第43話 塵街+昇格
ジンの言葉に猛が頷いた。
「弘孝は自分から契約を望み、契約者となった。故に、ここに止まる理由がない。明日にはここを出る予定だが、それが不満なのか?」
猛の言葉にアイとハルは俯き、ジンは首を横に振った。彼の手には爪の跡が残っていた。
「違う。そんなんじゃねぇ。あいつ、オレたちの幸せをケーヤク内容にしただろ」
ジンの言葉に猛の瞳が微かに見開いた。契約内容を他人が知る事は契約違反ではないが、なぜジンが知っているのかが不思議でたまらなかった。
「ズボシなのかよ。はっ。リーダーはやっぱりリーダーだ。自分をギゼーにしてまで他人に優しくする。ばっかじゃねぇの」
怒りと蔑みが混ざった笑い声をあげるジン。大声だと可憐は思ったが、弘孝が起きる事は無かった。
「ちょっと、ジン。やめなって」
ハルがジンをなだめようとしたが、ジンはハルを無視しながら更に笑った。彼の両手は再び強く握り締められていた。
「どうしてジン君が知っているのかな」
一番冷静にジンを観察していた光が口を開いた。それを聞いたジンは笑いを止め、一度眠っている弘孝を睨みつけ、視線を光に移した。
「あの悪魔が来る前、国のジョーソーブがオレの前に現れたんだ。んで、渡されたのがAランクへのショウカクホーコクショ。文字も読めねぇオレが、Aランクなんてありえねぇだろ。その事をアイやハルに言ったら、二人ともオレと一緒でみんな仲良くAランク。リーダーの仕業だって考える方が自然じゃねぇの?」
再び視線を光から弘孝に移し、ため息をするジン。そのまま彼は懐から一枚の紙を取り出し、可憐に見せた。ジンの代わりに紙に書いてある文章を読む。それを光たちはただ見ていた。
文章を読んでいる途中、可憐はふと、違和感を覚えた。紙自体がおかしいわけではない。ただ、紙に触れたら猛の魔力を感じたのだ。それをジンたちに知られないように、可憐は紙から顔を上げた。
「確かに、これは間違いなく国から出された昇格報告書よ。私の時と同じだし、ちゃんと印鑑も押してあるわ」
光たちにも読ませるようジンは顔だけで指示をし、可憐は持っていた昇格報告書を光に渡した。光の持っているそれに猛は覗き込むように見た。二人が見ても本物の昇格報告書だった。ただ、猛の魔力が込められている事を除いては。
「よかったじゃん。ぼくたちもAランクに戻るから皆でAランクで暮らせるよ。あそこは今までの生活とは比べものにならないくらい贅沢だよ」
光の言葉にジンは立ち上がり、光の胸倉を掴んだ。弘孝と変わらない身長の光は大柄のジンに簡単に持ち上げられた。
「光!」
心配する可憐を尻目に、ジンは更に光を高く上げた。
「ゴメン、可憐。ちょっくら、光を借りるぜ」
形だけの謝罪をすると、ジンは光を掴んでいる両手に意識を集中させた。すると、無意識に淡い光りが放たれ、光の喉元を包み込んだ。
「オレたちは、こんな情けで上に
二人のやり取りを見ていた可憐と猛は目を見開いた。光の喉元を包み込むジンの魔力。それは、可憐たちが使っている魔力とは反対の闇と毒に近い色をした魔力。悪魔の魔力を持ったジンは無意識に光を苦しめ、光の体内から酸素を奪った。
心臓は既に止まっている契約者の身体だが、契約者として生きる源となっている魔力をジンから出ている悪魔の魔力が光の魔力を打ち消していた。
「ジン! やめろ!」
猛の声にジンは答えなかった。表情を歪める光を見たハルとアイも、ジンを止めにかかったが、異様な威圧感を放つジンに近付くことすら出来なかった。
「分かった……。ぼくが悪かったよ」
今にも消えそうな声を出す光に、ジンは我に返り、自分の手を見て目を見開き、掴んでいた手を離した。着地し、大きく呼吸する光。ジンの手には既に何も無かった。
「オレ……。今、手から変なの出てたよな」
もう一度、手に意識を集中させるジン。しかし、魔力が現れる事は無かった。
「見えたのか?」
突然、猛が腰にある剣を抜いた。剣の先はジンに向けられていた。驚いたジンは尻餅をつき、それに合わせて剣の先端もジンの喉を狙うように動いた。
「ちょっと猛!?」
魔力が見えないアイとハルは突然猛が剣をジンに向けたように見え、動揺していた。慌ててジンを守ろうとハルが動こうとしたが、それを可憐がそっと阻止した。
「大丈夫。一色君は彼を殺さない」
そのまま可憐はそっとハルの手を握った。冬の寒さにより、冷たくなったハルの手。可憐の温かい手はハルを落ち着かせた。
「怖いのよ。きっと。自分が近くにいるのに、悪魔が誕生するのが」
優しく猛を見守る可憐。ラファエルのように見えたが、二人はラファエルを知らないので、どことなく違和感を覚えた。
「前から見えていたさ。オレが悪魔の魔力に犯されて、スズが治してくれたくらいの頃からだ。今見て分かった」
「今見て分かった?」
ジンの言葉を繰り返す猛。剣は未だにジンの喉元に向けられていた。
「ああ」
頷くジン。しかし、それ以上の言葉は無かった。
しばらく二人が睨み合い、誰も動かなかったが、可憐が突然猛の剣を持つ右手に触れ、下ろすようにそっと力を入れた。状況を理解出来ていない可憐以外の人間と契約者は唖然としていた。
「彼が黙秘する理由が分からないの?」
可憐の言葉と共に、猛の剣はジンから離れていった。剣の先端は床に着いた。
「これだから転生を知らない契約者は鈍感なんだから」
微笑し、猛から手を離す可憐。彼女の笑みは、光の微笑みのように儚く、そしてラファエルそのものだった。
「ラファエル……。嫌、磯崎。お前には何が見えるんだ」
剣を鞘に戻し、ジンから距離をとる猛。生死の境から抜け出し、緊張が解けたジンは、ゆっくりと深呼吸をした。
「何も見えないわ」
ゆっくり首を横に振る可憐。
「あなたたちと違って、私は状況を理解し、受け止めるので精一杯よ。ただ、今、すべき事はジンを殺す事ではなく、彼らの不安を受け止める事なの。それくらい、私でも分かったわ」
可憐は猛に微笑むと、後ろを向き、未だ立てずにいるジンにそっと手を差し出した。
「あなたが言いたくないなら言う必要はないのよ」
差し出された手を掴み、立ち上がるジン。冷たい彼の手に可憐の温かい魔力が流れた。
「別に言いたくねぇ訳じゃねぇよ。ただ、オレは仲間を簡単に売る事は出来ねぇ。それだけだ」
可憐に礼を言うと、ジンは自分の親指の爪を噛んだ。
「ジン……」
ハルが心配そうにジンを見つめる。ジンたちのグループの中で一番年上のハルは必然的に母親のような存在だったのだ。
「大丈夫。オレはリーダーと違ってヘボくねぇーよ」
一度視線をハルに向けて、冗談混じりの微笑みを見せれば、横目で可憐を見るジン。
その時、ふと、過去に弘孝とたわいのない会話した事を思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます