第23話 本性+本心

 光と猛は可憐たちを空中で窓から覗いていた。二枚の翼を羽ばたかせる音が静かに響く。



「せめてもの懺悔かい。ミカエル」



 光の問いに首を振る猛。



「神に最初に作られた契約者が懺悔などする必要ない」



 無表情に光を睨む猛。それを見て光は美しく笑った。



「ぼくたちは契約者だ。神が愛する人間を神の代わりに見守り、時には誤った道を正す。人間を愛するのもまたぼくたちの仕事さ。だから君が彼女の為に行った事も間違いではない」



 光が指先に魔力を集中させた。すると、可憐のネックレスの十字架が共鳴するように輝く。



「君が可憐に魔力をプレゼントした事が吉か、凶か……。それは可憐次第じゃないかな。これを境に魔力を強めるか、逆に更に家族と共に過ごしたいという欲望が増え、悪魔の誘惑にのってしまうか。後者だった場合、ぼくは君を殺すよ。どんな手を使ってでもね」



 光が視線を猛に移した。猛が彼の顔に視線を移す。

 猛の目に映る光の瞳は真っ赤に染まっていた。その姿は猛が追い求め続けていたガブリエルそのものだった。



「ガブリエル!?」



 猛の声に光は高らかに笑っていた。



「驚いたよ。可憐がシフルールで魔力を解放した時、僕は彼女を無我夢中で助けた。その時、彼女の魔力が僕に力を与え、ガブリエルとしての完全なる記憶を引き継いだみたいだ。魔力も今までよりも強くなった。君と同じくらい魔力があると思うよ、ミカエル」



 笑う光に猛は剣を取り出した。光もそれに対抗するように剣を取り出す。




「ガブリエル……。回答次第では、俺はお前を斬る。お前が今望む物は何だ」



「磯崎可憐。彼女と契約し、ラファエルに会いたい。彼女もきっと、契約したら完全なラファエルとなって、僕たち二人はまた転生をしなくても生きていける契約者になれる」




 光の赤い瞳が猛を映し出す。猛の剣が魔力を包み、炎を灯す。



「僕とラファエルの間を邪魔するなら、今ここで君を消すよ。この力があれば、君がいなくてもサタンを倒せる気がするからね」



 ガブリエルの剣にも魔力で作られた炎が現れた。



「今ここでお前の魂を解放したって構わないのだぞ」



 猛が握りしめる剣が音をたてていた。炎の勢いも普段よりも弱かった。



「震えているよ、ミカエル。炎も弱いし、本当に僕を裁くつもりなのかい?」



 笑う光に猛は剣を向け、灯していた炎を消した。それに驚き、動きが止まる光を猛は翼と自分の腕で包み込んだ。



「同族を裁くなんて俺はもう、うんざりだ」



 猛の抱擁は光の動きを全て封じていた。



「早く起きなければ磯崎を盗られるぞ、光」



 猛の言葉に光の瞳の色が赤から黒に戻る。数回まばたきをした光は、自分の置かれた状況を理解出来なかった。



「え? 猛君?」



 首を傾げる光を更に強く抱きしめる猛。




「そうだな。お前はガブリエルであり、ガブリエルではない。光明光だ」



「どうしてぼくは猛君に抱き締められているのかな?」



 苦しいよと付け足し苦笑いする光。猛は恥ずかしさを誤魔化すように光から離れた。



「ぼくの魂がガブリエルに乗っ取られようとしたんだよね」



 苦笑する光。猛は光の頭をそっと撫でた。



「ガブリエルはガブリエルでも先代の性格が強く出ていたな」



 猛がぽつりと呟いた。しかし、その言葉は光には届かなかった。




「何か言った?」



「いや、何も。話しは変わるが、お前も魔力を一時的に抑えておいた方がいい。光明光としての理性が押さえられなくなるぞ」




 剣を鞘に戻す猛。光は首を傾げながらも、魔力を集中させ、光りを作った。光りは数秒後、桜吹雪のように舞った後、光の腕に集まり、ブレスレットとなった。オレンジをベースにしたブレスレットは、一カ所だけ銀で出来た十字架が埋められていた。



「ぼくとしての理性ね……。猛君、神は本当にぼくたちに何をさせたいんだろう」



 光の問いに猛は首を横に振ることしか出来なかった。視線の先には家族と楽しそうに会話をする可憐。



「分からない。俺たち契約者は神と人間を繋ぐ為のみの存在だ。兄さん……ルシフェルのような慢心を生むような人間が現れぬように見守る事が俺たちの使命だろう」



 冬の夜風が二人の頬を撫でる。光も視線を可憐のいる集団住宅に向けた。父親と笑顔で話す可憐。その笑顔はまだ、光に向けられた事のない眩しい笑顔だった。



「こんな幸せな人間に望みなんて無いのに、契約者となる運命を背負わせるなんてね」



 愛しい人には届かない微笑みを向ける光。やはり、その表情はどこか儚かった。



「神に愛されるのは何か理由がある。それが理解出来ないのが歯痒いだけだろ」



 猛はそれだけ言うと、光に背を向けた。二枚の翼が音をたてる。




「どこ行くの?」



「私用だ。明日の朝までには帰る。お前は先に帰っていろ」



 この言葉を境に、猛は翼を大きく広げ、冬の夜空へと姿を消した。



「さぁ、ぼくも神に最も愛された人間へ懺悔をしなきゃ」



 取り残された光も別の方角へ飛び立った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る