第35話 塵街+契約

 腰にある剣を取り出し魔力を込める猛。それに反応するかのように弘孝のウリエルとしての魔力が弘孝の体を包み込む。



「安心しろ。僕はスズに魂を売る事は無いし、先程の地獄長クラスの悪魔と契約する気も無い。可憐が癒しの大天使ラファエルと分かった今、彼女を守るために僕は戦いの大天使ウリエルとなる覚悟は出来ている」



 弘孝が猛の持つ剣に触れた。弘孝の魔力が剣を通して猛を包み込み、弘孝の記憶が猛の脳内に映し出された。優しそうな母親と父親が二人の男児を慈しみ、それが砕けた時には、弘孝を除く彼らは骸となっていた。




「契約内容は?」



「僕たちのパーティーの人間がこの先不自由しない生活を保障して欲しい」




 弘孝は理解していた。自分の魔力を強化するという契約内容だと、体内にある悪魔の魔力も強化してしまう事を。それを猛は知っていたのだろう。初めに契約を求め、断られた時は弘孝は悪魔の魔力を忘れていた。しかし、地獄長と呼ばれている悪魔の魔力を浴びた時、自分の中にある悪魔の魔力が目覚め始めていた。



「猛、いや、大天使ミカエル。一つ質問してもいいか」



 剣から指先を離し、視線を合わせる弘孝。猛は頷いて返事をした。



「僕が最初に契約を望んだ時、お前は僕が混血だと知っていて断ったのか?」



 数秒の沈黙の後、猛はゆっくりと慎重に言葉を選ぶように口を開いた。



「知っていたと言ったら、半分だけ本当になる。当時は純粋にお前の契約内容が気に入らなかったというのが第一だった」



 答えになっていない。そう反論しようとしたら、隣からジンが苦しみ、叫ぶ声が聞こえた。それに反応するかのように猛も大天使ミカエルから一色猛の容姿へと戻った。



「ジン!」



 慌てて壁越しに声を届け、部屋から出る弘孝。猛も彼に続いて部屋を移動した。


 そこには、嘔吐しながら苦しむジンと背中をさする可憐の姿があった。



「ジン! どうした!」



 慌てて簡易的な箱を取り出し、吐瀉物を片付けるハル。可憐はジンを横にさせ、上半身に纏っていた服を脱がせた。そこには、無数の魔痕がジンの体を蝕んでいた。



「先程の悪魔の魔力にやられて魔痕が現れたわ。なぜ……。あの時確かに一色君が相殺したのに」



 喉が焼けるように痛かった。全身を火炙りにされているような熱さがジンの体を襲った。



「リーダー! ジンを助けてよ!」



 アイの叫び声に弘孝は動けなかった。魔痕を知らないわけでは無かった。母親から父親に内緒で嫌というほど教えられた。悪魔の魔力に負けた人間を助ける為に使えと言われていた。だから、今まで母親の言葉を信じてアイなどの傷を癒していた。しかし、今回の魔痕は比べものにならなかったのだ。胸や腹、腕や首にも黒い血が流れているかのような模様をした魔痕がジンの体にあった。



「魔痕の量が比べものにならない。僕には不可能だ」



 震えながらやっと口にした言葉。その次にきたのは、可憐からの平手打ちだった。一瞬時間が止まったかのような感覚に陥り、可憐に平手打ちをされたと気付いた時には、右頬に痛みがあった。



「不可能じゃない。やるの! あなたがここで見つけた親友でしょ! あなたまで親友を失う必要は無いの」


 説教が終ったと思ったら、可憐は既にジンの隣に座り、自分の体内にある魔力をジンに流し込んだ。魔痕は微かに薄くなったが、可憐が気を抜くと、再び元の濃さに戻った。



「ラファエルの魔力を使ってでもこの程度か」



 猛が再び大天使ミカエルの姿となり、剣を取り出した。剣は普段の魔力ではなく、ゴールドの魔力に包まれていた。



「待って、一色君! もう少し、もう少しだけ私の魔力を、力を使わせて。弘孝の親友を救いたいの。私の親友の親友を」



 再び魔力をジンに送る可憐。光から貰ったネックレスが魔力に反応して強く光った。



「磯崎! 人間のお前があまり魔力を使いすぎると、体が耐えられなくなり、魂ごと消えてしまうぞ! 光が起きない今は契約も不可能だ」



 猛の言葉に可憐は首を横に振った。



「それでも構わないわ。私は、人間として、私たちの狂った人生に巻き込まれた人を助けたいの。それに、弘孝、あなたの親友を助けて死ねるなら本望だわ」



 微笑する可憐。その笑みは慈悲深く、誰もが天使を連想させるほど優しかった。弘孝は、彼女の笑みを見て、初めて足を動かし、自分の魔力を可憐と同じようにジンに流し込んだ。



「お前が本望だと言っても、僕は望んでいない。僕の親友は僕が守る」



 弘孝は自分のありったけの魔力をジンに流し込んだ。不思議と癒しを専門としたラファエルの魔力よりも、弘孝の魔力がジンの体内を癒した。



「リーダー……」



 やっと嘔吐感から解放され、話せるほど回復したジン。彼に弘孝は微笑んだ。



「安心しろ。お前は僕が助ける。お前が僕を助けたように、次は僕がお前を助けるんだ、ジン。だから、もう少し、僕を信じてくれ」



 ジンに弘孝の声が届いたか分からなかった。ジンは既に気を失い、弘孝はそれに気付かずただ魔痕を治す為に自分の魔力をジンに送り続けた。

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