第33話 塵街+裏側


 弘孝がジンに視線を送った。それに応えるようにジンは親指を立てた。



「任せてくれ。いつも通り、テキトーにちゃらけてやんよ」



 視界が晴れた。そこは、先程とは違う賑やかさがあった。縄文時代の古代人が着ていたような一枚布を洋服に見立てた人間が数名いた。両足には枷がはめられて、みな死んだ魚のような目をしていた。



「さーさーいらっしゃい! 今日はジョーダマが揃ってるよ!」



 彼らの隣には、Eランクにしては豪華な服を着た太った中年の男。男の周りには、更に豪華な服を着た男たちが枷で自由を制約された人々を見ていた。



「奴隷市場さ。客はSランクやAランクの住人。オレたちが上のランクで生きていけるかもしれない、唯一の手段なんだぜ」



 ジンが説明した。可憐は奴隷たちを見た。ほとんどの奴隷は女性で、泥などの汚れを洗い流せばどの奴隷も美女であろうと思わせた。客は上ランクと言っていたが、いくら大金をはたいても、ランクを勝手に移動したら重罪だ。


 それを承知でここに訪れたSランクやAランクの人間たち。それは訪れても罪にならないからだ。それ程の権力を持った人間たちが奴隷に下心を向けていた。そもそも、現代の日本では、平等主義を理由に性を商売とする職業は廃止されていた。故に性欲を満たすには無法地帯であるEランクへ出向かないと行けないのだ。


 奴隷たちも、金銭との対価で自身の自由を売る。それにより、明日死ぬかもしれないEランクではなく、衣食住が確保されている上ランクへと過ごせることにわずかに希望を持っていた。奴隷として生きる事がどれだけ屈辱的な事が待っているのかは想像出来ないが、Eランクよりは快適だとどこかで思っているのだろうと可憐は彼女たちのやや積極的な自身をアピールする仕草で理解した。


 そんな奴隷たちを横目にジンは奴隷商人に負けないくらいの大声を出した。



「さーさーいらっしゃい! 奴隷を買い取るのは難しい! でも夜が寂しいのも嫌! そんな方にオススメ! たったの銅貨三枚で一晩のラクエンへご招待! 男性はもちろん、本日からは女性も楽しめるようになりました! どうぞこちらにも品定めよろしくお願いします!」



 ジンの大声に反応して、Sランクの人間が弘孝に注目を集めた。弘孝もそれに応えるように、女性の可憐でさえ顔負けの女性らしい色気を出していた。



「本当に銅貨三枚でいいのか?」



 一人の男が弘孝の頬を撫でた。嫌がる事無く受け入れる弘孝。



「ああ。女は三人、男は二人、選び放題だ。種類は少ないが、質は確かだ。気に入らなかったら金は要らない」



 ジンの口角がゆっくりと上がった。男は弘孝の頬に触れていた手を離した。



「面白い。客引きにこれほど質の良い女を使うんだ。それ以上の品物が保存されていると期待する

 ぞ」



 男の言葉に満足気な表情を浮かべるジン。そのまま、彼はポケットに手を入れ、一枚の紙を取り出した。



「じゃあ、この場所に来て下さい。日没後には開店してますから」



 営業スマイルを向け、ジンと男の会話は終了した。数秒後には、また違う男。彼も弘孝の太ももや頬を撫で、ジンから紙切れを受け取り、姿を消した。可憐はそのやり取りをただ眺めていた。


 その時、一人の女がジンに話しかけた。



「お兄さん。こちらは女性も相手に出来ると聞いたんだけど」



 先程の男と同じように、着飾った女は可憐と猛を交互に見た。艶やかな唇に赤い口紅は色気を増させる。



「今日から男も入荷したからな。オレのようなキズモノじゃなくて、コイツらみたいに綺麗な男がお姉さんのお相手しまっせ」



 口角をゆっくりと上げるジン。女は可憐の頬を撫でた。女性独特の柔らかい肌が可憐の肌と触れ合う。女は、姿勢を低くし、可憐と視線を合わせた。



「可愛らしいわね。坊や、名前は?」



 可憐の代わりにジンが答えようと、口を開こうとしていた瞬間、女の周りから禍禍しい魔力が流れた。これにより、周りにいた可憐以外の人間と契約者が口を開くのはおろか、身体を動かす事も不可能になった。


