第20話 天界+信頼
「Eランクですって!? 私はどうするのよ」
可憐の目が見開く。一方契約者たちは冷静だった。
「大丈夫、ミカエルの力で君を同行させる事は簡単に出来るよ」
笑顔を見せる光。可憐は前回の吹雪と光のやり取りを思い出した。
「ただし、今回はかなりの大人数に魔力を送る事になる。期限は、持って一週間というところだな」
猛は自分の指先にサファイアブルーの魔力を光りに変え、灯した。
「ぼくは良かったら可憐は一緒に来て欲しい。ぼくたちが居なくなったら、南風君が何をするか分からない。沖田さんも動く可能性だってある」
「光は一緒に残ってくれないの?」
何かを懇願するように可憐は光を見つめる。それに答えられない光は、申し訳無さそうにため息をついた。
「ごめんね。契約者が人間界に降りる時は二人で行動を共にするのが規則なんだ。特に今回は大きな契約だから、二人で動かなきゃ危険すぎる。君を守る為でもあるんだ」
光は可憐の頭をそっと撫でた。微かに頬を染める可憐。
「光……」
「可憐……」
可憐の頭にあった光の手がそのまま頬に移動する。
可憐の顔に自分の顔を近づける光。二人の唇が重なろうとした時、可憐が光の腹部に蹴りを入れた。その反動で可憐から離れる光。
「触らないでよ。変態ペテン師」
「酷いよ、可憐。今の雰囲気だったらどう見たって恋人同士なのに」
可憐に蹴られた腹部を押さえながらいつもの張り付いた笑みを浮かべる光。
「私はあなたに守られる約束はしたけど、あなたと恋人にはなっていないわ」
両手とスカートを叩く可憐。
「死体に恋するほど、私はお人好しじゃないの」
不意に可憐が口にした言葉は光に鉛を持たせたような感覚を覚えさせた。しかし、彼はそんな表情を一切見せず、笑っていた。
「失礼だな。大天使にこれほど言える人間は君だけだよ、きっと」
光の笑みが先ほどの張り付いた笑みではなく儚い笑みだと気付いたのは猛だけだった。
「話しを戻すぞ。それで、磯崎は人間界に降りたら俺たちと共にEランクに行くのか、それとも、もとの暮らしに戻るのか?」
「あなたたちについて行くわ。戻ってももう、優美は居ないのでしょ。ならば私はEランクに行って転生する人間を見たい。それとも、もう既に名前くらいは分かっているのかしら」
猛の言葉に可憐は考える素振りすら見せなかった。彼女の真っ直ぐな瞳が猛を映していた。
「随分はっきりとした意見だな。良いだろう、名前は
椋川弘孝という名前を聞いた時、可憐の黒い大きな瞳が揺らいだ。
「椋川弘孝ですって!? 嘘よ! 彼はCランクの人間よ!」
「椋川弘孝を知っているのか?」
猛の言葉に頷く可憐。契約者二人の視線が可憐に向けられる。
「知っているも何も、私と彼は幼なじみよ。五年前のテストで別れてしまったけど……。お互いに切磋琢磨して上に上がる事を約束したの。なのに、なぜEランクなんかに……」
可憐が服の胸ポケットから小さな名刺入れのような物を取り出した。その中から一枚の写真を更に取り出し、二人に見せる。そこには幼い可憐と黒髪の男児が写っていた。
「間違いない、彼だね。ぼくたちは椋川弘孝の現状を神殿にある井戸で覗いていた。彼が今、どんな状況か知りたいかい?」
光が指先に魔力を集中させ映像を映すように魔力を正方形に空でなぞり画面を作る。それに対して可憐は首を横に振った。
「どうせ会うのなら弘孝に直接聞くわ。彼は彼なりの理由があるのよ、きっと」
写真をケースに戻し、大切そうに胸ポケットに入れる可憐。それと同時に光が魔力で描いた正方形は消えていった。
「もしかして、磯崎がさっき、これ以上友を失いたくないと言ったのは椋川弘孝の事か?」
猛の言葉に可憐は少し俯き、頷いた。
「ええ。私が階級テストを受けた時、私は上がれて弘孝はそのままだった。でも弘孝は自分が悔しがる前に私におめでとうと言ったの。私よりも彼の方が、成績が良かったのに、おかしいわよね。最後に会ったのは私たちが引っ越しする時。弘孝はいつものように笑顔で手を振っていたわ」
光と似たような儚い笑みを浮かべる可憐。微かに彼女の胸元から魔力が流れ出る。
(ウリエルの可能性がある幼なじみに、サタンに転生した親友、そしてクラスメートに強力な悪魔。更にミカエルの魔力を弾いた可能性のある謎の人間。同じ時間、更に可憐の周辺で配役が揃いつつある。君は一体何者なんだい、可憐。)
光はこの事を口にする事は出来なかった。
「磯崎との接触があったならば、強い魔力を持つ可能性が高い。更にEランクとなると悪魔がいてもおかしくない世界だ。出来れば明日にでも向かいたいが、その前に磯崎には一度自分の世界に降りて欲しい。もちろん、俺たちも同行する」
可憐の視線が猛へ向けられる。
「私に何か出来る事があるの?」
頷く猛。
「ああ。七部海七海。あいつの存在を確かめて欲しい。握手か何かをし、あいつに触れろ。その時、魔力を流し込むんだ。人間になら害は無いが、悪魔になら多少痛みを感じるだろう。俺たちがするより人間のお前が近づく方が向こうも警戒心が薄くなる」
ゆっくり頷く可憐。久しぶりに転校生の名前を聞いた可憐は微かに懐かしさを感じていた。
「了解。でも、あの子が悪魔なんて信じられないわ。契約者のあなたたちも分からないのでしょ」
可憐の言葉に苦笑いする光。
「普通、悪魔は自分の魔力を隠しているけど、契約者や強い魔力を持つ人間の前だと威嚇や誘惑の為に魔力を漏らすんだ。彼女から魔力が漏れている所は見た所無いけど、ぼくたち同様、悪魔も進化していると思うから念のためね」
申し訳無さそうに眉をひそめる光。
「私でないと出来ない事なのよね。それなら仕方ないわ。いくら友達になりかけている人でも、悪魔なら話しは別。でも条件があるの。お母さんとお父さんに一度会話をしたい。それが終わったら直ぐEランクへ行くわ」
再び迷いのない瞳を二人に見せる可憐。その雰囲気は契約者にラファエルを思い出させる。
「それくらいは大丈夫だ。一緒に食事するくらいの時間はあるだろう」
猛の言葉に安堵の息を漏らす可憐。その表情はどこにでもいる少女だった。
「ありがとう」
今の可憐の笑みは光たちには見せなかった心の底からの笑顔だった。
「さあ、話しがまとまった。今から人間界に向かう。それと、話しがあるなら出てこい。特別に許可をする。下級天使」
猛の後半の言葉に首を傾げる可憐。その時魔力を失ったシフルールの間からエンジェが姿を現した。
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