第34話 塵街+弘孝
弘孝の体内から魔力が溢れた。それは、可憐の体内にゆっくりと侵入した。それにより、可憐の脳内に直接弘孝の心情が伝わったかのような感じがした。
「それを契約内容として俺に命じるなら受け入れよう。しかし、契約と同時に、このランクからお前の記憶が全て消える事になる。故に契約しても無意味に近い。それでもいいのか?」
猛が魔力で身体を覆った。大天使ミカエルの姿となった猛は、そのまま彼の腰にある剣は主の手元に入り、先端は弘孝の喉元にあった。
「くっ……」
剣を向けられ、身動きが出来ない弘孝。ジンと可憐も、先程の女性の魔力を浴びたと同じように動く事が出来なかった。
「覚悟は認めよう。しかし、弘孝、お前にはまだ経験が足りない。先程の魔力を浴びてどうだったか。光の魔力を浴びてどうだったか。魔力はただ単に戦を有利に進める道具としか認識していないだろ。感情が大きく動き、本気で悪魔を倒したいと思うまで俺は契約を拒否する」
猛が剣を鞘に戻した。鞘の入口と剣が擦れる音が鳴ったと同時に、可憐たちを制約していた魔力が地面に流れた。同時に、大天使ミカエルから一色猛の姿に戻っていた。
先程の女性の時のような体調不良は無かった。むしろ、可憐はその魔力に暖かさを感じていた。
「本当に悪魔は倒すべき存在なのか」
猛の魔力から解放された弘孝が一番初めに発した言葉。それは、残り三人の表情を一瞬で変えた。
「弘孝、あなた今、何と言ったの」
必然的に移動された視線の先に猛は不思議な光景を目にした。弘孝の周りに溢れる魔力。それは限りなく鮮やかな赤色だった。しかし、その間に少しながらも確実に存在している悪魔の魔力。しかも、それは魔力を浴びたから残っているものではなく、弘孝の身体から放たれていたのだ。
「確かに、悪魔は生きる人間の魂を奪う。それは可憐の話しからして事実だ。しかし、その中に一人でも人間の良心を持った悪魔がいてもおかしくないと思ってな。すまない、僕のつまらない推測だ」
苦笑する弘孝。既に魔力はウリエルの魔力のみになっていた。
「難しいな。悪魔やら天使やら。オレたちが、こうやっていつ死ぬか分かんねぇ時間を生きている時に、リーダーたちみたいに、選ばれた人間たちはその先を守る為に戦っている。世の中分かんねぇ事ばっかだ」
ジンが空を見た。カラスが青空を通過した。カラスの翼がジンの脳内でイメージする悪魔の翼と重なった。魔力が見える事を報告すべきか、そうすると、必然的にスズの魔力の話しもしなければならない。可憐たちの言っていた事から推測して、スズの魔力はあの女と同じ種類の魔力。愛しい人を出会って数日の光たちに渡すなんてジンには出来なかった。
「この世は森羅万象、全てが神によって作られたの。あなたが人を思う事も。私たちが契約者となり、人間としての生の歯車から外れる事も。さ、行きましょう、弘孝」
可憐らしくない。そう弘孝が言おうとしたが、彼女の周りに溢れる慈悲の魔力が可憐を別人のような錯覚を弘孝に覚えさせた。それが、大天使ラファエルだと分かったのは猛だけだった。
「そうだな」
短い返事をし、再び歩き始める弘孝。それに合わせて残りの三人も歩き始めた。
数分後、目的地についた可憐たちは、全員を応接室に集めた。もちろん、スズもその中にいた。
「今日は三人の客とアポをとった。二人は男、一人は女だ。男の方は、アイ、ハル、頼む。女は僕がする」
「リーダーが動くって事はその女、相当ヤバイって事?」
ハルが口を挟む。頷く弘孝。可憐はその隙にスズを横目で見た。相変わらず悪魔の魔力が漏れているスズ。しかし、今は彼女から敵意は感じなかった。
「悪魔が動き出した」
弘孝の言葉に光の目が見開いた。現場に立ち寄った可憐たちを除いたメンバーも、不安の表情を見せる。スズは不安を越え、何かに恐怖するように顔が青ざめていた。
「早すぎる! いくらサタンが復活したと言っても、ミカエルの魔力でこの場所にぼくたちがいると知られないようになっているのに!」
誰に対してでもなく、怒鳴る光。その直後に光は全身を魔力で包み込み、大天使ガブリエルの姿となった。
「お前だろ! お前が悪魔に情報を流したんだ!」
光が腰に差してある剣に魔力を込め、抜いた。そのまま光は一瞬にしてスズに向かって剣を振りかざした。
「ガブリエル!」
猛の叫び声に応えたのは、光の強力な魔力だった。彼の魔力はそのまま全員の動きを封じた。
「可憐はぼくが守るんだ!」
時間が凝縮されるような感覚に陥った。スズをかばおうととっさに動いたのは弘孝だった。自分の魔力で光の魔力を瞬時に相殺した。その時の魔力は、ルビーレッドの魔力ではなく、禍禍しい闇のような色をしていた。それを目撃出来たのは猛だけだった。
