第51話 塵街+終息。
右手を自分の心臓の位置に当て、弘孝の前に忠誠を誓うように座るアリエル。甲冑が金属音を出す。状況を理解出来ていない弘孝はただ目を泳がせていた。ジンやアイ、ハルはただ呆然と目の前の光景を眺める事しか出来なかった。
「ウリエル班。昔ウリエルから聞いた事がある。天界戦争の時、天界に侵入した堕天使たちを先陣を切って倒したという戦闘に長けた契約者たちの集団」
「ご名答です。ミカエル様」
方向を簡単に猛に向け、頭を下げるアリエル。猛の言葉に光も古い記憶を思い出したように指を鳴らした。
「なるほどね。君は契約者だったから猛君……、ミカエルの契約が無効になったんだ。それなら早く言ってくれればよかったのに。心配して損しちゃったよ」
先程の怒りが恥ずかしくなり、笑ってごまかそうとする光。そんな光に生真面目なアリエルはさらに深く頭を下げた。
「申し訳ございません、ガブリエル様。私の目的はウリエル様の契約とそれを妨げる悪魔の排除。あの悪魔に私の正体を知られないように最善を尽くした結果です。お怒りならばどうぞお咎め下さい」
あまりにも深々と頭を下げるアリエルに光も戸惑いを隠せずただ両手を忙しく振っていた。
そんなアリエルを可憐はずっと見ていた。知り合いではないのに見覚えがある。有名人かと思い、報道などでよく見る顔を思い出していたが、このような生真面目な人物は居なかった。いったいどこで見たのだろう。電子書籍などの登場人物と似ているだけなのだろうか。そう思い自分が読んだありとあらゆる書籍を思い出す。しかし、思い出すことはなく、だんだん歯痒くなってきた。
「そんな咎めるなんて、天使であるぼくが出来るわけないよ。ほら、頭を上げて」
(オレやリーダーをトガメタのは間違いなくその天使だったぞ。)
ジンはそう内心呟くと、弘孝に視線を移した。顔はアリエルを見ていたが、視線は一人考え事をするように腕組みをする可憐に向けられていた。
(こんな状況でも好きな女しか見る事が出来ねぇのか)
半ば呆れながらもジンの頭の隅にはスズの顔があった。スズが笑顔を見せる時は決まって弘孝と自分が一緒にいた時だけだった。しかも、その笑顔は自分ではなく、弘孝に向けられていた。
「大天使様方に頭を上げるなどそんな恐れ多い……!」
「ほら、ぼくらここでは同じ人間なんだから、ね?ほら、猛君も何か言ってよ。」
「こんな状況にしたのはお前だろ、光。俺は関係無い」
猛に責任転嫁しようとしたが、猛はあっさりとかわしたため、光は逃げ場を失った。それを笑って見ているアイとハル。
先程の緊迫した空気が嘘のようだった。問題が解決したからだけなのかジンには分からなかった。
「うーん……」
未だに思い出せない可憐は歯痒さがだんだん苛立ちに変わるのを感じた。光たちのやりとりを見ながら必死に頭の中を整理する。有名人でもなければ、小説の登場人物でもない。
幼い頃に会っただけの知人なのかと思い、自分の過去を振り返った。時折、アリエルの甲冑の音が耳に入る。
甲冑の音と過去が重なった時、可憐の頭の中で衝撃が走った。偉人だ。アリエルは偉人の誰がなのだ。そして、可憐の知る偉人の中でこんなにも勇ましく、凛々しく、甲冑が似合う女性は一人しかいない。
「ジャン……!」
ジャンヌ・ダルク。そう思わず口にしそうになったところを可憐は慌てて口を手で押さえた。名前を言ったら生前の記憶を思い出し、契約違反者となり、魂を解放しなければならない事を思い出したのだ。しかし、名前の途中まで大声で口にし、しかも慌てて口を両手で塞いだため、全員の視線が可憐に集まった。注目の的となった可憐の顔が真っ赤になるのが彼女自身でも分かった。
「どうした、磯崎。そんな大声をだして」
首を傾げる猛。普段なら光が可憐のリアクション担当だが、光は口元を押さえ、赤面する可憐をただ見ていた。ただ、両腕が小刻みな震えていたことが、光の理性が崩壊寸前なのを物語っていた。
光と同じ行動をとっている弘孝も同じだ。赤面する可憐を見て赤面する二人。二人の脳内はシンクロしているかのように同じような事を考えていた。
(可憐可憐可憐。そんなに真っ赤になって。そんなに僕に惚れてくれたんだね。嬉しいな。でも、ぼくたちは大天使ガブリエルとラファエルとしてなら結ばれるから安心してね。きっと口元を押さえているのは、このあとこう言いたかったんだよね。
