第54話 大天使+地獄長
可憐の行動を猛は教会で見ていた。魔力を使い、四角形の画面を作り、彼女の様子を見ていたのだ。
黒服たちから解放された後、猛は可憐に聞きたいことがあったが、可憐が無言のまま姿を消したので、最悪の事態を予想した猛は、教会に戻り可憐を監視していたのだ。光がこの事を知ったら争いになるのは簡単に予想出来たので、彼には魔力の後処理をすると言って別れた。
「……。おかしい……」
猛が魔力を使い、操作した内容と今の可憐の周りで起きていることが一致していないのだ。
猛は可憐のことを考えて、父親も母親も家に帰らせるようにした。しかし、家に帰れたのは母親だけだった。
いくら猛が吹雪との戦いで魔力が減っていたと言っても、人間に魔力を送ることが不可能なくらい疲れてはいなかった。
「俺の魔力が邪魔されたと言うのか」
パソコンのキーボードを打つように指先に込めた魔力を高速で映像に送り込む。そこには働き続ける可憐の父親の姿。
笑顔で会話には参加しているが、一瞬のため息には娘を思う父親の顔を映していた。彼の周りには吹雪の魔力がまとわりついていたが、猛の目では見えなかった。しかし、長年吹雪と戦い続けているので、第六感が魔力の存在を知らせていた。
猛は目を凝らして可憐の父親を見ていたが、いくら魔力を見ようと意識を集中しても猛の力では天使の魔力なのか悪魔の魔力なのかすら見ることは出来なかった。
「やはり光を呼ばなければ見えないのか」
拳を握りしめ、机を叩く猛。
この時、扉の方から気配を感じた。
「光と何かあったのか?」
声に反応し、扉に視線を向ける猛。そこには女装した弘孝の姿があった。
「弘孝……」
弘孝は無言で猛に近づき、机の上に座った。猛の魔力で出来た映像を見る弘孝。そこには可憐の父親が無表情で試験管に薬品を入れていた。
「別に。あいつが感情を爆発させないように俺が個人的に調べ物をしていただけだ」
猛の言葉と先程の映像で何となく理解できた弘孝は鼻で笑った。
「力を分散しろと言ったのは確かラファエルだったな」
弘孝の長い髪が揺れる。ルビーレッドの魔力と共に悪魔としての魔力が微かに漏れていた。
「そこまで記憶を見ているのか。二千年以上経った今では、そんな思い出話をする相手すら居なくなっていたな」
笑う猛。その笑みは弘孝が夢で見たミカエルそのものだった。
「力を分散しなければ、ルシフェルのように慢心を生む契約者が再び生まれる。魂を解放し、裁きを行うミカエル。戦の先陣を切り、裁きを行うまで悪魔を弱らせるウリエル。戦いで傷ついた天使を癒すラファエル。そして、守るべき人間たちを慈しみ、全てを愛するガブリエル。互いが互いを補う存在だ。人間界へ降りる時も、単独での契約を禁止した。このような決まり事を作ったのは全てラファエルだった。そして、一番に賛同したのはミカエル。お前だった。僕は……ウリエルは最後まで反対した」
足を組む弘孝。ワンピースから華奢できめ細かな肌の足が微かに顔を出す。
「兄さん……。ルシフェルは俺たち大天使の全ての力を独占し、堕落した。このような契約者を見るのはもう限界だった。だからラファエルの意見に賛同しただけだ」
猛の姿が大天使ミカエルと変わった。一人だけ見た目が変わらない契約者は女装した少年を見つめた。
「確かに、力を一人の契約者が独占したら神を超えようとし堕落する。しかし、ルシフェルが……サタンが復活したら誰が止めるんだ。僕たちが全員契約者になっていたら話は別だが、極論、ミカエル一人ならば絶対に勝てない。僕はそれを恐れて反対したんだ」
弘孝は机から降り、教会にあった一冊の本を拾い上げた。表紙はボロボロになっていて題名すら読むのが困難なその本を開く弘孝。幸い、日本語で書いてあったので、汚れて読めない部分は何となく前後の文で想像出来た。
「人間には戦いの後までは教えていない。いくら人間の書物を読んでも得るものは何も無いぞ」
視線は可憐の父親に向けながら話す猛。再び魔力を高速タイピングするように送り込んだ。
「僕が知りたいことは戦争の事ではない。あの地獄長のことだ」
弘孝の言葉に猛の指先の動きが止まった。それと同時に猛が作った魔力の画面が消える。
「南風だと……」
立ち上がり、弘孝の隣に向かう猛。弘孝は猛に持っていた書物のとあるページを猛に見せた。そこにはルシフェルともう一人の悪魔の姿。沢山の堕天使や悪魔がルシフェルに頭を下げる中、たった一人だけ、ルシフェルと同じ視線だった。
「この悪魔があの地獄長の正体だと僕は考えた」
ルシフェルの隣にいる悪魔は、剣を取り出し、忠誠を誓う悪魔たちを見下していた。どことなく吹雪に似ている容姿に猛は目を逸らすことが出来なかった。
「なんだ、この悪魔は……」
弘孝から本を奪い取り、吹雪に似た悪魔を見る猛。それを見た弘孝は過去、父親に教えられたら内容をそのまま引用した。
「ルシフェルと共に第一地獄を支配していたもう一人の地獄長、モロク。あいつは悪魔の中で、唯一サタンと同等に話が出来る」
弘孝の言葉を聞いたとき、猛の目が見開いた。自分が知らない情報を知っている少年。これが純血と混血の差であろうと実感した。
「サタンが絶対ではないということか……。それならばあの異様な魔力の辻褄が合う」
