番外編 ガールズトーク


 ※本編と関係ないので読み飛ばしても問題ありません。



 Eランクのとある日の昼下がり、可憐とハル、アイは寝室で談笑していた。何度使い回したか分からない紅茶のティーパックから出る出涸らしの紅茶を口にする三人。ダストタウンの不衛生な飲水の味はこれによりほんの少しましになっていた。



「可憐たちが来てから毎日が賑やかになった気がするよ」



 ハルの唐突な言葉に可憐は目を丸くした。隣にいるアイはハルの言葉に大きく頷いた。



「どうしたのよ。いきなり」



 口にしていた紅茶が入ったうっすらとヒビの入ったコップを離す可憐。



「いや、あんたらと初めて会った時、正直仲間になる事には賛成出来なかった。でも、リーダーの言うことは絶対だからと思ったから我慢かなって。そしたらあの男二人に公開ビンタをしたからさ、その時思ったよ。この子はリーダーの言っていた子だなって。その途端、初めて会った気がしなくなってね」



 光と猛に平手打ちをしたことを思い出し、少し恥ずかしくなり、頬を赤くする可憐。そんな可憐を見てアイとハルは笑った。



「リーダー、上のランクにいた時、別れた友達がいるって言ってた。とても芯が強い、そして優しい人って毎日のようにワタシたちに言ってた」



 本当にそんな人だった。と付け足し笑うアイ。彼女の言葉の中にいる弘孝を想像すると、可憐の頬はますます赤くなった。



「もう……やめてよ……」



 精一杯の照れ隠しの反論をすると、ハルは可憐の頭を優しく撫でた。



「ごめんって。まぁ、ただ一つ驚いた事がその友達が女って事かな」



 ハルの言葉に首を傾げる可憐。既に頬の赤みは消えていた。




「まぁ……。そうでしょうね。そこまで褒めるなら異性というイメージはあまりないでしょう」



「それもあるんだけどさ、初めて見た時、可憐はリーダーに抱き着いていたでしょ。後ろ姿だったしあんな格好だったしで、リーダーみたいな女の雰囲気のある男かなって思ったんだよ。そして改めて見たらこの顔よ」




 自分の脳内にある最大限のオブラートに包んだ言葉を探すハル。しかし、それはアイによって無駄な思考となった。



「ワタシたち、可憐のこと、可愛い男の子だと思ってた。髪の毛隠れてたら、尚更男の子。とてもスッとしている」



 スタイルが良いと褒めたつもりのアイだったが、可憐はあ、やばいと口パクで言ったハルを見逃さなかった。それにより全てを理解した。



「……。そうよ。どうせ私は男装が完璧な位の貧乳よ……」



 左手を自分のおでこに当てながら小さく話す可憐。脇見でハルの胸元を見る。この劣悪な環境で育ったとは思えないくらい豊満な胸。どこにそんな栄養のある食べ物があったのかと言いたくなったが、余計悲しくなると思い、最大限のため息で全てを語った。



「正直、こんな気休めの男装で大丈夫か凄く不安だったわ。でも、弘孝もジンも私が声を出すまで分からなかった。作戦としては大成功なのだけど、いち女の子としては複雑な心境だったわ」



 再度左手を自分のおでこに触れながら俯く可憐。ちらりと自分の胸元を見る。真っ直ぐに真下の床が何も遮へい物が無く見えた。



「ヒンニュウはステータス。昔のお客さん、言ってた。多分、褒め言葉。可憐気にしちゃダメ」



 貧乳もステータスも意味を理解してないアイ。ただ、彼女の優しさだけが可憐の小さな胸にグサリとささる。先程の気持ちを慰めるために同族と思われるアイの胸元を確認する可憐。しかし、意外にも可憐より大きめな可愛らしい膨らみが二つ。片手に片乳が少しこぼれる程度の大きさのものがついていた。



「はぁぁぁぁ……」



 自分で自分の首を絞めるようなことをしたと可憐は後悔のため息をついた。そしてふと、親友の姿を思い出す。綺麗な長い金髪に青い瞳。可憐とは正反対の水着やブラジャーからたわわになりそうな巨乳。思い出してはならないものを思い出した可憐は再度同じため息をついた。



「ほ、ほら、この前着たピンクのドレス!あれはアタシみたいな体型は似合わないから羨ましいな!人には似合う似合わないがあるんだから、それに、可憐ファンクラブの野郎二人はメロメロだったじゃないか」