光、私は光しか考えられないの。責任取ってね。
絶対にそうだ。そんな、可憐。ぼくも君の事しか考えてないから責任よりもむしろご褒美だよ)
先に妄想モードに突入したのは光だった。既に可憐がジャンと言った事は忘れている。無意識に全員に背中を向けていた事が幸いして皆に脳内が知られる事は無かった。
(可憐、どうしたんだ。今まで何かを考え事をして、突然大声を上げて真っ赤になるなんて、可憐らしくないぞ。しかも、こんな大衆で注目を浴びるなんて。いや、そのような顔を見せられたらそりゃ注目の的になるのはおかしくないか。
しかし、この顔は僕に向けたに違いない。それならそうと早く言って欲しいのに。そうしたら僕だけに見せろと言うのに。そのまま抱きしめ耳元で囁いてやろう。
二人きりがいいならば場所を移動しようか。
そうしたら可憐は更に赤面して無言で頷くだろう)
弘孝の妄想モードも光に劣っていなかった。光とは違い、ジャンと言っところは記憶の片隅にあるが、その後は可憐の人権やら性格やら色々と無視していた。しかし、弘孝も幸いに下を向いていたので、長い黒髪が周囲の視線を遮り、表情が見られる事は無かった。
二人の妄想がある程度落ち着いたところで、二人は全く同じタイミングで同じ言葉を思い付き、勝手に決意した。
((生まれ変わったら絶対
知らぬが仏とはまさにこのことである。ただ、二人の思考をなんとなく感じ取った人物が一人だけいた。
それは、弘孝のもう一人の親友。一度は可憐に視線を向けたが、二人の異様な光景が可憐以上の興味を持った。二人が同時に同じ事を考えた時、ジンは心の底からため息をついた。
(お前ら、一度医者に診てもらえ)
喉まで出たこの言葉をジンは無理矢理飲み込んだ。
ちょうどその頃、注目の的となっている可憐がゆっくり口元を押さえていた手を離し、ごまかしの言葉を探した。これで何でもないとは言えない状況に、可憐はらしくない言葉を口にした。
「じゃ……。じゃん酷、ね。自分たちの仲間を斬れだなんて。辛かったでしょう?って言いたかったのに、私ったら出だしから噛んじゃって。ごめんなさいね。その、だから、えっと……」
可憐が必死で自分の失敗をごまかす言葉を探し、両手を左右に振っている時、背後で何かが倒れる音がした。振り返ると、そこには気絶したように倒れている光と弘孝。
二人の理性は限界を超えてしまい、意識を失ってしまったのだ。
事情を知らない可憐は慌てて二人の真ん中に座り、交互に体を揺らした。
「光!? 弘孝!? 大丈夫!? もしかして、悪魔との戦いで魔力が切れたの!?」
「ウリエル様! ガブリエル様!」
アリエルも慌てて二人のもとへ駆け寄り、脈を確認したり体温を確かめたりしていた。一人、事情をなんとなく感じ取っていたジンだけは冷静にため息をついたあと、弘孝を自分の肩に洗濯物のようにかけた。細身の弘孝は簡単にジンの肩に乗った。
「大丈夫だって。こいつら、ただ単にカンジョーがバクハツしただけだし。猛、光おぶってくんね? さすがに男二人はオレ、ムリだわ。」
嘘はついていないが、勘違いされるような返事をすると、ジンはアリエルのところで立ち止まった。猛はジンの言う通り、光を抱き上げた。
「サキ、リーダーが完全な天使になった時、こいつの世話、大変だと思うが、頼んだぞ」
アリエルとして初めて呼ばれた人間の時の名前。アリエルは立ち上がり、微笑んだ。頭部の甲冑を外し、素顔を見せた。彼女の頬には大きな火傷の跡があった。
おそらく、転生する前に受けたものであろう。それが逆にジンは彼女がサキであると確信した。
「もちろん。リーダーは死んでも私のリーダーだから」
先程とは違う親近感がある口調。それはきっとサキとしてのアリエルなのだろう。ジンは空いている左手を差し出した。アリエルも自分の左手を差し出し、握手した。甲冑の冷たさとアリエルの温もりがジンの手に伝わった。
「さんきゅ。これでオレも安心して人間やれるわ」
軽い冗談を交わし、ジンとアリエルの手は離れた。
「さ、早くオッサン起こして帰ろうぜ。オレたちの新しいところへ」
そう言いながら笑うジンの笑顔は今まで見たことがないくらい爽やかで晴れ晴れしていた。
Eランクの昼下がり。この日は真冬だというのに惜しみ無く降り注ぐ日光と無風により暖かかった。
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