第19話 天界+真実

 近くで見ると、シフルールがどれだけ単純に作られていたか分かった。岩の色は硫黄のような色をしていた。



「これが、シフルール」



 猛がそっと可憐をおろした。可憐の身体は無意識にシフルールに惹かれていった。



「待て、まずは俺越しに触れろ。容易に触れたら必要以上の魔力が体内に——」



 猛の言葉を聞かず、シフルールに右手を触れた可憐。この時、可憐の体内に表現不可能な力が流れてきた。高圧電流を流されたような、または、鞭打ちにあったかのような、拷問に近い痛みだった。しかし、可憐は、拷問自体を知らなかったので例えることが出来なかった。



「っあ!」



 可憐の悲鳴と共に猛がシフルールから可憐を引き離そうと手を可憐に向けた。しかし、シフルールから放たれる魔力により近づく事が許されなかった。



「磯崎! シフルールから離れろ!」



 猛の叫び声は可憐の耳には届かず、可憐は手を離さなかった。



「熱いの……! 優美の時みたいに……首と背中が!」



 可憐の首もとに魔痕が現れた。それを見た猛は目を見開いた。



「魔痕が再発しただと!? 磯崎! 聞こえないのか! シフルールから離れろ!」



 猛の言葉に可憐は首を横に振った。ゆっくり目を開く可憐。



「出来ないの。私を離してくれない……!」



 猛が剣を取り出し、炎を纏わせた。熱さを感じない猛の炎はシフルールの出す魔力により増加していた。そのまま猛は可憐に向かって剣を振りかざした。



「可憐!」



 その時、ふと上空から聞き慣れた声が聞こえた。


 六枚の翼を生やした契約者が急降下し、魔力の溢れたシフルールの中に入り、可憐を抱きしめシフルールから強制的に離した。



「ガブリエル! お前!」



 必要以上の魔力を受けた光の瞳は赤みを帯びていた。その表情はまさに、可憐が夢で見た大天使ガブリエルそのものだった。



「大丈夫!? 可憐」



 優しく抱きしめる光。可憐は彼のぬくもりを感じ、目を覚ました。しかし、可憐の視界にあった青年は儚い黒い瞳ではなく、美しすぎる赤色の瞳だった。



「ガブリエル……?」



 首もとの魔痕は消えていた。光の腕の中で可憐は眠りについた。それを確認した光は猛を睨みつけた。



「どういう事だ。どうして可憐がシフルールに近づいた」



 猛は持っていた剣の炎を消し鞘に戻した。



「シフルールの魔力は契約者の魔力を高める。人間界で魔力を放てた磯崎なら魔力を吸収し、コントロール出来るかと思っただけだ」



「人間がシフルールの魔力を受けたら悪魔の魔痕以上の力を受ける可能性……存在自体消される所だったんだぞ!」



 眠っている可憐を強く抱きしめる光。人の温もりを持たない光にとって、可憐の温もりは変わらず光にとっては暖かすぎた。




「賭だ。この人間は危険すぎる。サタンたちの契約者になれば莫大な力を得る。天界を壊すほどのな。それなら体内に天界の魔力を注ぎ込み、自分でサタンを倒させる。それが最善策であり、俺たちが出来る懺悔だろ。それに、契約するタイミングが伸びる事は、磯崎にとって——」



「失敗したら君は可憐の魂を解放する気だった。君は人間を何だと思っているんだ。」




 猛の言葉を途中で遮り光の赤い瞳が猛を捉える。猛はそれを見逃さなかった。



「ガブリエル……その眼は」



 猛に指摘された途端、光の瞳の色は元に戻った。



「え?」



 首を傾げる光。黒い瞳が猛を映す。



「嫌、何でもない。そしてすまなかった。磯崎をシフルールに触れさせて」



 可憐の首を撫でる猛。そこに魔痕は無く、自分の見間違いではないかと思いはじめた。



「君がそんなに急いで契約を求めるのは初めてだ。確かに、可憐は人間が押さえ込んでいる魔力を解放出来た。でも、二つの魂を持つ者では無かった。生まれつき魔力が強い人間は沢山いる。なのに、どうして君は可憐にこだわるの? ミカエル」



 可憐の頬を優しく撫でる光。彼女を見つめる光の瞳は儚く、美しかった。



「ミカエル、君に可憐は渡さないよ。彼女の性格もどことなくラファエルに似ているから、君は彼女を求めるの?」



 可憐の額に口付けをする光。猛はそんな光をただ眺めていた。




「ガブリエル……」


「違う」




 光は首を横に振った。



「ぼくは君の思うガブリエルじゃない。ぼくは光明光だよ。転生してもこの身体に染み付いた性格は変わらないみたいだね。きっと人間だった時のぼくもこんな性格だったのかな。ミカエル。転生後は完全に記憶……性格までも変わって生きるっていうのは違うよね? 恐らく人間だった頃の光明光も似たような性格をしていた。けど、記憶がないんだから、性格が違うって説明しとけば無理に思い出そうともしないから裁きを与える可能性が低くなる。君なりの優しさなんだよね」



 光から伺える儚い表情は猛には理解出来なかった。



「ミカエル、君にはやっぱり正直に言うね。彼女を初めて天界でラファエルだと知った時から、ぼくは人間の光明光として磯崎可憐の事が好きだ。これは紛れもない事実でぼくは、それを受け入れている。これは違反かな?」



