第47話 塵街+口止め
背の高い男は一度口を閉じた。彼の言葉を聞いたアイとハルは喜びの声を上げ、手を握り合っていた。ジンは不満げな顔をしていた。
「光明光、一色猛、磯崎可憐は我々の書類不備によるランク移動だった為、無条件でAランクへと昇格だ。それに加え、金貨五枚を給与する」
次に小太りな男が言った。男の周りには猛の魔力が漏れていた。
「金貨五枚なんてそんな大金いただいてもよろしいんですか?」
魔力による昇格で更に金貨をもらうなんて可憐には出来なかった。自分たちはこちらに来た時と同じように記憶を捏造し、何事も無かったかのようにAランクに戻ると思っていた。しかし、今回は正式に昇格。さらには金貨を貰える。それは猛にも予想外だったらしく、可憐の言葉に素直な感情を持った。
「確かに、滞在していたのはそう長くは無いです。金を貰う程のものではありません」
猛の言葉に光も同意の言葉を並べたが、黒服の男たちは首を横に振った。
「このような事自体があってはならない事なのだ。これは我々の謝罪の気持ちだ。受けとって欲しい」
光は自分の魔力を指先に灯し、それを目に塗った。そのまま男たちをじっと見たが、彼らに魔力は見られなかった。
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
光がいつものように美しい作り笑いを見せる。いつもは女性陣を虜にする笑顔だが、二人の男にはそれは通じなかった。
「ただ、条件がある」
無表情の男に光の笑顔が消えた。しばらく固まる光の代わりに猛が口を開いた。
「条件、とは?」
警戒する猛に男たちは嘲笑った。その笑みは、光の無感情な笑みと比べ、自分達より下の人間を見下す優越感が込められていた。
「そんな警戒する必要は無い。ただ、この話しは君達と我々だけの事にして欲しい。それだけだ」
笑う男たちに固まっていた光も笑っていた。それは、先程の作り笑いではなく、口元だけの笑いだった。
「なるほど。口止め料って事ですね」
光の反抗的な笑いに男たちは笑うのを止めた。小太りの男が光の胸倉を掴んだ。身長が変わらない為、光が浮き上がる事は無かった。
「なんだその目は!」
光の力では、簡単に男を退ける事は可能だった。しかし、光はただ、男を蔑むかのように笑うだけだった。
「別に。ただ、ぼくは、あなたがたの姑息なやり方に思わず笑ってしまっただけですよ」
鼻で笑う光に男は光の胸倉を掴んでいない片手で拳を作り、それを振りかざした。空気を切る音が聞こえた。
「光!」
可憐の叫び声。その次には人が殴られる鈍い音のはずだった。しかし、聞こえた音は、拳を受け止める乾いた音。猛が男の拳を受け止めていた。
「こいつの態度が悪かったのは、俺から謝罪します。なので、大目にみてくれませんか?」
猛は小太りの男にそっと魔力を流し込んだ。原因不明の痛みが男の拳に伝わり、慌てて光を解放し、猛から離れた。
「わ、分かったから」
男の声を聞いた猛は優しく微笑んだ。すると、そこに長身の男が割り込んだ。
「いや、我々こそ同じ人間として相応しくない態度をとってしまった。すまない。君が止めてくれなかったら、今度はこいつがランク落ちになるところだった」
長身の男の発言に、小太りの男は不満げに男を睨みつけたが、長身の男は、それに動揺しなかった。
「所詮、上にも上がれないダストタウンの生き物だ。我々と同じ人間なわけがないだろ」
小太りの男がぽつりと呟いた。それは、長身の男以外の人間に聞こえていたが、反論する者は誰ひとりいなかった。
「椋川弘孝、ジン、アイ、ハル、磯崎可憐、光明光、一色猛。以上七名は本日からAランクの住人であるとここに宣言する」
長身の男の言葉に弘孝の目が見開いた。
「待ってください。本当に七名だけなんですか?」
弘孝の言葉に男たちは書類を確認した。数秒後、男たちは首を縦に振った。
「そうだ。何か不満でもあるかね」
