第30話 塵街+恋敵

 翌日、可憐はアイとハルが着替えている音で目を覚ました。昨日はあの非常な光景を目にしたのに、よく眠れたなと自分で感嘆した。



「あ、起きた?」



 昨日のように色気のある服装をしたハルが話し掛けてきた。彼女の手には女性ものの服。



「ぐっすり寝てたよ。可憐もリーダーと同じね」



 ハルの後ろからアイが顔を出す。首を傾げる可憐。




「弘孝と同じ?」



「ええ。リーダーは力を使い過ぎると、直ぐに眠ってしまうんだよ」




 ハルの説明に納得するように頷く可憐。そして、ハルから服を渡された。



「可憐の世界にあるような綺麗な服は無いけど、女で有る限り、少しは可愛い服着たいだろ?」



 右目を閉じ、ウインクするハル。可憐は、渡された服を受け取り、広げた。



「と、言っても、これはアタシのじゃなく、アイのだけどね」



 淡いピンクを主役にしたフリル付きの服。ワンピースかドレスか分からない人形が着るような服だった。



「これは……」



 唖然としている可憐にアイが近づく。



「これはジンが見つけてきたの。ジン、服見つけるの得意。こういう服着たらお客さん、とっても喜ぶ、需要ある。可憐もきっと似合う。可愛い」



 服の背中にあるチャックを引っ張り、可憐に着るように促すアイ。数分後、アイの勢いに負けた可憐は戸惑いながらも着慣れない服に袖を通した。



「意外と軽いのね」



 床までついたスカートのフリル。肩や首、手首にもリボンなどの小道具がついていた。胸元には、赤いブローチ。黒髪の可憐には似合わないと思っていたが、アイとハルの反応は可憐の想像とは真逆だった。



「可愛い! 可憐の黒髪を引き立ててる!」



 黄色い声をあげるアイ。ハルは顔を真っ赤にしながら可憐を見ていた。



「女でも惚れそうだよ」



 二人の感想に顔を赤くする可憐。動くたびにフリルが可愛らしく揺れる。




「お世辞を言われても何も出せないわよ」



「仲間にお世辞なんて言わないよ」




 可憐の肩を優しく触るハル。



「仲間……」



 ハルの言葉を繰り返す可憐。そんな彼女の頭をハルは撫でた。



「リーダーがあれだけ喜んでいたんだ。それに、アタシたち以上にリーダーは、可憐の事を信用している。そんなあんたを仲間以外の言葉で、どうやって例えるのさ」



 仲間。その単語は可憐の体に直接浸みた。優美が悪魔になったのを境に本音を話せる人物が誰一人いなかった。光や猛は、可憐の中では、また別な存在と割り切っていた。



「ありがとう。私、優美を失ってから仲間と呼べる人がいなくて」



 微笑む可憐。胸元のブローチが光りを反射し輝く。



「アタシもそうだった。両親からは、納税代わりに奴隷として売り出され、アタシを引き取ったあるじは、アタシをストレス解消の為にありとあらゆる拷問を施した。そんなある日、主の人格が豹変した。手にした財で手に入れた奴隷たちを殺していったの。主から逃げていたら、リーダーに会った。リーダーのあの力のおかげで私は今、生きてるの」



 ハルが左手を差し出し、可憐の右手を握りしめる。可憐の右手からは、微かに魔力がこぼれていた。



「アイもアタシと同じような境遇よ」



 二人の視線がアイに向けられる。



「ワタシは、親に殺されかけたの。ある日突然、二人ともおかしくなって、ワタシに向かってナイフを投げてきたの。それで逃げている時に、リーダーがアタシを見つけて——」



 アイが着ていたシャツをめくった。シャツで隠れていた腹部には、いくら時が経っても癒える事はない傷痕が露出された。



「この傷ができたばかりの時、リーダーがワタシを見つけて、治してくれた」



 可憐は、アイの傷痕をじっくり見た。そこには、微かに弘孝の魔力が残っていた。



「あなたたちにとって、弘孝は命の恩人なのね」



 可憐は微笑しながらアイを優しく撫でた。無意識に出る慈愛の魔力が、アイに日光浴をしているような、心地よい体験をさせる。



「彼がいなかったら、アタシたちは死んでいた。命を救ってくれたリーダーにアタシたちは、命を捧げるくらい慕っているんだよ」



 まっすぐと可憐を見つめるハル。彼女の瞳には、迷いは無く、弘孝の為に生きる事を誓ったと口にせずとも可憐には伝わった。



「だから、よかったら、リーダーを連れて行かないで欲しいの。リーダーのおかげでワタシも、ハルも生きてる。何度も何度もリーダーに助けられた。リーダーが可憐たちに必要なのは分かってる。でも、ワタシたちもリーダーが必要なの」



