第26話 塵街+レン
漆黒の切れ長な目。長身で細身だが筋肉質な身体。右の頬には大きなバツ印のような傷痕があったこの青年は、猛と光が天界で見つけた弘孝と一緒にいた青年であった。
少女の方はフードをかぶっている為、顔は分からないが、三人は彼女から溢れる魔力を感じ取り、少なくとも人間ではない事を察した。
「うーん…。暇って言ったら暇かな。まだここについて5分くらいだしね」
光の口角がゆっくりと上がった。
「へぇ。新人さんか。じゃあ特別サービス。ジョーダマな娘を紹介するよ。男三人で暮らすなんて色々大変だからな。ハッサンできるうちにハッサンしとく方がいいよ」
青年の言葉を境に隣にいた少女がフードをとった。無造作だが、美しい金髪。赤と青のオッドアイ。女性らしい華奢な身体。万人が美しいと答えると思われるその容姿は、女である可憐ですら見惚れた。しかし、美貌以上に禍禍しい魔力が彼女の周りから放たれていた。
「どうする? 猛君」
答えは分かっていたが、目の前の男女に怪しまれぬように口先だけの相談をする光。
「愚問だな。それは俺ではなく、俺たちのボスに聞くのでは?」
全員の視線が可憐に向けられた。キャップを深くかぶっている為、可憐の顔を見ることはあの二人には不可能であった。そのまま可憐は、無言で頷いた。
「そういう事だから、お願い出来る? お金はいくら欲しい?」
可憐を守るように彼女の前に出る光。
「オレたちが欲しいのはジョーホーだよ。ジョーホー。ここは政府から捨てられた人間が集うゴミ捨て場。Eランクなんて若干ビョードー扱いしているけど、ここの事を俺たちも、そして、上の方々もこう呼んでいる。ダストタウンって」
青年の言葉を可憐は口に出さず復唱した。そのまま服の裾を握りしめる。
「情報か。俺たちが上から来たからと言って、ここで上の情報を話すと思うか? 懲罰の対象だぞ」
蔑むように笑う猛に青年は腹の底から高らかに笑った。その光景に猛たち三人は目を丸くした。
「ははは。言っただろ。ここはダストタウン。ゴミに情報を吐いたってゴミは何も出来ないだろ。このランクに一度入ったら、もうテストを受ける権利すら奪われる」
「それなら大丈夫だね。ただ、ぼくたちも聞きたい事がある。どうして上に上がれないと分かっていながら、上の情報が欲しいの?」
三人の中で一番冷静な光が口を開いた。それに対して笑っていた青年はいきなり無表情になり、無言を返した。
「これ以上は干渉されたくないって解釈でいいかな。いいよ。聞かれたくないなら聞かないから。ほら、早く案内してよ」
光から放たれる魔力。それは、微かにオッドアイの美少女の顔を歪ませた。
「まぁ、お兄さん方かなりお強いし。これ以上焦らしたらオレたちが殺されちゃうよ」
ついて来いと言うように首を振る青年。可憐たち三人は青年の後を追った。路地裏を器用にすり抜けていく青年に可憐はついていくのが精一杯だった。しかし、ここで光か猛の力を借りたら自分が女だとばれる可能性があるため、自力で青年を追った。喉にかけられている光の魔力がネックレスに反応し、首が締め付けられているような感覚に襲われた。
「ところで、お兄さん方、名前は?」
路地裏を器用に走りながら振り返る青年。時々、足元には人間か動物か分からない骨が散らばっていて、青年はそれを簡単に避けていた。
「ちなみに、オレはジン。んで、こっちのが、スズ」
ジンと名乗った青年は、自分を指差した後、隣に無言でいる少女を指差した。スズと呼ばれた少女はジンの言葉にゆっくり頷いた。
「ぼくは光、こっちのうるさそうなのが猛君」
「誰がうるさそうだ」
さらりと光は可憐の名前を伏せるようにしたが、ジンはそれを見逃さなかった。瞳を微かに細め、可憐を見た。しかし、可憐もそれに気付き、ジンから視線を逸らし、顔を合わせなかった。
「光に猛か。じゃあそっちのリーダーの名前は?」
三人の空気が一瞬だけ凍りついた。このまま名前を伏せると怪しまれる。しかし、正直に名前を名乗ると今まで隠していた性別がばれてしまう確率が非常に高い。光は瞬間、思い付いた名前を無意識に口にした。
「レン。ぼくたちのリーダーの名前はレンだよ」
あまりにも即席な名前で驚き呆れる可憐。しかし、それを表情に出すことは無かった。
ジンも可憐の偽名に気付かず一度可憐に視線を移せば再び三人から視線を前に戻した。
「名前も分かったところで、ついたよ。一時の楽園へ」
可憐がキャップを微かにずらし、視界を広げた時、そこはスズにも負けないくらいの美女たちが布一枚だけ羽織って、可憐たちを出迎えた。辺りを見渡す可憐。
そこには既にスズの姿は見当たらず、弘孝がいる気配も無かった。
「ここからは個室で既に待機している女を各自自由に扱いなよ」
