第31話 塵街+本心

 ジンの呟きに猛は口角を上げた。手に込められていた魔力は消えていた。


「ほぅ。それは興味深い。お前の願いは何だ。金か? 権力か? 名誉か?」



 猛の質問にジンは一瞬だけスズに視線を送った。それに気付いたスズがジンを見たら、すぐさま視線をそらした。そのやりとりを見ていた猛は、表情を歪めた。



「たった一人。たった一人だけを守れるくらいの力が欲しい」



 この時、微かにジンの右手から魔力が零れたのを猛は確認した。しかし、それを顔や口に出す事は無かった。



「仮に、そのたった一人を守れる力を得たとする。その力を得た先にお前は何を求める。一人がお前に対する恩か? 愛情か?」



 騒がしく口論する光たちに対して、ジンと猛は物静かだった。



「契約は、自分の為に使え。俺は、他人の為に契約者となり、堕ちた人間を数多見てきた。生きる意味を失い、人間の記憶を失い、契約者となった後も、動くだけの人形となり他の契約者と比べたら記憶を取り戻すのも早かった」



 今まで誰にも言わなかった事を口にした猛。それは無意識で、猛自身も驚いた。ジンもまた、関係の無い自分に猛が口にした事に驚き、言葉を返せなかった。



 しばらく二人は沈黙しながら光と弘孝の口論を眺めていたら、扉が開き、男装した可憐が部屋に入った。



「あ、可憐。いい所にきたな。リーダーたち未だにケンカしてるからさ、止めてくんねぇ?」



 ジンが猛との沈黙を可憐に話し掛ける事により、破った。


 可憐はジンの言葉を聞きながら、光たちに視線を向けた。最初の口論から論点がずれていて、ため息をつく可憐。



「はぁ……。光! 弘孝! いつまで無駄な時間を使うの!」



 可憐の一喝。それにより誰が口を挟んでも静まらなかった喧嘩が一瞬で治まった。




「可憐……。お人形可憐じゃなくなってる……」



「私の趣味ではないし、あなたたちが口論する火種になるから着替えたわ」




 肩をすぼめる光。弘孝も微かにため息をもらしていた。



「それは残念だ」



 二人で肩をすぼめる姿にハルが両手を叩いた。



「はいはい。そこまで、そこまで。今日は、昨日稼ぎそこねた仕事を昼間にしなきゃいけないんだから。可憐の言う通り、時間がもったいないわ。リーダー、早く指示を」



 ハルの言葉に、弘孝は表情を先程の少年の表情から一瞬で、全員を統率する頭の表情に変わった。



「分かった。まず、今日の昼間は、アイ、ハルは夜の客の確保。あと掃除も頼む。サキとスズはここの見張り。僕、可憐、猛、ジンで食料の確保と夜の相手を探す。光はアイたちと客の確保だ。本日から女性客も積極的に取り入れる」



 弘孝の指示に光以外は全員納得し、頷いた。



「ぼくと可憐を離す気なのかい?」



 光を睨みつける弘孝。反論した光だが、弘孝を睨む事は無く、張り付いた笑みを浮かべていた。



「一度に三人も増えたんだ。当然、食いぶちに困る。働かざる者食うべからずと言うだろ。猛にも明日は光と代わって働いてもらうつもりだ。変な意味では無い」



 弘孝の意見を笑顔で聞く光。



「だって。明日は猛君が女の子の接客かぁ。出来るかな?」



 からかい気味に猛に話し掛ける光に、猛はため息で応えた。



「下心を持つ人間なんぞ、話しを聞けばいいだけだ」



 鼻で笑い、光から視線を弘孝に戻す猛。



「さ、昨日は大量の死者が出たから市場が賑やかだろう。先を越される前に行こう」



 死者が大量に出たから市場が賑わう。可憐は弘孝の言葉の意味が分からず、首を傾げた。質問しようとしたが、数分後には分かる事でもあり、時間ロスに繋がると考え、口を開かなかった。


