第21話 天界+裁き
「申し訳ありません! ミカエル様! ガブリエル様!」
彼女の姿を確認した可憐は目を見開いた。
「どうしてあなたがここに?」
「可憐には言っていなかったけど、天界では、会話出来る契約者は自分と同じ地位だけなんだ。ぼくたちは最高位の上位三隊。その中で更に最高位の熾天使なんだ。エンジェは下位三隊。更にその中での一番下である天使。話す事は許されない。彼女の名前にエルがついてないのがその証拠だよ」
光の説明を曖昧に聞きながらエンジェの所へ向かう可憐。エンジェの翼は元気無く下に下ろされていた。
「可憐様は人間界にお帰りになるのですね」
俯きながら話すエンジェ。可憐はその時、彼女の周りから魔力が漏れているのが見えた。
「ええ。あなたとの時間は忘れないわ。そして、魔力が漏れているわよ。ちゃんとしないと魔力の無駄遣いよ」
微笑し、エンジェの頭を優しく撫でる可憐。
「ミカエル……。残念だけど、彼女も違反者だね」
二人を見ながら光は猛に話しかける。猛は剣を取り出し、ゴールドの魔力を炎にし、纏わせる。しかし、炎の量は猛の満足のいく量ではなかった。
「気休めの剣では契約者を安らかに解放出来ない。魔力で剣を作れると言えど、体の中にある限りある魔力を無駄に使うよりかは、既存の剣に魔力を纏わせた方が無駄がない。一度鍛冶屋に行って剣を取りに行ってくる。その間ガブリエルはあの下級天使を見張っていてくれ」
「分かったよ。」
光の了解の返事とともに猛は翼を広げ、西の空へ飛び立った。彼の姿が見えなくなるまで光は空を見ていた。その後は可憐とエンジェに視線を移動させた。
「可憐様も魔力が使えるようになったのですね。私にはもう、魔力は必要有りません。故に身体が勝手に魔力を放出させるのです」
未だに俯いたまま話すエンジェ。疑問に思った可憐は視線をエンジェに合わせるように屈んだ。
「それはどういう事なの?」
「私は、可憐様と出会って転生する前の私を思い出しました。私は可憐様と同じ国に住むEランクの人間。家族の幸せ……友の幸せの為に契約者となりました」
エンジェがゆっくりと顔を上げる。彼女の頬には涙が走っていた。
「記憶が……」
「思い出した途端に家族に会いたいという気持ちと魔力の放出が同時に起こりました。でも、それは叶わない事ですよね」
涙が頬を伝い、血塗られた地面を濡らした。
「もうすぐ私の魂はミカエル様により解放されます。この肉体は人間界では使えないので魂の解放と同時に消えて無くなるでしょう。可憐様、一つだけ、この下級天使の願いを聞いてくださいませんか」
エンジェの身体から漏れる魔力の量が徐々に増えていく。
「もちろんよ。あなたの願いは何? 私に出来る事なら叶えるわ」
エンジェの身体が指先から徐々に腐敗し始める。震えるエンジェを可憐は抱きしめる。
「嗚呼、有り難き幸せです」
可憐の抱擁に応えるように腐敗した腕を可憐の背中にまわすエンジェ。
この時、ちょうど猛が自分の剣を鞘に入れて飛んできた。
「待たせたな。状況はどうだ」
「大丈夫。解放される事を拒否しようとは思っていないみたいだよ。彼女の身体は死後ざっと見て百五十年近く生きている。本当はぼくたちが地上に降りた後、別の国で契約者になれる人間を探させるつもりだったけど……。人間である可憐の強い魔力に触れたからかな、記憶を取り戻すという契約違反を犯した。身体が綺麗な間に解放してあげてよ。可憐だって見たくないはずだよ」
エンジェをじっと見る光。彼女の魔力はシフルールに流れて行き、硫黄色の岩が魔力を吸収していた。
「私には妹がいました。もしも、その妹に会ったら、伝言をお願いしたいのですが」
エンジェの長い髪が水分を失い、地面に落ちる。足も腐敗を始めたので立っていることが不可能になり、可憐に倒れ込むエンジェ。可憐はエンジェをそっと受け止める。
「大丈夫よ。見つけたら必ず伝える。内容は?」
「たった一言、こんなお姉ちゃんでごめんね。これだけ伝えて下さい。妹の名前はナミといいます」
エンジェの身体が老婆のようになり、次第に栄養素を失った植物のように身体から離れていく。血の生臭い臭いが可憐の鼻孔を刺激した。
「分かった。ナミね。あなたの名前は? 天使である名前ではなく、人間であった時の名前」
二人の間に猛が無言で入ってきた。彼の姿を確認したエンジェは可憐からそっと離れた。右足は完全に腐敗し、半分ほど腐った左足のみで辛うじてバランスを保っていた。
「磯崎……。時間だ、この天使の魂を解放する。離れろ」
猛が腰から剣を取り出した。剣は徐々にゴールドの炎を灯し始める。
「待って! あの子の名前を!」