 それを知った可憐は逃げようと後ろに数歩さがったが、女が先に魔力で見えない壁を作り、逃げる事が出来なかった。



「レン」



 怪しまれないように可憐なりに声色を変えて返事をした。それに満足した女は可憐の背後に作った壁を壊した。



「いい名前。それに、声も可愛らしい。決めたわ。今夜の相手はレンに決まり」



 女が右手を使い、パチンと指を鳴らした。それを境に弘孝たちを制約していた魔力が消える。



「場所はさっきあなたに紙切れをもらっていた男に聞くわ。ありがとう。今夜が楽しみだわ」



 女は可憐に向けて微笑みを向けると、直ぐに人込みの中に消えていった。



「弘孝! 大丈夫!?」



 魔力に犯され、咳込み、しゃがみ込む弘孝たち。猛は地面から魔力を吸い取り、慌てて自分の体内に入った悪魔の魔力を相殺させた。



「ここは危険だ。弘孝、早く帰る事を提案するが」



 完全に回復した猛。そのまま彼は自分の魔力をジンの手首を握り、流し込んだ。即効性の麻酔が流れ込んだように痛みが引いた。



「そうだな。僕もこんな状態だし、客引きも難しい」



 弘孝も体内の魔力を使い、相殺させた。どっと眠気が襲ってきた。



「立てるか?」



 猛がジンに手を差し出す。それに捕まり、立ち上がるジン。



「おかげで助かった。さっきのも、魔力なのか?」



 ジンの質問に猛は、ジンは魔力の原理は理解しているが、魔力が見えない事を思い出し、頷いた。




「あの女が使った魔力を俺の魔力で相殺した。しかし、油断は禁物だ。光に魔痕が残ってないか確認してもらおう」



「弘孝は大丈夫なの?」




 ジンの安否を確認した可憐は弘孝の背中を撫でた。



「僕は自分の魔力で相殺した。可憐こそ、怪我は無いか?」



 伸びをし、可憐の身体を見る弘孝。ふと、視界に可憐がしているネックレスが入った。オレンジ色をした十字架は、弘孝の脳裏に光を過ぎらせた。



「大丈夫。私は何もされてないわ。仮に魔力を流されても、私には光がついている」



 十字架が可憐の魔力に反応し、美しく輝く。



「彼が魔力で作ってくれたの。私の魔力を抑え、悪魔の魔力を相殺する。画期的よね」



 微笑し、十字架に触れる可憐。そんな彼女を弘孝は無表情で見ていた。



「そうだな。僕や可憐みたいに魔力を自由にコントロール出来ない人間には必要なアイテムだ」



 無表情から無理矢理笑顔を作る。それはまるで、苦虫を噛み締めたような笑顔になっていた。



「弘孝が必要ならば、光に言っとくわよ」



 弘孝の気持ちに気付かない発言をする可憐。弘孝はそれを簡単に受け流した。



「いや、遠慮しとこう。それより、猛の言う通り、 ここは危険だ。客も掴めたし今日は帰ろう」



 可憐に背を向け、歩き出す弘孝。ジンや猛も彼に続いて歩き出した。


 市場を抜け、人が少ない路地を歩いていると、ふと弘孝が足を止めた。



「猛。先程の女は強い悪魔なのか?」



 無意識に地面から魔力を吸い取り、指先に魔力を灯す弘孝。それに気付き視線を合わせる猛。




「間違いない。大天使である俺の動きを止めたんだ。最低でも地獄長クラスだろう」



「地獄長?」




 猛の言葉に弘孝が首を傾げた。可憐も優美が言った台詞を思い出し、疑問に思った。悪魔が名を名乗る時、言っていた言葉。それは可憐は光たちから説明されていない事であった。



「天界に四大天使がいるように奴らにも幹部がいる。それが地獄長だ。コキュートスには、罪に応じて、十の地獄に分けられる。それぞれの地獄を管理するのが奴らの仕事だ。故にそれなりの魔力を持っている」



 地面から魔力を吸収するのを止め、一度深呼吸する猛。弘孝は猛の説明も脳内で自分なりにまとめた。今までにない魔力への圧力。それは、光から初めに放たれた魔力よりも重圧で、禍禍しかった。



「初めてだった。あんな魔力を浴びたのは。猛。僕を強くして欲しい。Eランクにあんな強い魔力を持つ奴がいるならジンたちが危険だ。守れるくらいの強さが僕は欲しい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る