 君はDランクで仕事だったよね?」



 いつも以上に張り付いた笑みを浮かべる光。答えによっては攻撃するという意味が込められていた言葉に、春紀は魔力を使い、自分の武器である黒い拳銃を具現化させることにより敵意を伝えた。五十口径のガス圧作動方式の自動拳銃が光の心臓を狙う。



「私は優秀ですから、契約は直ぐに終わりましたよ。ガブリエル様こそ、可憐さんを放置してミカエル様と戯れているなんて邪道だと思いますが……」



 あくまでも自分のルックスを崩さないように敵意を込めて笑う春紀。彼の美意識の高さは可憐にも分かった。



「可憐が一人にしてって言ったんだよ。それくらい察することも出来ないの?」



 春紀のプライドを傷つけるように言葉を選ぶ光。



「女性の言葉には時に真逆の意味が込められているのを知らないのですか?使ガブリエル様」



 銃口を光に向ける春紀。それを見た可憐は慌てて立ち上がり、二人の間に入った。



「あなたたち、何をやっているの」



 冷静な可憐の声に二人の怒りは静まり、春紀は拳銃を消した。



「今は争っている場合ではないでしょ。それに、彼は味方よ。なぜそんな態度をとるの? 光」



 可憐の言葉に光は一度視線を逸らすと、再び春紀を睨みつけた。




「ぼくはただ、花の契約者のやり方が気に入らないだけだよ」



「花の契約者?」




 先程から光の言葉が気になり、復唱する可憐。彼女の反応を見た光はため息をついた。



「彼の別名だよ。彼は花から魔力をもらっているから人間との契約が必要ないんだ。だから猛くんの次に長生きしている契約者でもあるし、唯一単独行動が認められているんだ。そして、ぼく、大天使ガブリエル直属の熾天使でもあるんだよ。自己紹介もしてなかったの?」



 嫌味も忘れずに言う光に可憐はため息をつきながら春紀を見た。それと同時に解決した先ほどの違和感。それは、春紀が古株である故に感じた独特の魔力。猛のように長年生き続けることの苦痛を知っている春紀の笑みは、どこか悲しみが込められていた。


 そして、ふと思い出したサキと弘孝の姿。彼女もウリエル直属の熾天使であり、生真面目な性格はどことなく弘孝に似ていた。先程の春紀と光のやり取りを振り返り、可憐の頭の中に類は友を呼ぶという言葉が全てを物語っているかのような感じがした。



「女性に自己紹介をしないほど私は無礼な契約者ではありませんよ。ただ、花の契約者という別名はあなた方が勝手に付けた名前ではありませんか。そこまで説明する必要は無いと判断しただけですよ」



 再び右手に魔力を集中させ、拳銃を具現化させようとする春紀。しかし、それは可憐が春紀を見るという何気ない行動によって阻止された。



「……。ここまでラファエル様に似ている人間がこの時代に存在しているなんて……。神は一体なにをお考えなのでしょうか」



 春紀が無意識に呟いた言葉は光には届かなかつた。聞き取れた可憐は意味を理解出来なかった。



「ところで、どうしてあなたはAランクに来たの?」



 可憐の質問により、二人の喧嘩は一時休戦となった。魔力を消し、微笑む春紀。



「簡単なことですよ。サタンが目覚めた今、大天使様のお手伝いをするのは、熾天使としての使命ですから」



 胸に手を当て、誓いをたてるような仕草をする春紀。彼の天界と大天使への忠誠は、以前可憐が出会ったアリエルとは違った意志の強さを感じさせた。



「私が契約しないから周りに迷惑をかけているのね」



 可憐の自虐的な言葉は光と春紀の時間を止めたような感覚にさせた。可憐が負の感情を負う時に感じる微かな悪魔の魔力。それが何を意味しているのか理解している春紀は自分の左手をきつく握り締めた。



「可憐は何も悪くないよ」



 光の両手が可憐の右手をそっと握り締めた。再び触れられた冷たい手は可憐に優美の死体を思い出させた。



「光……」



 優美の死体と同時に思い出したのは最後に会った生きている優美だった。可憐にのみ分かるように言った一言が可憐の頭に直接響いた。



「悪いのは、この世界だよ」



 いつもより少しだけ声色が低くなった光。それは春紀の耳にも届き、彼の顔から笑顔を遠ざけた。それを隠すように春紀は無理やり口角を上げ、両手を軽く叩いた。



「ほら、逢い引きはそこまでにしてください。美しい可憐さんが、ガブリエル様で台無しです」



 嫌味を忘れずに言う春紀に半分呆れながら可憐は光の手を払った。



「誰が逢い引きなんて……」



 万人が本音だと分かる声色で春紀の言葉を否定する可憐。それを聞いた春紀は一度目を軽く見開いた。



「おや。可憐さんはガブリエル様の事が嫌いなのですか?」



 春紀の言葉に光の表情が固まった。春紀が嫌味を込めて言っていないと分かっている光は、ただ、天界で可憐が言った一言を思い出し、鉛を心臓に埋め込まれたような感覚になった。



「当たり前よ。私は、死体に恋するほどお人好しじゃないの」



 再び光を苦しめた言葉は、春紀の頭からある答えを導き出した。しかし、それは、口には出さず、ゆっくりと拳を握り締めることにより相殺した。



「そうですか。しかし、死体もあなたと同じ感情があることを忘れないでくださいね」



 無理矢理笑顔を作り、可憐に微笑む春紀。可憐はそんな春紀からゆっくりと視線を逸らした。


 そんな可憐に春紀はどこからか一つの小さな花を取り出し、可憐の右手にそっと乗せた。



「人間と契約者の違いは心臓が動いているかどうかという所だけですから、こうやって花を美しいと思いますし、人間を愛おしいという感情もあります。ただ、老いと死を知らないだけなのです」



 春紀が可憐に渡した花は紫陽花の一部だった。しかし、紫陽花が絶滅した世界に生まれた可憐には春紀の本音が伝わる事は無かった。



「老いと死を知らないね。確かにそれは同感するよ」



 光が二人の間に入る。同時にふと可憐は光の手首を見た。そこにはあるはずのブレスレットは無く、微かに魔力が溢れていた。それを光に伝えようと可憐が口を開いた瞬間、春紀が先に口を開いた。




「契約者になるということは、人の運命から離脱するということですから」




 儚く笑う春紀。その笑みは、可憐から発言力を奪った。春紀が見せる表情は、可憐の何倍も生きている証拠であった。


 その時、再び嫉妬が混ざった魔力を可憐は感じた。


「可憐から離れろ! ペテン師!」



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