 弘孝が左手をゆっくりと上げた。それを合図に全員が持ち場についた。


 弘孝が外への扉を開けた。時間は正確には分からないが、太陽が青空の真上にあったので正午前後だろうと可憐は察した。



「弘孝」



 外の血が混ざった地面を踏みながら可憐は弘孝の腕を掴んだ。振り返る弘孝。



「私も、しなきゃいけないわよね。接客」



 更に強い力で弘孝の腕を掴む可憐。彼女が踏む地面は血で湿っていた。そんな可憐に弘孝は捕まれてない方の手で頭を撫でた。



「可憐が嫌なら強制はさせない。お前はここに来て、いきなり残酷な現実を見たんだ。他人と話すのが不安なら、僕やジンの手伝いや、雑務をこなして欲しい」



 キャップが弘孝の手により音をたてる。可憐は心地良さそうに目を細めた。



「大丈夫。ここにいる人たちは、何かと辛い過去をみんな抱えているの。私だけ逃げるなんて出来ないわ」



 可憐は、撫でられていた手を握り、降ろさせた。握られた手を弘孝は優しくだが、力強く握りかえした。そのまま四人は再び足を動かした。



「変わってないな。可憐は」



 微笑する弘孝。その笑みは儚く、どことなく光に似ていた。



「変わったわよ。私も、あなたも。こうやって魔力が使える。私はラファエル、あなたはウリエルの器でもある。もはや人間かどうかも定かでは無いわ」



 可憐の魔力が握られた手を通して弘孝の体内へ入った。それが弘孝の体内で自分の魔力と混ざり合い、弘孝の心を癒した。



「人間は、変化し続ける生き物だ」



 二人の会話に猛が口を挟む。冷たい風が四人の頬を撫でた。



「猛。お前は人間が羨ましいか?」



 握りしめていた手を離し、弘孝は猛に視線を送った。突然の質問に猛は戸惑ったが、返事をするのには数秒の沈黙しかなかった。



「羨ましくないな。人間は、生と死といった制約がある。それに縛られながらも笑い、慈しむ事が出来るのが俺には理解不能だ。死後、讃えられる人間はごく少数だ。それなのに生きようとする理由も見つからない」



 視線を弘孝から空に移す猛。彼の魔力がこぼれ、地面に染み込んだ。そこから、草花が顔を出す。



「どうして人間は、短い時間の中で一人の人間を死ぬまで愛せる事が出来る奴が少ないのだろうか」



 猛の魔力により顔を出した草花が真冬の気温により、霜がおりる。一瞬で命が尽きた草花は、冬の風により、跡形もなく吹き飛ばされた。



「それは、人間が短い人生の中でいち早く愛せるパートナーを見つける為に、手当たり次第、形だけの愛情を送ってみているという考えじゃないのか」



 猛の問いに答えたのは弘孝だった。空を見ていた猛が視線を弘孝に移す。



「中には自分も欲望を満たすのみで、相手は誰でもいいという猛が嫌うような人間もいるけどな」



 苦笑する弘孝。そんな弘孝を見て、猛は思わず吹き出した。猛のクスクスとした笑い声だけが四人の聴覚を支配する。



「猛?」



 猛の予想外の反応に首を傾げる弘孝。



「すまない。この問いに全く同じ答えを出した人間が過去にいてな。そいつを思い出したんだ」



 笑いながら猛は可憐の胸元にあるネックレスに一瞬だけ視線を送った。それに気付いたのは可憐だけだった。


 もしかして、弘孝と同じ事を言ったのは、光なのではないかと考えた。光の性格からしたら先程の答えを導き出しても違和感は無い。可憐の脳裏を横切ったのは、天界で見た儚い笑みを浮かべる光だった。



「そういえば、猛はこれまで何人と契約をしたんだ?」



 可憐が質問しようとしたら、弘孝が先に口を開いた。笑う事を止めた猛。急に表情が暗くなった。



「数えるのが馬鹿らしくなるくらい。と言っておこう。と言っても、ここ数百年は欠落した大天使のみとの契約しか行ってないがな。ラファエルたちを最初に解放した時は、下級天使の数も今と比べたらかなり少なかった。下級天使を作る為に当時は、ほぼ人間界に滞在していたな」



 猛から滲み出る大人っぽさは、可憐たちよりも何百倍と生きている事により放たれるのだろう。その間に猛は何度大切な相手と別れたのだろう。


 可憐はそう考えるだけで寒気がした。たった十七年しか生きてない可憐ですら、優美が悪魔になり、自分から離れた事が今までの何よりも辛かった。それなのに猛はそれを何度も繰り返している。永遠の命となる宿命を可憐は想像したら、冬の気温以上の寒気が襲い、思わず身震いした。



「猛は、どんな生きものよりも長く生きているんだよな。確かに、数えるなんて馬鹿馬鹿しくなるな」



 猛に同情するように弘孝は微笑した。弘孝の魔力が地面に流れた。それは、猛とは違い、地面を急速に乾燥させた。その様子をジンは黙って見ていた。


 魔力が見えないのは自分だけ。そう思っていたが、スズの事から、ジンはごく稀にだが、魔力を感じ取る事ができるようになった。目に意識を集中したら、魔力を見る事も出来る。


 しかし、これらは、想像以上の体力を消耗した。魔力を感じ取るだけでこれだけの体力を消耗するのだから、その魔力を自由自在に操れる弘孝たちは自分以上に体力を消耗している。そう考えたら、彼らを無意識に尊敬していた。

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