第50話 塵街+疑惑


 そう優美が言ったのを可憐は確信した。自分の妄想かもしれない。そう思ったが、確かにあれは自分に向けられた言葉だ。それは、優美との長年築き上げた友情故の確信だった。



「優美!」



 親友を呼ぶ可憐の声は悪魔が放った魔力と共に消えた三人の音により消された。


 微量の魔力すら残さず退散した悪魔たちに猛は違和感を覚えた。



「結局、あいつらの目的は何だったんだ?」



 悪魔たちが消えた場所を主に見渡す猛。あれだけの戦闘があったが、辺りは傷一つ無かったのは、悪魔たちが魔力で防いだのだろう。



「可憐の魔痕を再発させ、苦しみを与えてその隙に契約をしたかった。と考えるのが普通じゃないかな」



 光の言葉に猛は曖昧に頷いた。


 弘孝は可憐から離れ、手を差し出した。弘孝の手を取り、立ち上がる可憐。そのまま二人は猛たちのもとへ歩いた。



「磯崎が欲しいならば、もっと有効な手段があるだろ。磯崎を呼び出し、俺たちから離し、魔痕を再発させれば確実だ。それを思い付かないほど奴らは無能ではない」



 自分の考えを口にしながら冷静に考える猛。



「そうだよね。じゃあ、何が目的でこのタイミングで南風君は……」



 右手を顎に当てる光。その頃には可憐やジンたちが集まっていた。全員が集まったところで、床に座る。



「あれが、光が言ってた悪魔って奴かよ」



 吹雪を間近で見たジンは微かに震えていた。それを察したのはハルだけだった。




「磯崎に触れた金髪の女が悪魔の長、サタンだ」



「優美は悪魔になんかなっていないわ!」




 猛の補足に可憐が大声を上げた。普段は冷静な可憐がここまで感情的になるのは三人がEランクに侵入した時以来だった。



「優美には……。きっと、誰にも言えない理由があるのよ。親友の私でさえも知ることが出来ない理由が」



 先程の大声が嘘のように可憐の声はか細かった。よく見れば、手が震えている。それに愛おしさを感じた弘孝は可憐を抱きしめようとそっと手を広げた。



「大丈夫。怖いなら、ぼくがずっと側にいるからね」



 可憐をそっと抱きしめる腕。それは、弘孝のものではなかった。可憐に対して同じ感情を抱いている人物。光は小動物のように震える可憐に温もりを与えるよう抱きしめていた。光の冷たい身体が可憐を冷静にさせた。



「光……」



 本来ならば、自分が言うはずだった言葉。言われるはずだった自分の名前。全てが光明光に取られた。例えようのない嫉妬心を弘孝は拳を作る事により昇華した。嫉妬心が原因なのか、弘孝のこめかみが妙に痛かった。


 弘孝の憎しみの拳を見たジンは慌てて話題を変えた。



「そういえば、あのオッサンたちは?」



 ジンの誘導にうまく乗った可憐が辺りを見渡すために光から離れた。それを見た弘孝の拳は手の平に戻った。



「まだ気絶しているわね。起こす?」



 男たちに近づき、脈を確認する可憐。幸い、魔痕に犯されたりはしていなかった。



「いや、しばらくしたら勝手に起きるだろう。それより今は事情を知る者だけで話し合いがしたい。」



 猛の言葉に素直に従い、可憐は男から離れ、弘孝の隣に座った。これは、ジンが意図的に光の隣に座ったからだ。



「まず、この場所が悪魔たちに知られた以上、ぼくたちは、ここから移動する必要があるね」



 光の言葉にジンが首を振った。



「それは素直に従えねぇな。サキはどうするんだ」



 ジンの冷たい視線が光を直撃した。それを受け止める事が出来ない光は上手にジンの視界に弘孝を入れた。



「僕の契約内容に不備があったのか?」



 弘孝の視線が猛に向けられた。猛は首を横に振り、冷静に答えた。



「それはない。俺の魔力が効かないのは人間以外の存在……」



 自分の言葉に猛は目を見開いた。



「いや、まさか、嘘だろ」



 猛の反応に彼の考えを理解した光の瞳が赤く染まった。



「ばかな! もう一匹悪魔をぼくたちは野放しにしていたとでも!?」



 光の異様な怒鳴り声で可憐と弘孝は二人の考えを把握した。弘孝の契約内容は自分の仲間の幸せだった。しかし、それは人間にのみ通用し、悪魔には通用しない。故にスズにはランク昇格の通知は届かなかった。サキも昇格通知は届かなかったということは、サキもスズと同様、悪魔であるためだと猛たちは言いたかったのだ。