 腕の中で眠る愛しい人の頭を撫でながら光は猛を見た。シフルールからは未だに強力な魔力が流れていた。



「事例が無いから契約違反では無い。しかし、これによりお前の記憶が戻ったら、以後これは契約違反となる。今回の契約を行わなずに磯崎を人間界に戻すのも、俺には裁く資格はない」



 それだけ言うと、猛は光に背を向け、六枚の翼を広げた。


 その音に反応するかのように可憐が目を覚ました。



「ん、光……?」



 可憐が目を覚ましたら、彼女の視界には光の姿があった。



「可憐!? 大丈夫!?」



 可憐が目覚めた事により、猛は身体の向きを彼女に向けた。



「ええ。目覚めた時の視界があなただった所以外は大丈夫よ」



 相変わらずの皮肉をたたく可憐に安堵の息をもらす光。




「よかった……。君にもしもの事があったらぼくは死んじゃうよ」



「既に死人なのにそんな事言うの。気持ち悪い」




 ため息をする可憐。そんな彼女を抱きしめる光。


 可憐は光に邪険な言葉を放っていたが、猛が横抱きをした時のような抵抗はしなかった。猛はそんな二人を眺めていた。



(人間は何故嘘をついてまでも事実を隠す。矛盾した言動は転生を味わった事が無い俺には理解出来ない。)



 内心呟く猛。そのまま可憐に近づき、右手を差し出した。



「俺の手に魔力を込めろ」



 猛の言葉に可憐は首を傾げ、光は微かに猛を睨んだ。猛はアイコンタクトで可憐に害を与えない事を光に伝えた。その間に可憐は自分の右手に意識を集中させ、そのまま右手を猛の右手に重ねた。エメラルドグリーンの光線が二人を包んだ。



「これが私の魔力……」



 猛の体内に癒やしの魔力が流れ込んだ。数秒後、猛は目で可憐に合図し、右手を離した。可憐が魔力を放っている間、猛はずっと可憐の首もとを見ていたが、魔痕は現れなかった。



「充分な魔力を体内に確認した。契約すれば、より強い魔力を手に入れられる」



 満足げな表情を浮かべる猛。



「これで優美を救える? 今の私で優美が救えないのならば、私は契約します」



 可憐の言葉に光は目を見開いた。再び指先に魔力を放つ可憐。蛍のような光りが彼女の指先に現れる。



「教えてよ。ねぇ、この光りで私は優美とまた、あの日に戻れるの? 光、一色君」



 可憐の頬に涙が走った。彼女の指先にある魔力がより一層強く光り出す。



「私は、優美を元に戻す程の力が欲しい。これを契約内容として、光明光……いえ、愛の大天使ガブリエルと契約するわ」



 可憐の魔力がこれ以上の輝きを放ち、美しく散った。それはまるで、花びらが舞っているようだった。



「覚悟を決めたな、ラファエル。ガブリエルと契約するならば、立ち上がれ」



 猛が可憐に右手を差し出す。



「可憐! 無理に契約しなくても大丈夫なんだよ。」



 立ち上がり猛の右手を取ろうとする可憐の右手を光は掴んだ。



「私は、優美の為ならば天使でもなれるわ。私はこれ以上、友達を失いたくないの」



 可憐が光の手を振り払おうとした。しかし、それと同時に光は可憐を背後から抱きしめた。反動で可憐が猛に伸ばしていた手が下ろされる。



「君が沖田さんを救いたい気持ちはよく分かる。でもね、契約者になるという事は、死ぬまで契約者に見張られて、死んだら記憶を失って復活し、生き続けなければいけない。可憐は今魔力を手に入れた。確かに契約したらぼくたち並み、いや、それ以上の力を手に入れる可能性だってある。でも契約は自分の為に使って欲しい。魔力を使える可憐なら他の人間よりも考える時間が有るはずだよ。お願い、自分を見失わないで」



 光がそこまで言うと、可憐は何も言わず、光から離れた。彼女の頬を伝っていた涙は無くなっていた。



「出会ったばかりのあなたは私に契約を迫っていた。しかし、今のあなたは契約を拒んだ。本当、あなたってペテン師ね。でも、あなたの言葉を信じてみたくなった私も、どうかしているわね」



 微笑し、可憐は光の右手を掴んだ。



「そこまで言ったのだから、私が自分を見失わないように傍にいてよね。ペテン師」



 光の右手に魔力を流し込む可憐。彼女の魔力は光を心地よくさせた。



「わかった。君が悪魔に魂を食べられないようにぼくが守るよ」



 光も微笑で返した。この光景を暫く無言で見ていた猛が咳をした。



「そろそろ、俺が口を挟んでも大丈夫か?」



 猛の存在を思い出した二人は慌てて手を離した。微かに可憐の頬が赤くなる。




「ごめんね、猛君。ぼくは可憐との愛を誓っていたから」



「誰が誓ったのよ、ペテン師。」




 間髪無く可憐が光にツッコミを入れる。



「逢い引きは後でしろ。それはさて置き、明日、人間界に戻る。場所は日本、Eランクだ」

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