勢いよく本を閉じる猛。本の隙間に眠っていた埃が勢いよく舞った。
「その悪魔について、他に知っている事は無いのか?」
本を弘孝に渡し、視線を弘孝に合わせる猛。大柄の猛が隣にいるので、そこまで小柄ではない弘孝が小柄に見えた。
「……。それは言えない」
予想外の返事に猛は自分の魔力を指先に灯した。そのまま弘孝を本棚に押し付け、逃げ場を奪った。
「お前はこの魔力を使う限りこちら側だ。なぜ言えない」
怒りに近い猛の感情により、猛の指先に灯されている魔力が研磨された石のように鋭くなった。
「確かに僕は
研磨された猛の魔力が弘孝の喉元に触れた。弘孝の混血の血が喉から流れ落ちる。しかし、弘孝は獣のように自分を見る猛に怯まなかった。それが彼なりの覚悟と懺悔だと分かった猛は、魔力を消し、弘孝から離れた。
「僕はお前たちを裏切らない。しかし、悪魔との制約も守らなければならない。これが純血と混血の差だ」
弘孝は猛の手首を掴んだ。微かな量だが、悪魔の魔力が弘孝を通じて猛に染みた。
「混血か……。ウリエルが最も苦手な契約者だったな」
鼻で笑う猛。弘孝の悪魔の魔力は猛の魔力により簡単に相殺された。
「それも夢で知った。天使でもあり、悪魔でもある契約者は逆に言えば、天使でもなければ悪魔でもない。罪の重さも変わるのかウリエルは一人で悩んでいたさ」
甲冑で全身を隠した契約者の姿が弘孝の脳裏を横切った。剣を地面に突き刺し、堕落した仲間に対しての怒りを無理やり静めるウリエル。彼の微かに見える目尻には涙があった。
「随分鮮明に覚えているな、弘孝は」
小さく笑う猛に弘孝は儚いため息で返した。
「両親が契約者なら子が契約者としての素質があるとわかった途端、教え込まれるのは知らないのか?
僕の場合、父親にはサタンへの絶対的な忠誠。母親には四大天使への協力とサタン復活の阻止を嫌でも教えられた。魔力の使い方は僕を人間として育てたかったのか知らないが、一切教えてくれなかった。ま、ウリエルの記憶とダストタウンでの生活で必然的に魔力をコントロールする術を学んでしまったがな」
弘孝の長い髪が揺れた。冬の風は無風の室内ですら冷たくし、薄着の弘孝の体温を容赦なく奪う。
「では、なぜあの時磯崎から説明を求めたんだ?しかも、お前は魔力を知らないふりをした」
冬の冷たさ以上に冷酷な目で弘孝を見る猛。弘孝はそんな猛を笑った。
「簡単だ。僕は可憐が大天使ラファエルになることをずっと前から知っていた。しかし、それを可憐が知ったらどう思う? 可憐の事だ、自分は大天使ラファエルになる天命だから僕が可憐に近付いたと勘違いするだろう。僕はそれが嫌だったんだ。僕が混血であり、可憐が最も嫌う非科学的な存在と分かった途端、きっとあいつは、僕から離れる……」
弘孝は自分の気持ちを半分だけ述べた。
本当は、弘孝が可憐の運命に気付いたのは可憐と出会ってしばらく経ってからだった。それと同時に自分の気持ちを伝えることが出来ない運命も理解した。猛と光の姿も記憶にあったので初めて会った時から信頼していたが、可憐に気付かれないように敵意を飛ばした。全ては自分が可憐と同じ人間であれるよう演じるために行ったことだった。
それを悟ったのか、猛は自分の上着を脱ぎ、弘孝に着せた。存在しない肉体なのに上着には温もりがあった。
「磯崎はそれくらいで弘孝を軽蔑しない。それくらい幼なじみのお前なら分かるだろ。今は再会出来た奇跡を噛み締めるのが一番幸せだと俺は思う」
猛なりの励ましの言葉に弘孝は思わず吹き出してしまった。ウリエルの記憶のミカエルと全く同じなのは当たり前だが、微妙な変化が新鮮だった。
「そうだな。確かに可憐はこんな容姿の僕を無条件で受け止めてくれた。今更何を言っても僕には変わりないと言って微笑んでくれるだろう。ありがとう、猛。それと、随分人間臭くなったな、ミカエル」
猛から借りている上着を握りしめる弘孝。弘孝にしては大きめの上着は猛の屈強さと弘孝の華奢さを表現するには充分だった。
「人間臭いとは失礼だな。俺はただ、人間の感情を理解しようと努力しているだけだ。人間になりたいと思った事は無い」
猛は弘孝の喉元に触れた。止血していたが、流れた血は固まっていなかった。しかし、猛が触れた途端、血は光りとなって消えた。
「僕は人間になりたい。生まれ変われるならば、契約者と無関係な人間として生まれ、可憐に会いたい」
弘孝が無意識に呟いた言葉に、猛は目を見開かせた。瞬間、彼の脳裏に光の姿が横切った。
「そうか……」
なるべく無関心に聞き取れるように猛は小さく返事した。幸い、教会の中は薄暗いこともあり、弘孝には顔を見られることは無かった。
「そろそろ、僕は失礼する。ジンたちを待たせているし、施設を管理している僕たちの親代わりの人の目を盗んでここまで来たんだ。そろそろ咎められそうだ」
上着を脱ぎ、猛に返す弘孝。冬の寒さが再び弘孝を襲ったが、猛の上着で体温が上がっていたので寒くは無かった。
「昇格早々抜け駆けとは、勇者だな」
猛の言葉に弘孝は人間らしく笑った。
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