 アタシも実際凄く可愛いと思ったしねと付け足し、精一杯のフォローと話のすり替えをするハル。彼女の頭はここしばらくで一番フル回転していた。緊張で喉が乾き、冷めた紅茶を飲む。



「ええ。そうね。フリルと膨張色で貧乳はカバー出来るもの……」



 前半だけ拾われたハルのフォローは半分無駄に終わった。ここからどう持ち直すか悩んでいると、彼女の苦労を何も知らないアイが口を開いた。



「そういえば、可憐、リーダーと光、どっちが好きなの?」



 予想外の質問に可憐は思考を一時停止した。それにより先程まで絶望していたコンプレックスの話はどこかに忘れ去られていた。



「そ、そうそう。アタシも、それ気になってた。最初は光とデキテると思ってたけど、なーんか違うじゃん。ま、あんなイケメン二人に言い寄られたらあんな感じで泳がせておくのが一番いい気持ちになれるのは分かるけど、心には決めてるんだろ?」



 アイ、ナイス! と内心呟き、可憐にバレないように安堵の息を吐くハル。そのまま便乗し、話題を恋バナに変えた。



「え?」



 可憐は間抜けな声を出すのが精一杯だった。二人の言葉をちゃんと理解しようと紅茶を一口飲む。ほぼ水の味になっている紅茶は可憐を冷静にさせた。



「ほーら、すっとぼけてないで教えなさいよー」



 茶化すように人差し指で可憐の脇腹をつつくハル。その光景はどこにでもいる少女たちの会話だった。



「どちらも恋愛対象ではないわよ」



 味気のない返事に今度はアイとハルの思考が一時停止した。二人とも先程の可憐と同じように冷めた紅茶を一口飲んで冷静さを取り戻す。



「アタシはてっきりリーダーかと思っていたよ。だって古い友人だろ? 五年前と比べたら男になっててドキリとしたとか、そーゆーのないの?」



「ワタシは、光と思ってた。光、凄く可憐の事好き。あそこまでスキスキされたら、嫌でも気になる人になる。恋の始まり。普段は照れ隠し」



 各々の考えを可憐に伝えると、どちらが正解かと期待の眼差しを向ける。可憐は残っていた紅茶を全て飲み干した。微かに煮詰まった紅茶独特の渋みが口内に広がった。



「確かに、五年ぶりに見た弘孝は私が知っている時よりも背も高くなって、抱きしめられた時は、少し男らしい筋肉もあったわ。ただ、彼は昔から思った事を、ちゃんと口にする人だったから、特別に好きだとか言われたことないし、私の事をそのような目では見てないと思うの」


 弘孝との過去を振り返る可憐。髪型が少し変わっても気付き、似合うと言ってくれるなどかあったが、それは同じ学校に通っている時に他の生徒にも言っていた事だ。イコール可憐か特別扱いされているとは到底考えられなかった。


 可憐の反論に不満のため息をもらすハル。それと同時にドンマイ、リーダーと内心呟く。



「光は論外よ。彼は私ではなく、私の中にいる大天使ラファエルを大天使ガブリエルとして愛しているだけ。私は器としてしか見てないわ」



 顔を思い出したら腹が立ってきたわと内心呟く可憐。同時に出たため息を見たアイが不満そうに口を尖らせていた。



「えー。きらいきらいもスキのうち。ツンツンデレデレ。可憐、本心隠してる」



 口を尖らせたと思ったら今度はニヤニヤと口角を上げながら可憐を見つめるアイ。可憐はふと今まで光に抱きしめられている感覚を思い出した。契約者独特の冷たい身体だが、どこか暖かい矛盾した感覚。それは可憐を不思議と安心させた。自然と頬が緩む可憐。



「本心ね……。もしも仮に二人が色恋として私を見てると仮定して私がどちらかを選ばないといけない状況だとするなら選ぶなら——」



 可憐が続きを言おうとした瞬間、三人の寝室の扉がバタンと音をたてながら勢いよく開いた。ドアノブを開きながら開ける音ではなく、体重がかかりすぎて無理やり開いたような激しい音だった。