弘孝が本能的に魔力を具現化させ剣を生み出し、光が振りかざす剣を剣で受け止めた。金属が重なる音が可憐たちに現状を理解させた。
「どいてよ。弘孝君」
光の両腕に力が入る。剣が折れないように、更に魔力を込める弘孝。
「何故スズを殺そうとするんだ。彼女に罪は無いだろ」
魔力の力を強める弘孝。表情を歪める光。しかし、二人は決して譲らなかった。
「存在そのものが
光は弘孝を睨みつけた。オレンジの魔力が彼の目を包み込んだ。すると、そこにはルビーレッドの魔力と同時に悪魔の魔力が弘孝の身体から放たれているのが分かった。
「もしかして……君は——」
弘孝は光の言葉を最後まで言わせないようにしているかのように魔力をさらに強め、光の剣を押し返す。
「何故そこまでして悪魔に執着する。瞳が真っ赤じゃないか」
赤い瞳。それは光明光ではなく、大天使ガブリエルそのものだった。それに気付いた光は我に返り、黒い瞳に戻った。
「え……」
注意がそれた隙をついて、弘孝が光を突き放した。その時微かにウリエルではない魔力が弘孝を覆っていた。光と弘孝の距離が離れたら可憐たちを縛っていた魔力が体内に溶け込んだ。
そのまま光は、座り込み、魔力を使い切った弘孝のようにゆっくりと目を閉じた。可憐が近づき、確認したら、そこには規則正しい寝息が聞こえた。
「今日使える魔力を使い切ったのね。眠っているわ。このままでは一時間は起きないわね」
「弘孝、話しがある。少し時間をくれないか」
猛は魔力で縛られた体を慣らすように肩を軽く回しながら光の横を通り過ぎながら弘孝に近づいた。弘孝の魔力で作られた剣はすでに消えていた。
「他の面子には聞かれたくないのか。分かった。ジン、後は頼む」
溢れる眠気を押さえ込みながら頷き、立ち上がる弘孝。彼にジンは軽く返事をし、猛と同様、体内にあった魔力の縛りから体を慣らした。
弘孝と猛は隣の部屋へ移動した。暫く沈黙が二人を支配した。
「あの女が悪魔だと知っていたんだろ」
先に口を開いたのは猛だった。目を見開く弘孝。
「お前は光になぜそこまで悪魔に執着するのかと聞いた。あの女が悪魔と知らない限り、そのような発言は無いはずだ」
弘孝は一切猛から目をそらす事は無かった。落ち着いた笑みを浮かべる弘孝。彼の瞳から迷いは無かった。
「知っていたさ。言うならば、僕は幼い頃から天使や悪魔、魔力なども知っていて、それを可憐にも隠して生活していた」
両手を差し出し右手にウリエルの魔力、左手に悪魔としての闇に近い色をした魔力が灯されていた。
「混血」
頷く弘孝。彼の紫色の瞳と、左手に灯されている魔力の色が重なった。
「僕の父親は悪魔。母親は天使だった。そして、弟は悪魔の血、僕には両方の血と才能を受け継ぎ、人目を避け、両親から魔力の使い方を教わりながら育てられた。ところが、ある日、弟が悪魔の血が凶暴化し、母親を殺した。弟を止めようとした父親も自分の魔力を使い過ぎた所を弟に殺された。学校から帰った僕は本能的に自分の魔力を解放し、弟を殺した。その時に警察が僕の家に来て——」
悪魔の魔力を消し、ウリエルの魔力のみが弘孝の手に灯された。
現代の日本に殺人に対しての死刑制度は無い。精神異常の殺人以外は、犯人と思われる人間は、冤罪や正当防衛でもEランクへと送られ、テストを受ける権利を失うのだ。
「罪人はゴミ同様という事か」
猛が自分の魔力を使い、ミカエルの姿へと変わった。六枚の美しい翼が音をたてた。
「裁きの大天使ミカエル。その美しい翼と呪われた天命は母親から聞いている。禁忌を犯した僕の両親は、裁きを受ける以前に、魂の解放さえも許されず、人間として生きる終身刑として、二人はこのランクで過ごしていた」
再び微笑する弘孝。無意識に魔力がこぼれる。
ふと思い出したのは、想い人の笑顔。それと同時に弘孝は無意識に猛に可憐への想いを語り出した。
「そんな僕を、可憐は色眼鏡なしで接してくれた。この長い髪も、瞳の色も、全て混血故の呪いだ。魔力が目覚めた時に髪と瞳が変わった。それを周りは異様とみなし、差別した。可憐もその一人かと思っていたが、違って、僕のこの呪いを綺麗だと言ってくれた……」
自分の髪を撫でる弘孝。紫色の瞳にも彼の髪が映る。艶のある長髪に自身の指を絡ませ、その指先に悪魔の魔力を灯す。
それを見た猛は六枚の翼を羽ばたかせ、大きな音をたてた。そのまま剣を抜き、ゴールドの魔力を纏わせた。
「状況が状況だ。弘孝、今すぐ俺と契約しろ。今のお前はどちらの契約者にもなる確率がある。ウリエルほどの魔力を手に入ればお前の体内にある悪魔の魔力を抑える事は恐らく可能だ」
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