第28話 塵街+魔力
そんな彼女の姿を見た弘孝は、可憐をそっと抱きしめようと手を広げようとしたが、光が先に動いた。
可憐もそれに抵抗せず、光の腕の中にすっぽりとおさまった。弘孝はそれに睨みつけるような鋭い視線を送ったが、二人には届かなかった。
「分かってくれればいいんだ。それに、他人の命に涙を流せるっていう事は、可憐が優しい証拠だよ」
可憐の涙が光の服を濡らした。その時には可憐の目尻に涙は無かった。光が可憐に送った魔力で出来たネックレスが微かに光りを帯びる。
「待たせたわね。いいわ。私が知っている事、それと、弘孝がすべき事を全て伝えるわ。あなたの仲間を全員集めてちょうだい」
可憐が光から離れ、弘孝の右手を握った。彼女の手から出ているエメラルドグリーンの魔力が二人を優しく包む。
「分かった。おい! スズ! サキ! 入ってこい!」
弘孝の掛け声。それに応えるように二人の少女が扉を開けた。一人は可憐も見たことのある悪魔の魔力を放つスズ。もう一人は、身体中に切り傷の跡があるスズと比べたら、お世辞でも綺麗とは言えない少女だった。スズと可憐の目が合った。すると、スズは、可憐にのみ分かるように禍禍しい魔力を飛ばした。しかし、それは光のネックレスにより可憐に直接触れる事は無かった。
「紹介する。スズとサキだ。スズは客引き、サキはターゲットの追尾を担当している」
弘孝が二人を手招き、座らせる。スズとサキは光たちに軽く礼をした。
「これで全員だ。話してくれ」
弘孝の言葉に、可憐は首を傾げた。
「私と光たちを引き離した女性たちは?」
可憐の言葉にジンが思わず失笑した。一気に視線が集まる。
「はっ。そんな奴らは最初からいねーよ。あれはスズが作った幻覚だ。スズは最大三人に幻覚を見せる事が出来る。お前らの魔力とは違ってこれは——」
「ジン! 口を慎め!」
ジンの言葉を弘孝が途中で遮る。その声量に怯むジン。
「ゴメン」
しばらく沈黙がこの部屋を支配した。最初に口を開いたのは弘孝だった。
「僕はまだ彼ら……。可憐以外の来客を信頼していない。こちらの情報をむやみやたらに公開するわけにはいかないからな。こちらこそ少し怒鳴りすぎた。すまない。ジン」
俯く弘孝に、ジンは両手を軽く叩いた。
「リーダーはそうやっていつも深く考えすぎなんだって。今はその可憐って子の話しを聞くのが今やるべき事じゃねぇの?」
ジンは可憐に視線を送り、顎を使って話をするよう促した。可憐もそれに頷き、口を開いた。
「少し長くなるけど……」
そう前置きをして、可憐は光と猛との出会いから順番に話した。初めて見た魔力。自分にいきなり課せられた使命。クラスメートが悪魔だった事。夢で見た天界戦争の後に起こった悲劇。親友が魔王となった事。親友により悪魔の魔力が身体に溜まり、天界へ行った事。天界で弘孝がEランクにいる事を知った事。弘孝がウリエルの魂を引き継いでいる可能性が非常に高い事。
全てを話し終えるまで三十分くらいかかっただろう。しかし、その間に口を挟む人は誰一人いなかった。
「という事で、私たちはこの世界へやって来たの。何か質問は?」
一通り話し終え、深呼吸する可憐。その間にジンが右手を上げた。
「リーダーが猛のケーヤク相手なんだろ? 逆に、光がリーダーとケーヤクするのは出来ないのか?」
ジンの質問には、今まで口を閉じていた光が答えた。
「それは出来ないんだ。ぼくたちの魔力は人間との相性があるからね」
「ふーん。あんま難しい事は、オレは解んねぇけど、とにかく、可憐とリーダーは選ばれた人間って事?」
頷く光。可憐は指先に魔力を灯した。エメラルドグリーンの優しい光りが現れる。
「これが魔力よ。見える?」
可憐の問いに首を横に振るジン。
「全然。ただ可憐が人差し指を出してるだけだ。ここに魔力が見えるのか? リーダー」
ジンの視線が可憐の指先から弘孝に移る。弘孝は頷いた。
「ああ。グリーンの優しい光りが見える。これが、可憐の魔力なのか? 僕の魔力は、赤いぞ」
