第29話 塵街+親友


「眠ったみたいだ」



 弘孝は自分の周りに放っていた魔力を閉じ、目を開けた。すでに格好は男性の服に変わっている。ここは、光たちの部屋の隣部屋だ。光と猛が二人になった所で、弘孝は隣の部屋で魔力を使い、二人の行動を探っていた。



「なんかジョーホーはあったか?」



 同じ部屋にいるジンが話しかける。それに首を横に振って答える弘孝。




「全然。途中から全く二人の気持ちが探れなくなった。恐らく光が僕の魔力を探ったんだろう」



 弘孝はジンに嘘をついていた。本当は、スズが悪魔という会話も弘孝は感じていたのだ。しかし、その言葉を受け止め、ジンに話すと、スズをグループから追放しなければならない。スズの能力を今失うのは、グループの成績を著しく下げる可能性がある。信頼から成り立つのが特徴の弘孝のグループに異様な者がいるとなると、自分もまた、孤独になってしまう。それを避けるためにも、弘孝はスズの事を黙っていた。



「へぇ。やっぱすげぇよ。リーダーたちは。隣の部屋はおろか、少し離れた所の人間の居場所は、感情まで分かっちまうんだからな」



 感嘆の声をあげるジン。それに弘孝は首を横に振った。



「ジン。可憐が言っただろ。僕の力は神から与えられた異様な力。差別や偏見の代表さ。それに、二人の時はリーダーじゃなくて弘孝って呼んでくれって何度も言っているだろ」



 ため息をつく弘孝。長い髪がふわりと揺れた。



「お前がいなければ、僕は今頃死んでいた。本来はお前がリーダーになるべきなんだ、ジン」



 弘孝が腰掛けているベッド。彼の隣にジンが座った。



「オレには弘孝のような知識も、力も、信頼もねぇ。お前がオレの側にいなかったら、今頃、オレは、あの時と同じ、一匹狼だ。それに、スズにも会えなかった」



 頬を微かに赤く染めるジン。それを見た弘孝が、ジンの肩に優しく触れた。弘孝の行動の意味を読み取ったのか、ジンは弘孝に儚い笑みを見せた。彼の笑みを見た弘孝もまた、ジン向かって微笑した。



「お前は、スズと出会った時から、惹かれていたもんな」



弘孝の言葉に、ジンは儚い笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。



「弘孝と一緒に出かけていた時に、トツゼン現れたスズは、すっげーヒトミがキレーだった……。赤と青。フツーならアリエネーだろ? 珍しいからとかじゃなくて、単純に吸い込まれるようなキラキラしたものがあったんだよ……。そして、オレたちのパーティーに入っても、すっげー仕事するし、ケンキョだし……。いつか、アイツをシアワセにしてやりてぇなぁ……」



 ジンの言葉に弘孝もスズとの出会いを思い出した。恐らく、奴隷として生きていた彼女がある、日凶暴化した主人から逃げている時に、偶然出会った。反射的に主人から引き離した弘孝が、スズの美しい声に注目し、名前をつけた。


 それから、彼女は助けてもらった弘孝に恩を返すように懸命に働いていた。その姿も弘孝は理解してはいた。しかし、それ以上に自分の親友の想い人となっていることが、弘孝にとって幸せだった。誰か一人を守り、幸せにしたいという感情を分かち合えた気分だったのだ。