猛と会話をしている間にもエンジェの身体の腐敗は進行していた。顔はしゃべるのが精一杯なくらい腐敗していた。
猛は可憐の言葉を無視し、剣を空へ向けた。
「安らかに眠れ」
猛の剣がエンジェを貫いた。
「エンジェ!」
裁かれた身体は光りとなり天界よりも遥か上空へ昇った。その光景は桜吹雪とよく似ていた。
「裁き終了。また契約者が一人減ってしまった」
猛が剣を可憐に差し出した。それを無意識に受け取る可憐。炎が纏ってあるのに熱さは感じなかった。
「この剣に魔力を流し込んでみろ。炎が消えたら何も聞こえなくなる」
言われる通りに、可憐は猛の剣に魔力を流した。すると同時にエンジェの声が可憐の頭に直接入り込んできた。
「私の名前はナナミと言います。可憐様、私のわがままをきいて下さってありがとうございます。これで何も悔いはありません」
エンジェの言葉が終了すると同時に猛の剣の炎は消えた。それを確認した猛は可憐から剣を受け取り、鞘にしまった。
「今頭に流れてきた言葉があの契約者が最期に思った言葉だ。」
「ナナミ……。それがエンジェの名前」
魔力を流し終えた両手を神に祈るように握りしめる可憐。
「あなたの事は絶対に忘れないわ」
可憐の頭に優しい手のひらの感触が伝わった。振り返ると光が可憐の頭を優しく撫でていた。
「これが魂の解放だよ。裁きの大天使ミカエルにしか出来ない最も残酷で、最も美しい裁きさ。きっとエンジェの家族はぼくたちの行く時代にはいないだろう。何せ彼女は百五十年間天使としての役目を果たした。記憶が蘇ったら自分が人の理から外れた存在だと気付く。会えない人に会いたいと思い続ける。でも自分は生き続けなければいけない。そんな苦しみから猛君は解放させてあげるんだ。
それに見たよね? エンジェの身体が腐敗する所を。記憶が蘇るという事は自分が人間だと自覚する事。魔力で身体の腐敗を防いでいたけど、人間だと自覚したらコントロールが効かなくなる。でも、天界にいる限り、魂と肉体が離れることはなく、生き続ける。どちらにしても思い出したら腐敗しながらも生きるなんて酷いと思わないかい?」
可憐の身体は無意識のうちに震えていた。それを取り除くように光は可憐の手を握りしめた。暖かい魔力を流し込む光。すると、徐々に可憐の震えは止まった。
「契約者になるという事は、二度死ぬことなんだよ」
震えが止まったのを確認したら光は可憐から手を離した。
「あなたたちは大きな代償を得て記憶が無い人生で何かを叶えたのね。それに比べ私は、未だに契約をせずに魔力だけを手に入れた。なんてずるい人間なの」
自分を蔑むように笑う可憐。それに対して光は首を横に振った。
「違う。君は選ばれた人間なんだ。可憐。君を中心に天界とコキュートスの契約者が現れている。君は神に愛されただけさ。自虐する必要は無いよ」
「神に愛された故にこのような運命をたどる事になった。お前はずるい人間ではない。逆に契約者から逃れられないこの世で一番辛い人間かもしれない」
猛が優しく可憐の頭を撫でた。光のように心をなだめるような撫で方では無く、ただ、頭に手を置いたような猛らしい撫で方だった。
「どうして私が神に愛されたのかしらね。平凡な人間なのに。私以上に悲惨な人生を送った人……。ナナミのような人だっているのに」
自分でエンジェの人間時の名前を呟いた時、可憐は目を見開いた。
「ナナミ……って偶然よね。あの子の名前がナナミって」
「ナナミ? 七部海さんと同じ名前。どう思う?ミカエル」
光が猛に視線を移動させる。猛は右手を顎に当てた。
「七部海七海……。時間を超えて二人存在するなんて不可能だ」
「非科学的だけど、来世とか生まれ変わりなんて事はないの?」
「魂が天界にある限り来世という考え方は難しい。しかし、来世と考えたら多少なり魔力を持っていたと考えられる。そうしたら、今までの疑問の辻褄が合う」
「どちらにしても、私は七海さんに会う必要があるわね。」
エンジェの魂が解放された場所で黙祷をする可憐。
「そうなるみたいだね。まあ、名前が同じというのは単なる偶然って確率が高いけど」
光がシフルールに近づき、魔力を放った。すると、シフルールの中心から光りが放たれた。
「さあ、人間界へ繋げたよ。準備はいいかい?」
光が可憐に手を差し出した。可憐はエンジェが消えた場所に背を向け、光に右手を差し出された手の上に乗せた。
「帰れるのね。私の世界に、今までとは違う腐った世界に」
光と可憐、猛がシフルールの中心部にある光りの中へ入った。するとシフルールはより強い光りを放った。
数秒後、光りとともに三人の姿も消えた。
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