「まだサキが悪魔だという証拠は無いだろ」



 光を落ち着かせるために冷静に答える弘孝。光の赤い瞳を見た可憐は夢で見た大天使ガブリエルを連想させた。



「ミカエルの魔力が効かないのが何よりの証拠じゃないか!」



 床を叩く光。ドンという鈍い音が部屋中を支配した。



「物的証拠が無いだろ! 第一、お前は悪魔が絡むと冷静さに欠けている。反論はその赤くなった目をどうにかしてから言うんだな」



 弘孝の反論に光は目を見開いた。


 拳を作り、自分の怒りを殺した。光のブレスレットが輝き、魔力を押さえ込み、瞳の色を黒に戻した。



「くっ……」



 爪が食い込むくらい握られた光の拳はいつ血が流れてもおかしくなかった。



「光、ちょっといいかしら」



 光の怒りが静まった頃合いを見た可憐が手招きする。素直に立ち上がり、可憐の前に座る光。彼女に素直に従う光を見た弘孝は誰にも見えない所でため息をした。



「ねぇ、もしかしてあなたの瞳が赤くなるのは、私のせいかしら?」



 誰もが予期しなかった質問。全てを知っている猛は慌てて立ち上がった。可憐の質問以上に予想外の行動をとった猛に視線が集まる。



「……。今はそういう事を話している場合ではないだろ」



 咄嗟に出た言葉に猛自身も驚きを隠せないでいた。光の瞳の色が変わりだしたのは、可憐をシフルールに触れさせた時だった。シフルールの魔力が光に力を与え、人間という短い寿命を持った入れ物には飽和するくらいの魔力を蓄えさせた。


 それにより光は人間らしさを失う代わりに本来の力である大天使ガブリエルの姿を取り戻そうとしている。それは光は本当の契約者となり、人間の身体を借りる契約を施す義務は無くなるのか、それとも、光としての魂がガブリエルの魂と反発し、自ら魂を解放させ、この世をさ迷うのか、猛にも分からなかった。


 それを知られるのが、吉か凶か、それすら今の猛には分からないのだ。サタンが復活した今、無謀な事をして大天使を失うのはハイリスクのため、現状維持という選択肢を選んだのだろうと自己解釈し、猛は座った。


 猛の言葉に反論する者は一人も居なかった。その証拠に光がもといた場所に戻り、座った。



「そうね。今は行方不明の二人の話が先だわ。私情はAランクに戻ってからにするわね」



 咄嗟に出たはぐらかしの言葉がこうも上手くいった事に多少の不安を感じながらも、猛は姿を大天使ミカエルから人間に戻した。



「猛君はどう思う? ぼくは正直言って彼女と会話をした事が無いし、彼女が誰かと会話しているところも見た事が無いんだ」



 猛の意図を感じとったかのように光は話題をきれいに変えた。それは偶然だと自分を思い込ませながら猛は指先を顎に当てた。



「俺も光と同じだ。初日に顔を合わせただけでその後はあの悪魔が消えたのと同時に姿を見ていない。何か情報は無いのか、弘孝」



 猛の視線が弘孝に送られる。自分が下手に仲間を悪魔だと貶すよりも全員の信頼がある弘孝の口から聞く方が誰の逆鱗にも触れないであろうと判断したからだ。



「サキはスズが僕たちの仲間になった次の日に自分から僕たちの仲間になりたいと懇願した。自分は見た目は悪いので接客は不可能だが、ターゲットとなる客を追跡し、金品の出所や、上のランクの情報源を探る事が出来ると言ってきた」



 息継ぎと可憐たちに考える時間を与えるために一度口を閉じた弘孝。可憐は初めて会った時のサキを思い出した。確かに、お世辞でも美しい容姿とは言えなかった。


 傷跡が癒えない身体。乾燥していた髪。アイやハルと比べたらサキはEランクらしい見た目をしていた。確かに、アイたちだと見た目が良いという事で奴隷商人などに目をつけられそうなのでサキは偵察という面では、適任だと思うのは自然な考えだ。



「僕たちは人手不足というのもあったのでサキを歓迎した。彼女は僕たちの想像以上に働いてくれたお陰でこの世界がどれほど腐っているのかも思い知らされた。だが、彼女には特別な力は無かった。僕やスズのように人の気配に敏感では無いし、魔力も使えない。このランクにはいたっておかしくない人間だ」



 弘孝は全て偽り無く答えた。それがこの現状で最も有効な手段だと確信していたからだ。なぜ自分の契約が彼女には無効だったのか、その答えが自分の経験の中にあるかもしれない。そう考えたのだ。


 弘孝の話を聞き終わった三人はそれぞれ自分なりに話をまとめた。


 光は弘孝の言葉に偽りが無いか確認するように辺りを見渡した。ジンやアイ、ハルと視線が重なった。しかし、三人とも視線を逸らすことは無かったので、弘孝の言葉に偽りが無いという結論にいたった。


 その時、ふと扉の方に気配を感じた。先程の悪魔たちのような負の感情ではなく、慈しみに溢れた慈悲深い感情が可憐たちを覆った。全員が振り返ると、そこには話題の中心となっていた少女が立っていた。



「サキ!」



 少女の名前を呼ぶのと同時に弘孝は立ち上がった。それにつられ、可憐たちも立ち上がり、サキの所へ向かった。



「リーダー」



 初めて聞いたサキの声。それは覚悟を決めた声だった。


 サキの身体から優しい光りがこぼれ、彼女を包み込んだ。それがあまりにも眩しかったため、全員が一度、目を閉じた。あれほどサキを警戒していた光だが、彼女から溢れる慈悲深い光りを見た時、あることを確信した。それは猛も同じだった。


 目を開けたらそこには全身を甲冑で覆った可憐と齢の変わらない見た目をした少女がいた。


 サキと比べたらたくましい身体に切れ長な目。可憐はその姿に見覚えがあったが知り合いにはいないので自分の頭の中にある記憶を漁っていた。



「私はウリエル班班長アリエルと申します。初めまして、ウリエル様」




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