 ふと、スズとの出会いを思い出した弘孝は、再度ジンの肩に自身の手を優しく置いた。



「礼を言おう。ジン」



「ば、ばか! 何今更改まって言うんだよ!」




 更に頬を赤くするジンに弘孝は思わず笑みを浮かべる。その時、扉の向こうから悪魔の気配を感じた。



「入っていいぞ。スズ」



 弘孝の声の後、扉が開き、スズが入ってきた。



「安心しろ、二人はもう眠った」



 安堵の息をもらすスズ。弘孝には彼女のまわりに溢れる魔力に気付いていたが、口にする事は無かった。



「そうですか」



 鈴の音のような優しく、儚い声。それはスズの声だった。



「スズの読み通りだったな。僕以上の不思議な力を持った人間が三人、僕を目当てにやってくるって」



 弘孝が手招きし、スズをベッドへ座らせる。スズもまた、遠慮がちに弘孝の隣に座った。



「あの三人は危険です」



 スズが弘孝を見つめた。オッドアイの瞳が弘孝を映す。




「確かに、光と猛には気をつけてなければならないな」



「そうじゃなくて、あの可憐という女が一番危険なのです」



 スズが弘孝の手を握った。それを見たジンは、二人に気付かれないようにため息をした。



「僕は可憐の事はこの中で一番理解していると思っている。彼女は、よっぽどの事が無い限り欲が無い。魔力を使ってもそのような感じはしなかった。だから安心しろ、スズ」



 弘孝がスズに無意識に魔力を送った。それにより、スズは少し表情を歪めたが、さとられる事は無かった。



「リーダーがそうおっしゃるなら……」



 俯くスズ。そんな彼女の頭を弘孝は優しく撫でた。


 スズの頭の中は時間が止まったかのように思考が停止した。



「僕たちの事を心配してくれたんだな。ありがとう。スズ」



 弘孝の手の平から溢れる魔力。それはスズの身体を苦しめ、心を幸せで満たした。



「ただ、あの光と猛という自称天使たちにはかなり警戒する必要がある」



 スズが大人しくなった事を確認すると、弘孝は彼女から離れた。



「リーダーが感じていた無駄に強い力の持ち主なんだろ?」



 ジンが口を挟む。言葉は弘孝に向けられていたが、視線はスズの方にあった。



「確かにそうだ。あの力……、彼らの言う魔力は僕の数倍、いや、それ以上の力を持っている。僕たちのような無力な人間は、視線を送るだけで、首を切る事は簡単だろう」



 頷く弘孝。長い黒髪がふわりと揺れた。



「そんなに強ぇのかよ。じゃあなんでスズの幻覚が効いたんだ?」



 ジンの疑問に弘孝は少し間をおいて答えた。



「それは多分、他の事に力を使っていたから、スズの力を見破る余裕が無かった。こう考えるのが自然だろう。僕の経験上、同時進行で魔力を使う時、一つだけに集中するよりかは、精度は落ちるからな」



 弘孝の回答にジンは納得の表情を見せた。




「あ、そっか。じゃあ何にその力を使っていたんだ?」



「それが分かれば僕も苦労しないさ。」



 ため息をつく弘孝。



「しばらく様子を見よう。幸い、彼らは僕たちの味方のようだ。可憐もああ言っているから殺される事は無いだろう。今のところ最も敵にしたくない人物だしな」



 それを境に弘孝はベッドに横になった。このベッドだけは、人間の汚れを知らない純粋なベッドだった。




「もう電池切れか?」



「あぁ。今日は朝から張っていたし、夜は光に魔力を当てられたし、今まで二人の会話を聞いていたしで、人生の中でベストスリーに入るくらい使った。眠気が限界だ」




 そう言うと弘孝は瞳を閉じ、寝息をたて始めた。ものの数秒の出来事にジンとスズは呆気にとられていた。



「大変なんだな。魔力ってもんが使える奴は」



 寝息をたてる弘孝にジンは毛布を雑に被せた。



「スズは寝なくていいのか?」



 視線を弘孝からスズに戻す。スズは首を横に振った。



「わたしは平気です。魔力も普段と同じ量しか使ってませんし。それに、リーダーが今魔力を使えないとなると、わたしが守るしかないでしょ」



 温かい眼差しを向けるスズ。それは、ジンにではなく、彼女が想っている男性に向けられていた。



「ホントはオレが守らなきゃいけねぇのにな。ゴメン」



 俯くジンをスズは全く視界に入れなかった。



「構いませんよ。これは男女の差ではありません。魔力を持つ者と持たない者。それだけなのですから」



 スズが右手に魔力を込めた。彼女の禍禍しい色をした魔力は、静かに弘孝を襲う。



「どうしてスズは魔力が使えるんだ? それに、光たちはどうしてスズの事にあまり触れなかったんだろう」



 ジンが言葉を零した瞬間、スズが放っていた魔力が一気に消えた。それと同時に、眠る弘孝に送っていた眼差しも消えた。



「わたしのつたない魔力では、契約をする価値も無いという事じゃないのでしょうか」



 ジンに偽りの儚い笑みを見せるスズ。その周りには、微かに魔力が零れる。



「そっか。大変なんだな。魔力を持っているだけじゃ天使になれねぇのか」



 ジンは視線をスズの顔から彼女の右手に移した。そこには、ジンは初めて見た闇に近い禍禍しい何かがスズの右手を覆っていた。



「スズ?」



 ジンの声はスズには届かなかったのか、彼女は欠伸をした。スズの右手が口元にいく動作をした時、ジンが初めて見たスズの魔力が生き物のようにスズの右手から離れ、ジンのもとへ真っ直ぐ飛び込んできた。



「わたしも、そろそろ就寝します。サキを一人にしてますし。明日、またあの三人の監視もありますし。おやすみなさい、ジン」



 スズの言葉はジンには聞こえなかった。ただ、放たれた魔力を無意識に避けていた。



「スズ! 今の、一体……」



 ジンが口を開いた時、そこにはスズの姿は無かった。


 辺りを見渡し、さらに扉を開け、周りを見たが、スズの姿は無かった。



「なんだよ、あの黒いのは」



 ジンの疑問に答えられる者は誰一人居なかった。


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