「痛いなぁー……。だから押さないでよって言ったじゃないか、弘孝君」



「お前が前のめりになりすぎているのが悪い」




 扉が開いた原因となる二人が倒れながら口論していた。盗み聞きされていたことを察した三人は立ち上がり、犯人の前まで歩いた。




「リーダー、光。これはどういうつもりなんだい?」



「女の子の話盗み聞き、ダメ、ゼッタイ」




 怒りの感情しか伝わらない口調のハルとアイ。二人より数秒遅れて可憐が光たちの前に立った。



「あ、可憐! さっきの続き、教えてよ! ぼくと弘孝君、選ぶならどっちなんだい? もちろん、ぼくだよね?」



 アイとハル以上に怒りの感情を無言で露わにする可憐。しかし、光はそんなのお構い無しで質問をする。



「……。どこから聞いていたの?」



 質問を質問で返す可憐。彼女の両手には大量の魔力が込められていた。



「可憐、盗み聞きしてすまなかった……。ただ、お前の素直な気持ちが知りたかっただけなんだ。そして、人間の成長過程には個人差がある。気にするな。僕はどんな可憐でも受け入れる」



 可憐と光の間に割り込み、先に免罪符を出す弘孝。しかし、後半の言葉により、どこから聞いていたのか可憐に悟られた。



「……。ほぼ全部って事でいいかしら」



 謝罪したつもりなのに怒りがおさまっていない可憐を見て一歩後退りする弘孝。彼女の両手で輝く魔力が更に大きくなった。二人に距離が出来た隙を狙って光が割り込む。



「可憐、貧乳はステータスだよ! それにぼくは、どんな可憐でも愛してる!」



 貧乳はステータスという光の言葉に可憐は全てを悟った。そして、自分の中にある最大限の怒りの魔力を両手に込めた。



「そう……。二人とも覚悟はいいかしら」



 大きく振りかざされた可憐の右手。しかも最大限の魔力が込められている。




「えっ、ちょ、可憐!? ぼくの質問は!?」



「本当にすまなかった! 可憐! どんなお前でも魅力的だと思っている!」




 二人の反論は可憐には全く届かなかった。ただ、平手打ちとは思えないような衝撃音が二人の頬から聞こえた。二人の右頬には魔力を込められた渾身の平手打ちが当たった痕だけが全てを物語っていた。

 想定外の痛みに二人は話すことが出来なかった。



「これでお互い様よ」



 二人を軽く睨みつける可憐。一部始終を見ていたアイとハルは目を見開いたまま固まっていた。



「あなた達は同業者と幼なじみ。それ以上でもそれ以下でもないわ」



 それだけ言うと、可憐は二人の横を通り過ぎ、部屋を出ていった。残された四人。内男二人は自分の魔力で可憐の平手打ちの魔力を相殺した。




(同業者かぁ。幼なじみよりかはラブに発展する可能性あるよね。だって今の今まで幼なじみなんて脈ナシ確定じゃないか。よしよし、ぼくの方が好きってことなんだな)



 自分なりにかなりポジティブに解釈し満足気な笑みを浮かべる光。それを見たアイとハルは光が何を考えているかなんとなく察していた。



(幼なじみ、か。同業者よりかはかなり進展した関係だな。そもそも僕は光より五年早く一緒に居るんだ。負けるはずがない。僕がガブリエルなら確実に恋仲になっているであろう)




 弘孝もまた可憐の言葉をポジティブに解釈し、優越感に浸っていた。うっすらとこぼれる笑みはアイとハルにため息を誘った。




 そして僕(ぼく)は、僕(ぼく)として可憐の事が好きだ。




 二人が同時に同じ事を内心呟くと、可憐が出ていった扉からジンが入ってきた。二人の平手打ちの痕と満足気な笑みを見て瞬時にしょうもない事が起こったと察した。


「リーダー。仕事だ仕事。客引き行くぞー」



 ジンの言葉に我に返る弘孝。その数秒後に光も我に返った。



「分かった。今行く。それとジン、少し聞きたいことがあるんだが」



 魔力で治療したといえ微かに残った痛みを噛み締めるように右頬を触りながら視線をジンに向ける弘孝。嫌な予感がしたジンは一歩後退りする。




「な、なんだよ。ショーもないこと聞くなよ」



「これは真剣だ。……。胸の大きさ関係なく好きだと伝えるにはどうすればいい」




 弘孝の言葉にジンは大きなため息をついた。アイとハルもつられて大きなため息をついた。



「はぁ……。しょーもなっ。ほら、行くぞ」



 弘孝の服の襟をうなじ側からつかみ強制的に連れていくジン。光もそれにつられて退室しようとしたら、弘孝に睨まれた。



「まぁ、答えるなら、そもそもそんな事話題にしないで、スキだと素直に伝えるのがフツーじゃね?」



 ジンの言葉に光と弘孝の思考回路は一時停止した。女性陣二人はジンの言葉に深く頷いた。その隙にジンは弘孝を強制的に部屋から引きずり出した。


 Eランクのとある日の昼下がり、少年少女たちは今日も強く生きていた。

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