弘孝も可憐と同じように、指先に魔力を灯した。ルビーレッドの魔力が可憐の魔力と同じように灯される。
「四大天使は全員魔力の色と性質が違うの。弘孝の場合は、大天使ウリエルの魔力。私は、大天使ラファエルの魔力」
可憐が指先に灯していた魔力を消す。それに便乗するように弘孝と同じ行動をとった。
「なるほど。そして僕は、なるべく早く猛に願い事を言って契約しなきゃダメって事か」
あぐらをかいて、指先に魔力を灯したり消したりする弘孝。女装しているので、あまりよろしくない格好だった。
「よし、今度は僕たちの事情を話すか。ジン。可憐たちにここでのルールを話せ」
今まで口を閉じていたジンが急に話し掛けられ、一瞬間抜け面になった。数秒後には元に戻り、咳払いする。
「分かった。Eランクはさっきも言った通り、ゴミ扱いされる人間が集う場所だ。ここにルールブックやホーリツは無い。ただ、強い奴が生き残る。それだけだ。オレたちの場合は全員、身内がいない子どもさ。だから、グループを作り、報酬を山分けにする事にした。その方がぐっと生き残れる確率が上がるからな」
ジンの言葉に一つ一つ頷きながら耳を澄ます可憐。しかし、一つだけ疑問があった。弘孝の家族の事だ。しかし、可憐が話しをしている間、誰一人口を挟まなかった事から、可憐は質問を飲み込んだ。
「そして、リーダー、オレ、スズ、サキ、アイ、ハルの六人でグループを組む事にした」
ここで一息入れたジン。光たちと共に入ってきた少女たちが自己紹介をする。
「ワタシはアイ。男に追われ、死にそうになった時、リーダーに会って、拾われた。役割は接客です」
大きな瞳に白い肌。齢は可憐よりも年下であろう。美しいよりも可愛らしいという形容詞が似合う彼女は、光の接客を予定していたと付け足した。
次にアイの隣にいた少女が頭を下げた。
「アタシはハル。元奴隷で、
ハルはアイとは真逆に、ややつり目の瞳をしていた。体格や容姿も美しいと言うに相応しかった。齢は恐らく既に飲酒ができるくらいであろう。彼女もまた、猛の接客を担当していたと述べ、一礼した。それを確認したジンが説明を再開した。
「オレたちは、多少裕福なオッサンたち相手にアイとハルを使って接客をしている。でも、オッサンが気持ち良くなっている時、オレかリーダーが衣服から高そうなものを奪う。もちろん、殺す事だってある。そうやってオレたちは生きてきた」
ここまで言うと、ジンは口を閉じた。これを境に光が右手をあげる。
「弘孝君とスズさんの説明を補足して欲しいな。魔力の事とかね」
光の言葉に頷く可憐と猛。次に口を開いたのは弘孝だった。
「僕は、ある日突然、天使と悪魔の戦争の夢を見た。それを境に身体から魔力があふれ始めた。他人の気配にも敏感になり、自分の感情に合わせてこの魔力の力が変わった。最悪、殺した事だってある。僕が本気で怒り狂った時、相手は凍死したような死体になっていた。この力を利用して僕はこのグループのリーダーに抜擢され、ここまでみんなを守ってきた。可憐の話しから、僕のこの体験を理解した」
ため息をつく弘孝。軽く光を睨む。光はなぜ自分が睨まれているか解らなかった。
「スズの説明は僕が代弁する。彼女もまた、元奴隷の身分であり、僕が死にかけていた彼女を拾った。不思議な事にスズは人間に本物に近い幻覚を見せる事が出来る。それを利用し、アイとハルの負担を軽減するようにした。これがただのマジックなのか僕と同じ魔力を使ってなのかは不明だがな」
弘孝の補足が終わると、立ち上がり、一礼するスズ。その間も可憐にのみ、禍禍しい魔力を送り続けていた。
「スズは前の主人に喉を潰されて話せないんだ」
補足し、可憐たちが薄々感じていた疑問を解決させる。
「ふーん。大変なんだね。君たちも」
光が魔力をスズに放った。スズが微かに表情を歪める。それに気付いた弘孝が両手を叩いた。