 可憐の服の裾を握りしめるアイ。可憐はアイと目を合わせる事が出来なかった。



「アイ、我が儘はよしな。可憐たちは、アタシたちが考えてる以上に重大な使命があるの。リーダーはそれに必要な存在なんだから、仕方ない事なんだよ」



 可憐からアイを引き離すハル。アイはおもちゃを取られた子供のような顔をしていた。



「また使えないって言われるのは嫌だよ」



 ふとこぼしたアイの言葉。それは、今までのアイのような少し幼稚な雰囲気ではなく、何十年も生きてきた人間のような雰囲気であった。



「アイ?」



 ハルの声でアイは顔を上げた。その時には、先程の雰囲気は無く、いつものアイだった。



「可憐、アイ、ハル。今から話があるんだ」



 可憐がアイに話し掛ける前に、ドアをノックする音と、弘孝の声が聞こえた。それに反応したハルがアイから離れ、ドアを開けた。



「大丈夫だよ。リーダー。ここに集めんの?」



 部屋に弘孝を招くハル。弘孝が可憐を見つけた時、彼の目は大きく見開いた。



「か、可憐? どうしたんだ。その格好は」



 慌てて可憐のもとへ駆け寄り、両肩を掴む弘孝。格好は相変わらず、可憐に負けないくらいの美少女に扮していた。



「二人が私に貸してくれたの。不格好なら着替えるけど」



 着替えに行こうと動く可憐を弘孝は抱きしめて止めた。



「いや、このままでいい。似合ってる」



 フリルに触る弘孝。その手はそのまま可憐の腰に回った。


 その時、ちょうどドアをノックする音が四人の耳に入った。



「可憐? 弘孝君にここに来るように言われたんだけどいるかい?」



 光の声に舌打ちする弘孝。可憐は弘孝から離れ、ドアを開けた。



「可憐……。その格好」



 それだけ言うと、光はいきなり可憐を抱きしめた。



「すごく可愛いよ! 惚れ直しちゃった!」



 強く抱きしめる光。光の後ろにいた猛はそんな光に冷たい視線を送っていた。そんな二人に弘孝が駆け寄り、引き離す。



「可憐から離れろ。ペテン師」



 無表情な弘孝に対し、光は張り付いた笑みを弘孝に送った。




「もしかして、妬いちゃったかい?」



「まさか。お前は嫉妬の対象にすらならないさ」




 二人の間に火花が散った。それに呆れ、ため息をつく可憐と猛。



「ハル。やっぱり私、着替えるわ。このままでは、二人がいつ無駄な魔力を使った喧嘩をしてもおかしくないから」



 そう言うと、可憐は自分の男性用の服を掴むと、別の部屋へ向かった。扉を開けると、そこには、サキ、スズ、ジンが同じ扉に触れようとした所だった。



「可憐? そのカッコー……。あと、向こうからリーダーの叫び声が聞こえるけど、何かあったか?」



 目を丸くするジンに苦笑する可憐。しかし、スズには警戒するように距離をとった。



「言葉で表現するのが難しい事が起きているの。悪いけど、しばらく席を外すわ。数分で戻ってくるから」



 可憐の言葉にジンが無意識に頷けば、可憐は三人の視界からあっという間に消えた。


 可憐の言動に首を傾げながらジンは弘孝たちがいる部屋へ入った。





「だいたいお前は可憐とどんな関係なんだ!」



「ぼくは愛の大天使ガブリエルで、可憐は癒しの大天使ラファエル。君も夢で見ただろ? ぼくたちが愛し合っていたのを。それだけだよ」



「可憐はまだお前と契約していない。一方的な好意を押し付けるのは彼女に失礼だろ」



「人の事言えるのかな? 弘孝君だって可憐に対してのスキンシップが激しくないかな」




 睨み合う弘孝と光。回りのメンバーは全員呆れのため息をしていた。



「リーダー! 何やってんだよ」



 その光景を目にしたジンが叫ぶが、弘孝の耳には入ってこなかった。



「お互い大変だな」



 ジンの頭に優しく手を置く猛。



「普段はこんな事ないんだけどな。リーダーはどちらかと言ったら、レーセーで物事を客観的にみるタイプなんだけど」



 光たちを見ていたジンだが、視線を無意識にスズに向けた。彼女は俯いていた。



「なぁ。猛。もしも、リーダーがお前との契約を断ったら、どうなるんだ?」



 視線を猛に向けるジン。猛はジンの頭に乗せていた手を下ろした。



「弘孝は、磯崎と同じ契約をしなくても魔力が使えるというイレギュラーだ。故にこれ以上の魔力を求め、契約する確率が高い。契約せずとも、俺から離れる事は許されないだろう。それに、ただの契約者ではない。四大天使の一人として、契約者になる義務がある。俺は光と違い、タイムリミットが近付いたら、契約しなければならない状況に弘孝をいざなう」



 猛の右手に微かに魔力が込められる。それに気付いたのは誰一人いなかった。



「オレが魔力を使える人間だったら、願いは決まってるんだけどな」


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