第24話 殺意+悪意

 猛が地に足をつけた所は、AランクとSランクを繋ぐ強化コンクリートの壁の近くにある教会の前だった。管理人すらいない教会は荒れ果て、相応しくない姿になっていた。


 猛は生い茂る草をかき分け、教会の扉を開けた。長年開けられていなかった扉は重く、奇妙な音をたてる。


 広い教会の中は巨大なパイプオルガン、椅子、そして大量の聖書と賛美歌の楽譜が支配していた。猛は落ちていた楽譜を拾い上げ一度目を通した。音符の位置を確認すると、賛美の歌を一人猛は歌った。彼の声が教会中に響き、美しい独唱を際だたせた。



「大天使さんは戦闘だけではなく、歌も上手なんだな」



 不意に上空から気配を感じた。猛は歌うのを止め、辺りを見渡した。



「その声は!?」



 猛の叫び声と共に、パイプオルガンの頂上に黒い翼を持った吹雪が猛を見下すように座っていた。



「ちっす」



 吹雪の姿を確認した直後、猛は身体を魔力で包み、腰にある剣を取り出し、炎を灯す。



「なぜ貴様がここに!」



 戦闘態勢にはいった猛に両手を上げ、戦意が無い事を伝える吹雪。



「相変わらず短気な契約者だな」



 吹雪がパイプオルガンから飛び降りる。翼が羽ばたき、ゆっくりと着地した。



「お前と今戦う気なんてねぇよ」



 背中の翼を黒い闇に変え、人間の姿に変わる吹雪。猛は距離をとりつつも、剣を下ろす。



「用件は何だ」



 吹雪を睨みつける猛。そんな猛を見て笑う吹雪。



「間抜けな契約者たちに一つ知識を与えてやろうと思ってな。優しいだろ?」



 一瞬、猛の視界から吹雪が消えた。警戒し、剣を振り上げた時、再び吹雪が猛の視界に入った。笑う吹雪は、少量の魔力を猛の剣を伝って猛本人に送った。すると、猛の身体が金縛りにあったかのように動かなくなった。左手に持っていた賛美歌の楽譜が落ちる。




「何をした……」



「じゃじゃ馬姫が暴れねぇように、魔力を送っただけだ」



 猛の右手から剣がするりと抜け落ちた。睨みつける猛に吹雪は口元だけ笑い、剣を拾い上げ、猛の腰にある鞘に入れた。



「大切な剣なんだろ? ちゃんと持っとけよな」



 にやり笑いながら猛の頬を撫でる吹雪。腰に力が入らず、片膝を床につけてしまう猛。吹雪はそれに合わせるように自分もしゃがみこみ、猛と視線を合わせる。



「不思議なんだろ? なぜオレがここにいるのか。なぜオレがこうやってずっとお前を追いかけているのか」



 声帯すら吹雪の魔力に犯されていて、睨む事しか出来ない猛。



「一つ、なぜオレがここにいるのか。それは、お前がここに来る事を事前に知っていたから。お前がこうやって一人歌を歌う事も全てな。そして、もう一つ、オレはミカエルを消してぇ。最高の絶望と恐怖、怒りを植え付けてからなぁ」



 猛の白い翼を撫でる吹雪。



「オレたちの契約者の中には未来を見透かせる力を持つ者がいる。そいつを使ってお前たちの行動を予知し、先回りする。伊達に俺たちもコキュートスで馬鹿みてぇに凍えてただけじゃねぇんだぜぇ」



 吹雪が猛の喉に触れた。すると、猛の喉を犯していた吹雪の魔力が綺麗に消えた。



「未来を見透かすだと!? 戯言を言うな!」



 多少喉に不快感はあったが、猛の喉は縛られる事は無かった。



「戯言はどっちだよ。お前は理想を追い続け、しまいには理想と現実の区別がつかなくなった。可憐や光明に執着するのも、あいつらの見た目があまりにも初代契約者にそっくりだから。お前はあいつらをお前が思い続けている大天使を通してからじゃねぇと見れねぇただの契約者だ。現実を見ろ」



 猛に視線を合わせていた吹雪だが、立ち上がり、彼を見下すように笑った。



「神に最初に作られたと言っても、所詮は契約者。オレたちと何一つ変わらねぇ」



 吹雪の呟きは猛の耳には入らなかった。



 そのまま吹雪は背中に漆黒の翼を羽ばたかせ、両手に魔力を集中させた。



「興が醒めた。今のお前は人間以下だ」



 吹雪は右手を上げ、指をパチンと鳴らした。すると、猛の身体中を支配していた魔力が一瞬にして闇へと変わり、猛から離れていった。


 体内に染み込んだ魔力を追い出すように咳込む猛。




「殺すなら殺せ」



「はぁ?聞いてなかったのかよ。殺す価値なんて今のお前にはねぇよ。光明以下だ」




 蔑むように猛を睨む吹雪。猛は未だに身体が痺れ、魔力から解放されているが、思い通りに動く事は出来なかった。



「ガブリエルとラファエルには絶対に触れさせない」



 痺れを中和させるように自分の魔力を身体に包み込む猛。



「お前が二人に執着するなら殺してやるよ。ま、可憐はそのうち俺のものになるに決まっているけどな」



 吹雪がそう言った瞬間、彼の周りに禍禍しい魔力が現れた。そのまま魔力は吹雪を包み込み、彼に悪魔を象徴させる翼を与えた。



「お前にかけた魔力は、ただ動きを一時的に制限するだけだから、心配する必要はねぇ。じゃあ、またいつか、別の場所で会おうなぁ。じゃじゃ馬姫よぉ」



 吹雪の翼が彼を包み、闇と共に姿を消した。


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