第4章 狂想曲+序曲
第55話 狂想曲+死
翌朝、母親の涙を拭った可憐は、自分の涙を無理やり枯らして登校した。
冷静に考えてみれば、人間の思考回路を操作していた猛が黒服との会話を予想していなかったかのような態度を取っていたのはおかしいのではないか。
それが関係するならば、父親のみが帰ることが出来なかったのが理解できる。可憐なりに考えた結果は、猛が操作する前に誰かが操作していたということだった。それが優美なのか七海なのか吹雪なのか猛に聞きたかった。
今、自分が出来ることは、冷静に考え、真実を導き出すことだと理解した可憐は、まず猛に自分の考えを伝えなければならなかった。そのため、行かないでと懇願する母親に反抗しながら可憐は家を出て行ったのだ。Aランクでの初めてのわがままは、母親をどれだけ苦しめたか可憐は耳を塞ぎたい気持ちを抑え、家のドアを閉めた。
それから一人で早歩きで学校の正門をくぐった。この国の理不尽さを知って初めての登校。
何も知らないでただ勉強をしているクラスメートを見る目が変わるのかと心配しながら可憐は教室の扉を開けた。そこには、クラスメートの姿。しかし、契約者たちの姿は無かった。
この数日間の行動を聞かれたときの為の嘘を考えながら、可憐はいつもの席に座った。猛はきっと私用で遅れていて、光はそれに付き合っていると自己解釈しながら教科書を取り出した。
誰一人口を開かない教室に可憐は違和感を覚えた。最初は可憐が久しぶりに登校したことに驚いて口を閉じたのかと思っていた。しかし、妙に空気が重い。普通なら可憐に話しかける人物がいたっておかしくない。しかし、今は逆に可憐に誰も話しかけようとしない。自分がいない間に何があったのか。
可憐は近くのクラスメートの少年の肩に触れた。その光景を全員が申し訳なさそうに見ていた。
「ねぇ、何かあったの?」
可憐の言葉に少年は怯えるように肩を上げた。いや、少年は可憐に話す言葉が見つからない為、肩を上げるという動作しか出来なかったのだ。それに不信感を覚えた可憐は視線を少年に合わせるように腰をかがめた。そのまま魔力を使い、少年を見た。しかし、可憐の魔力ではなにも見えなかった。
「……。やっぱり可憐は何も知らないのか」
少年は俯いた。可憐はゆっくり首を傾げた。
「そうだよな。一週間近く休んでたもんな」
言い出さない少年に可憐は少しイラつきを覚えながら少年の手首を握りしめた。
「私が知ったら困ることなの?」
可憐の言葉にクラスメート全員が目を見開いた。それに気付いた可憐はため息をついた。
「そこまでみんなが口を閉ざすならば、私は、深入りはしないわ。優美は今日も休みよね」
そのまま少年に背中を向け、席に戻ろうとした時、少年は可憐の手首を掴んだ。
「待って。可憐に知られたら困る事なんかじゃない。逆にこれは、可憐が知らなければならないことだ」
そこまで言うと、少年は一度深呼吸をした。この時可憐は優美が悪魔になったことが知られたのかと思った。それならば、親友が悪魔になったという事実が休んでいた可憐に突然知らされたら困ることくらい可憐も理解している。
しかし、優美が悪魔になったことを知る機会がクラスメートには無い。逆にこのランクだと天使や悪魔といった非科学的な存在は、リアリストの集団には受け止めることが不可能に近いだろう。では、可憐たちがEランクに行っていたことが知られたのか。
それならば、Eランクの現状を知りたいと言いだすだろう。それが罪となるかもしれないと恐れているのか、それとも、ダストタウンで過ごした人間と勉学を共にしたくないと転校を促すのか、考えれば考えるほど、謎は深まった。
「私が知らないといけないこと?」
考えるのは時間の無駄だと判断した可憐は、少年の言葉を復唱することで、早く続きを話すように促した。それを察した少年は、可憐に視線を合わせた。
「可憐、よく聞けよ」
再び深呼吸する少年。その後は、可憐から視線を逸らすことは無かった。
「優美が死んだんだ」
時間が止まったような感覚だった。可憐は、言葉の意味を理解するのに数秒の時間を使った。そのあと可憐は気持ちを言葉にする前になぜか口角を上げていた。
「嘘よね。私、この前優美に会ったのよ。笑ってたのよ! 私に触れたのよ! 死ぬ理由が無いわ!」
言葉が途中から荒くなる可憐。その光景をただクラスメートは黙って見ていた。
「何かの間違いよ。死因は? 死体は? 口だけでは私はもう信じないわよ」
狂ったように高らかに笑う可憐。その顔に涙は無かった。
「……。自殺だよ。可憐が居ない間に登校しない優美を心配して家に行ったら、首を吊って死んでたの」
クラスメートの少女が可憐の前まで歩いた。彼女が目撃者なのだろう。
「それはいつ?」
先ほどとは真逆に冷静に尋ねる可憐。彼女の心理状態を理解出来ない少女はゆっくり言葉を選びながら話した。
「
クラスメートが優美の死体を見た日は、可憐が優美と会った日だ。Eランクから魔力を使い、Aランクに移動し、自殺した。しかし、優美は悪魔となった。光の言葉が悪魔にも共通することならば、これは、死後、人間としての制約を失い、サタンとして自分を襲いに現れることを意味している。可憐は首をゆっくり縦に振った。
「そうね。優美はみんながいたほうが幸せよね」
優美や自分たちが契約者の争い事に巻き込まれていることを隠すのが精一杯だった。可憐はなるべく冷静を装うとしたが、それが逆にクラスメートに不信感を感じさせた。
「ねぇ、可憐は悲しくないの? 優美が死んだんだよ。どうして泣いてないの?」
「え?」
不意の質問に可憐は、自分が自分らしくないことをしていることに気付いた。
事情を知らないクラスメートは、親友を失ったなら、普通は涙を流すと考えるのが妥当だ。しかし、今の可憐は優美が死んでいないことを確信していた。それ故、涙を流すことが出来なかったのだ。
「それは……」
誰もが納得する理由を考えるため、可憐はクラスメートの質問に答える事が出来なかった。妙な間に違和感を覚えたクラスメートはもう一度同じ質問をしようと口を開いた時、教室の扉が勢いよく開いた。
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