「今日はもう遅い。話したい事はまだあるから、それは明日聞こう。お前らはこの部屋を使ってくれ。可憐はアイたちと同じ部屋に行ってくれ。何かあったら彼女たちが手伝ってくれるさ」
弘孝がアイとハルに視線を送る。二人は頷くと可憐に手を差し出した。
「可憐」
光は可憐に不安そうな声を送る。振り向く可憐。そんな光を見て弘孝は鼻で笑った。
「お前は可憐が側にいなきゃ不安なのか? 安心しろ。僕は可憐を信頼している。拷問なんかはしないさ」
弘孝の言葉に光は不満げな表情を浮かべた。彼の不安を取り除くように可憐は優しく笑った。
「大丈夫よ。私も弘孝を信じている。それに、あなたと共に床を過ごすなんて、ごめんだわ」
可憐の言葉にジンが吹き出した。
「あなたと共に床をすごすなんて、ごめんだわ。だってさ! あははっ。お前相当嫌われてるな!」
可憐が言った言葉を口調まで真似て言うジン。しかし、光はいたって涼しい顔をしていた。
「君が弘孝君を信じているくらいに、ぼくは可憐を信じているからね。口先だけの言葉を真に受けるのはどうかと思うよ」
一瞬にして笑顔が消えるジン。次の瞬間、ジンは無意識に光の胸倉を掴んでいた。
「確かにオレたちはお前よりかは頭も悪ぃし、魔力とかなんとかいう、トクベツな力もねぇ。でもな、ここでの生活はお前らより遥かに長ぇんだ。ガキは大人の言うことを素直に受け止めるのがジョーシキってもんじゃねぇのか」
光を睨みつけるジン。しかし、弘孝がジンを睨めば、ジンは光から手を離した。
「行こうぜリーダー。こんな能天気な奴らといたら、こっちまでお人よしが移っちまう」
ジンの言葉に弘孝は頷き、立ち上がった。それに合わせて女性陣たちも立ち上がる。
「行きましょう」
ハルが可憐に右手を差し出した。可憐もまた、それに応えるように左手を伸ばす。そのまま立ち上がり、光の前から姿を消した。数秒後、賑やかだった部屋には光と猛二人のみになっていた。
「今回は厄介じゃないか」
ベッドに腰掛け、ため息をつく猛。
「厄介で済むならいいんだけどね。何よりもスズっていう悪魔は、弘孝君との関係すら分からない。状態から、まだ契約はしてないみたいだから、良ければ明日にでも猛君には彼と契約して欲しいかな」
話しながら、光はベッドに魔力で文字を書いた。そこには、会話が聞かれているかもしれないという事が書かれていた。猛もまた、魔力で話しを逸らすぞと書いて答えた。
「それよりも、大変だな。お前は。磯崎に嫌われるわ、弘孝に嫌われるわ、本当に契約者になる人間には好かれないんだな」
笑う猛。ベッドには、魔力で、ウリエルの魔力を使ってかと書く。
「そうだよね。ぼくはこんなに可憐を愛しているのに、人間を慈しんでいるのに、その人間に嫌われるなんて、困ったもんだ」
苦笑する光。彼もまた魔力で、まだ発展途上だけどねと書いた。
「そういう所が、嫌われる理由じゃないのか。人間の思う、恥ずかしいという感情をふるいたたせるような台詞を言うから、自業自得だな」
ため息をつく猛。それに対して光は苦い表情を浮かべる。
「そういう都合の悪い所はすぐ見つけるんだから、猛君は」
光が魔力を消した。そのままベッドに横になった。
「さ、ぼくたちも寝よう。幸い、ここは他のランクと比べて魔力がある。眠っている間に少しでも魔力を回復しなきゃ。君は魔力を節約しなきゃいけないしね」
猛は、光の言葉を聞きながらベッドから降りて、床で横になった。それを見た光は、上半身だけ起き上がり、唇を尖らせた。
「えー。一緒に寝てくれないの?」
光の言葉を無視し、猛は瞳を閉じる。
「俺に人間が欲望に従順になった所で眠れというのか」
光に背を向けるように寝返りをする猛。
「やれやれ。ミカエル。君は本当に人間が大好きなんだね」
起こしていた上半身を再びベッドに付ける光。
「ぼくは、どうしてそこまで人間を慈しむのかが分からないよ」
光もまた、ゆっくりと瞳を閉じ、眠りについた。
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