「あと二人、仲間がいます。今は、一人が行方不明なため、もう一人が探している状況です。なぜその二人は僕たちと同じように上がれないのですか?」
弘孝の言葉に長身の男はもう一度書類を確認した。いつもより丁寧に写真と文章を読んだが、自分の認識に不備は無かった。
「残念だが、国が出した昇格報告書には、七人の名前しか無かった。その二人には悪いが、自力で勉強し、上がってくるしか無い」
二人の話しを聞いていたジンは、初めて男に近寄った。二人の身長差はあまりなく、辛うじてジンが低いくらいだった。
「ならば、オレはショーカクケンを破棄します。仲間と一緒にいれないならば、どこも地獄ですから」
初めて聞くジンの声に小太りの男は怯んだが、長身の男は無表情のまま、ジンの顔を見ていた。
「これは、国が決めた事だ。我々にいくら懇願しても、事実を覆す事は出来ない」
長身の男は無言でジンを睨みつける。それは、反抗的なジンですら黙らせる程の威力だった。
その時、出入口の扉から禍禍しい魔力を感じた。いの一番に気づいた猛が今までにない表情でその方向を睨みつけた。
「誰だ!?」
猛の威嚇に光と弘孝が悪魔の存在に気づいた。二人は魔力で剣を具現化させた。
「そこまで怖い顔しなくていいじゃない、一色君っ」
少女らしい、だが、どこか落ち着いている声色。その声の持ち主は可憐がいの一番に理解した。
「優美!」
可憐の声に優美は姿を現した。潤った長い美しい金髪。青い瞳。そして、魔力で出来た毒々しいワンピース。可憐たちが天界に行く前に出会った優美そのものだった。
「久しぶり、可憐。元気っ?」
笑いながら手を振る優美。それは契約前の優美と同じ笑顔だった。そんな優美に猛は剣の先端を向けた。そんな二人のやり取りに黒服の男たちは混乱していた。それは、サタンの放つ魔力が人間でも分かる程、皆を恐怖させたからだった。
「なんだ、あの化け物は」
男たちの声に優美は指先だけをそっと動かした瞬間、男たちは広間の端に飛ばされ、人間には見えない魔力で動きを拘束した。
「少し、部外者は黙っていてねっ」
男たちに向けられた優美の笑顔。それは、魔力を知らない彼らを無言にさせた。
「さぁ、可憐、帰ろう」
優美がゆっくりと歩きながら可憐に手を差し出す。優美が可憐に近付く前に可憐の前に光が立った。
「可憐が帰る場所はぼくたちの所だ」
光の瞳が赤くなる。優美を睨む光に優美は呆れたようにため息をついた。
「光明君って、可憐の話しとなると妙に執着するよね。まるで、粘着テープよっ」
悪戯をした子どものように笑う優美。その瞬間、優美の体が魔力で包まれた。危険を察した光は可憐を軽く弘孝の方へ突き飛ばした。
「可憐! 逃げて!」
突き飛ばされた可憐を弘孝が受け止めた。状況を把握した弘孝は可憐の手首を握り、奥にある部屋に逃げ込もうとした。しかし、それはサタンの魔力が邪魔をし、弘孝の両足を接着剤で貼付けたように動けなくした。
「足が、動かない……!」
可憐も同じく、両足を束縛され、バランスを崩し、尻餅をついた。
「逃げる必要は無いでしょ? あたしと可憐は親友なんだから」
サタンの魔力により、誰も動く事は出来なかった。あの猛ですら、自分の魔力で相殺する事が不可能だった。
「あなたはもう優美じゃない」
全員が動けない事を良いことに、優美は可憐の頬をそっと撫でた。冷たい優美の手が可憐の頬を冷やす。寒気がした。可憐は魔力を使い、サタンの魔力を相殺しようとしたが、魔力を発動させる事すら出来ず、ただ震えるだけだった。
「違うよ。あたしは、沖田優美。悪魔と契約しても、あたしは、あなたの親友よ。可憐、あたしから離れないで。あたしとまた笑おうよ。可憐が悪魔になれば、あたしたちと、こんな間違った世界を壊せるんだよ」
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