「個室なんだ」
光と猛もまた、可憐のようにスズと弘孝の居場所を確認していた。しかし、二人がいくら目を凝らしても彼らの姿は確認出来なかった。
「まさか、そんな趣味無いでしょ? 男が男の裸見たってね」
ジンの言葉を境に周りにいた美女たちが三人の腕に抱き着いた。細い腕と柔らかな肌が三人を引き離す。
「レンさんには最上級のサービスを提供しまっせ」
ジンの口角がゆっくり上がる。それに気付いた光が可憐の所へ駆け付けたかったが、美女がそれを邪魔をして、動く事は出来なかった。
「レン!」
光の声に反応し、振り向く可憐。しかし、光の姿は可憐の腕を離さない美女によって可憐が確認する事は出来なかった。
「大丈夫だって。言っただろ? ジョーホーさえくれたらそれなりのサービスはする。殺しはしないさ」
微笑むジンに可憐は疑心暗鬼になりながらも美女たちの誘導と共に光たちの前から姿を消した。
「レン様は美しい肌をされていますね」
「本当、女の私たち以上にお美しいですね」
左右の美女たちが可憐にお世辞を言うが、同性にそのような言葉をかけられても可憐の心には全く届かなかった。
「先ほどの殿方とはどのようなご関係で?」
左腕に抱き着いている美女が聞いてきた。齢は可憐と変わらない容姿だが、明らかに彼女よりも生きる為に学んだ事は多い事が可憐でも理解できた。美髪が映える素肌が可憐に触れる。
美女の質問に答える事が出来ない可憐は、彼女たちに無言を返す。それに多少のいらつきを見せる美女たち。それを察したジンは一度立ち止まり、可憐の方に体を向けた。
「レン。あんた、話せるのか?」
不意な質問に可憐の心臓が音をたてた。それを悟られないように首を横に振った。
「それは、病気や生れつきで? それとも、誰かがイトテキにあんたの喉を潰したのか?」
やはり不信に思われている。可憐は今すぐジンから離れたかった。しかし、それを美女たちが許すはずがなく、先ほどの甘えるような抱き着きではなく、確実に可憐を逃がさないような抱き着きに変わっていた。
「もしも、後者だったら、その理由も知りたい。オレは文字が読めないが、リーダーが読めるから紙に書くなりなんなりしてジョーホーを伝える事は出来るだろ?」
可憐の返事を聞かないまま、彼女に背中を向け、再び歩きだした。それに合わせて美女たちも歩きだす。しかし、可憐を離さないよう未だに腕を束縛したままだった。数秒たったら、そこには木製の扉があった。
「ま、詳しくはこの中で、三人で楽しく話そうか」
ジンが扉を開けた。それを境に美女たちが可憐を解放した。しかし、それを確認したジンが瞬時に可憐の右手首を掴み、逃げる事は不可能にさせる。
可憐はジンの言葉に疑問を抱いた。美女たちは自分を解放した途端、姿を消した。ジンと可憐、二人しかいない空間なのに、彼は三人と言った。残りの一人がこの扉の奥にいると悟った時、物凄い量の魔力が可憐の身体を通り過ぎた。悪魔のような禍禍しい魔力ではなく、むしろ、心地好い魔力。それは、自分の味方だと思われる人物が扉の向こうにいる事だ。
「ま、女と身体を重ねたいと言うならば、それが終わってからでもいいぜ。この部屋にいるのは絶品だからな」
ジンが可憐を引き込むように部屋に入れた。瞬時に扉の鍵をしめるジン。
そこは、セミダブルのベッドが一つ。ベッドの隣のテーブルには酒とつまみが二人分。それと夕焼け色に染まるランプが一つだけある目的が限られた部屋だった。
ベッドの上には長い黒髪を持つ少女らしき人物が座っていた。
「さ、顔を見せてやれよ。今回の客だ」
少女がゆっくりと顔を上げた。華奢な手足。それと黒髪に相応しい肌。柔らかな紫色の瞳。潤った唇。確かに、先ほどの美女とは比べものに為らないくらいの美しさがあった。だが、可憐はその顔の正体を知っていた。自分が長年会いたいと思い続けていた幼なじみ。格好は少女だったが、顔立ちは何一つ変わっていなかった。
今すぐにでも名前を叫びたかったが、光の魔力のせいで声を出すことが出来ずにいて、可憐はその怒りを服の裾を握りしめる事で分散した。
「お客さん、どうぞ」
先ほどの美女たちよりもやや低い声色。しかし、それが男性の声とは見た目からは正体を知っていなければ想像出来ないであろう。可憐は言われるままに声の主の隣に座った。
「さ、どうする? この女と寝たいなら、あんたらがいたランクの世界を教え——」
ジンが最後まで言葉を放つ前に可憐は自ら被っていたキャップをとった。それにより、長い髪と女性らしい顔が残りの二人に露わになる。少女を演じている人物は目を見開いた。
「か、可憐……?」
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